昨日とある人と話をしていて、音楽の世界でもプロとアマとの境目がもうわからなくなりつつあって、作った音楽やパフォーマンスで売り上げがたつようであればプロと呼ばれてそうでないならアマだというぐらいしか差がないと言っていた。
— 為末 大 (@daijapan) July 11, 2013
為末さんがこんなツイートをしていました。これ、激しく賛同します。
プロとアマの境は曖昧になりつづけている
もはや、プロ/アマの違いって、「それだけで生計を立てられるかどうか」だけだとぼくは考えています。
「プロ」という言葉は、元来「特権」と紐づいている言葉と考えられます。プロと呼ばれる人たちは、その他大勢のアマチュアとは違う場で、違うやり方で活躍する。彼らの場にたどり着くには、ある種の「登竜門」を登らないといけない。
たとえば今から50年前、「世に文章を発信する」というのは、まさに特権的な仕事だったはず。この権利を勝ち得るためには、文学賞を取る、文豪に弟子入りして修行するなど、人々から認められる必要がありました。その試練を乗り越えた人が、「プロ」として「世に文章を発信する」ことができる。
しかし、今となっては「世に文章を発信する」のは誰でもできます。これをお読みのみなさんはもちろん、それこそ5歳の子どもだって、ツイートのひとつは投稿できてしまいます。
プロをプロ足らしめていた「特権」が希薄になるということが、プロとアマの境が曖昧になるということです。
①何十冊も本を出している作家
②個人ブロガー
③ツイートを行う5歳児
は、一体何をもって「プロ/アマ」という区分けをなされるのでしょう。みな、「世に文章を発信している」という意味では同じことを行っています。
さて、みなさんもぜひ考えてみてください。
…ぼくは色々考えた結果、結局言えることは「それで生計を立てているか否か」だという答えにたどり着きました。
5歳児も、そのツイートでメシを食っていたら、プロなのです。何十冊も本を書いていたとしても、「今」執筆活動で食べていけないのなら、もはや彼はプロとは呼べません。どれだけ文学賞を取っていたとしても。
ぼくは今はブログだけで食える水準にまで達しているので「プロブロガー」を名乗っています。もし年間の売上が200万を切ったら、プロの名前は返上するつもりです。プロ/アマなんてものは一時的な呼称にすぎないのです。
読者の声
ここからは趣向を変えて読者の声を。
@IHayato 稼ぎでプロ/アマを決めることに関して前から疑問です。では例えば、稼げないラーメン屋はアマですか?その場合、何と自称すればいいんでしょうか?儲かっていてもそうでなくてもラーメン屋はラーメン屋で、いすれも店を構えている以上「プロ」なのでは?
— 八幡謙介 (@kensukeyahata) July 11, 2013
稼げないラーメン屋はプロじゃない、とぼくは考えますね。「儲かっていてもそうでなくてもラーメン屋はラーメン屋」というのは正しいと思います。儲かってない人は「アマチュアラーメン屋」と名乗ればいいかと。
イケダハヤト@IHayatoなる引用記事多数のブロガーのコメントを見て。稼ぎ=プロだとの事だが、なんともインスタントな発想。プロとアマの線引きに対する二人称は誰か?何のためか?仕える事への矜恃を如何に持つのかが重要ではないのか?ましてやそれを他人がとやかく品評する程、己は何様?
— はぐれぐも/川畑まこと (@makoyan011) July 11, 2013
なんか突然絡まれましたが、この人はその後色々とツイートをしています。
成果(物)が等価交換の成立するプロで、そうでないのがアマ。という当たり前の話が今は通用しなくなっている様に思う。例えばスター誕生的な番組で一発ドーンとスポットが当たって幾分かのギャランティが発生したとして、その後鳴かず飛ばずであった場合、その人はプロなのか?と言われれば否と思う。
— はぐれぐも/川畑まこと (@makoyan011) July 11, 2013
一発どーんと当たって、しばらく食べていけるのなら、プロですね。食べていけなくなったら、アマ。
プロか否かを判断する材料としてギャランティは一つの目安にもなる。が、そこで計れない、成果物が時代に合わず等価を生まない様々な分野もあろうと思う。それこそ十数年前の東大阪に居るネジ一本にウン十年掛けた職人。仕事量をギャランティで見ればアルバイト以下であったろうに。
— はぐれぐも/川畑まこと (@makoyan011) July 11, 2013
言わんとすることはわかりますが、メシを食っていないなら、やっぱりプロと呼ぶのは違和感ありますね。稼いでないけど一つの道を究めようと努力を続ける人は、「職人」と呼べばいいんじゃないでしょうか。ネットにも色々職人いますし、そんな感じ。
もっといえば、@makoyan011さんが考える「基準」を提示していただきたいですね。この方の意見ですと、「何をもってプロ/アマを区分けするのか」がまだわかりません。
あと、わかりやすい批判としては「プロなんだから矜持を持てよ!」というものも、しばしばいただきます。ぼくはそういう意見もピンと来ません。
「矜持を持っている」と宣言すれば、誰でもプロになれるんですかね。そんな検証もできない要素を、基準に持ち込むのは無理があると思います。ぼくが「プロとしての矜持があります」と発言したら、その時点でプロなのでしょうか。
プロ・アマ論というのは、なぜだか興味をそそるテーマです。再三申し上げておりますが、ぼくは『「プロ」と「アマ」の違いは「生計を立てられるかどうか」だけ』と考えています。ぜひみなさんの意見をお聞かせください。