だから、何度も言うように、出産費用、育児費用を無料にすれば、少子化問題は簡単に解決するのです。
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出生率は景気の遅行指数だ ~絶望的に勘違いをしている女性手帳の導入について~
中嶋よしふみ
政府は5月7日に開催された「少子化危機突破タスクフォース」の会合で、
妊娠・出産に関する知識や情報を盛り込んだ「生命と女性の手帳(女性手帳)」を作成し、10代から配布する方針を決めたという。
産経新聞や毎日新聞では6月に政府が発表する「骨太の方針」に盛り込まれると報じられている。
■少子化対策と知識の啓蒙はまったく別の問題だ。
少子化対策として打ち出されたこの方針は非常に評判が悪い。
手帳を配って何の意味があるのか、知識の有無と子供を産む産まないは関係ない、と非難轟々と言っても良い状況だ。
女性手帳の少子化対策への効果については、多くの方々の評価の通りであり、ほとんど論じる価値も無い。
手帳にどんな良い事が書いてあっても、だから子供を産もうと考える人はほとんど居ないだろう。
妊娠や出産に関する知識の提供は必要だし、悪いことでは無い。
いや、悪くないどころか男女関係無くぜひ推進した方がいい。
この話が出てきた背景には、タスクフォースの議事録によれば、
日本人の「妊娠可能性や妊娠適齢期に関する知識度合いは、先進国で最低、新興国を含めても低位との調査結果がある」という。
この指摘が事実ならば何らかの対策は行ってしかるべきだろうが、それは少子化対策とは関係の無い所で行うべきだ。
■女性が子供産まない理由は経済的な問題である事は明白だ。
ウィメンズパークとsuumoの共同調査によれば、マイホームを購入するタイミングは妊娠中に7.6%、子供の年齢が0歳~2歳の時に36.9%、3歳~5歳の時は22.4%と、合計すれば就学前に6割以上の夫婦が家を買う。
ゴールデンウィーク中には住宅関連の相談で多数のお客様に来店頂いたが、
そのデータ通り来店されたご夫婦の多くは奥様が妊娠中だったり、子供が産まれてからまだ数ヶ月、というお客様ばかりだった。
30歳前後で結婚し、子供を産んで住宅の購入も検討している……こういう人が増えればきっと景気が回復するに違いない!と政治家が大喜びしそうなご夫婦ばかりだ。
ではなぜ当店に来店される方は子供を産もうと考えられるのか。
答えは簡単で収入が安定していて、育児休暇もしっかり取れるからだ。
詳しくは個人情報になるので書けないが、多くのお客様が若くして日本人の平均を超える収入を得ていて、今後の見通しも悪くは無い。
つまり将来のリスクが相対的に小さいから子供を「産みたい」と思い、「産める」わけだ。
その一方で子供を「産みたい」と思っても多くの人は将来が不安で「産めない」。
だから少子化が進む。
これは動かしようの無い事実だ。
■出生率は景気の遅行指数だ。
雇用は景気の遅行指数だといわれる。
雇用は景気が良くなった後に改善される、という意味だ。
他にも景気の遅行指数として家計消費支出がある。
子供を産んで育てる事はマンションを一つ買う位に規模の大きい消費行動としての側面がある。
妊娠に関する知識は知られていなくても、子育てに多額の費用がかかる事を知らない人はいない。
若年層が出産に消極的な理由は知識が無いことが原因ではなく、
お金が無い事が原因だというのは明白だ。
つまり、景気が回復して雇用が安定しない限り少子化に歯止めがかかる事は無い。
少子化対策を考える際、ここ外して考えると必ずおかしな事になる。
これは女性手帳の配布でも育児休業の3年延長でも同じだ。
■出産の機会費用が大き過ぎる。
いわゆる機会費用といって、子供を産む事によって発生する金銭的な損失が大き過ぎる事は、
出産をためらい、遅くしてしまう大きな原因だ。
多数のご夫婦にファイナンシャルプランニングのプライベートレッスンを提供する立場として、
中小企業で育児休業の制度はあっても利用した人は居ないとか、
大企業でも無理に育児休業を取得すると復帰後に地方に飛ばされるとか、そういった話を聞く事は珍しくない。
つまり子供を産むと
それ以降に得られる収入が
不透明になるという事だ。
「女子大生でも分かる、 3年間の育児休暇が最悪な結果をもたらす理由」で書いたとおり、
育児休業を取得出来る女性は半分も居ない。
具体的な数字で考えてみると、例えば現在年収 400万円で30歳の女性が出産後に仕事を続けられるか分からないとする。
育児休暇を経て時短勤務が可能ならば300万円位は稼げるだろう。
退職せざるを得なくなり派遣社員や契約社員で復帰する事になれば従来の半分の200万円位は稼げるだろうか。
これらがかなわず、看護士や薬剤師など確実に「稼げる」資格を持たない女性であれば、
時給1000円以下のパートになり、年収で100万円程度まで落ち込んでもおかしくない。
このように、出産後の収入がいくらになるのか全く分からない状況を前にして、
積極的に子供を産もうと思う女性がいるだろうか。
先に引用した記事では、景気対策は余計な公共事業を
全部辞めて
女性の雇用継続に的を絞るべきだと書いた。
その理由は今回書いたような収入減少のリスクが
出産や住宅購入に強いブレーキをかけている事を普段の相談からひしひしと感じているからだ。
また、同じく先に引用した記事では経営者のインセンティブや景気悪化の副作用を無視して
このような政策を義務化すれば女性の雇用に対してマイナスに働くと書いた。
今回の女性手帳も働く女性のインセンティブを一切無視している。
今現在、なぜ若い夫婦は子作り消極的なのか、そしてどのような状況になれば産みたいと思うのか。
インセンティブは日本語に訳すと動機付けとなる。
知識の提供が動機付けとなるのか?
保育園に子供を預けられないとデモが起きるような状況で、
手帳にどんなに役に立つ知識や情報が書いてあっても
子供を産みたいと思うだろうか?
女性手帳が少子化対策になると思っている政治家はもっと現実に起きている問題を直視すべきだ。
昨今報道されている母親のデモは子供を産むのは辞めよう、と思わせるには十分な動機付けとなっただろう。
子供を産んだら働けなくなる、となればよっぽど稼ぎの良い旦那様を持つ女性以外は子供を産もうとは考えない。
政治家はあのデモ映像が与えてしまった「産まない方が得」「子供を産んでもろくな事は無い」というインセンティブを
打ち消すだけの政策を打たなければいけない。
それが女性手帳による啓蒙活動だというなら、ほとんど冗談のレベルだ。
■高熱の患者を水風呂に突き落とす愚行。
高熱でうなされている患者がいた時に、医者は何をするだろうか。
普通は熱が出ているのは「結果」であり、熱が出る「原因」は何か?と考えて、その原因を直そうとするだろう。
しかし、今回の女性手帳や育児休業の3年延長は
本来「結果」である少子化を「原因」と
取り違えているから出てきている政策ではないのか。
「結果」として少子化になってしまう「原因」があり、それを解決しようと合理的に考えるべき所を、
「少子化は不景気の『原因』だから、それを取り除くにはどうしたら良いか」と、奇妙な考え方をしているふしがある。
今回の対策は熱が出た人を水風呂に突き落とすようなもので、
原因と結果を取り違えていないか。
少子化は結果であって原因ではない。
少子化の根本的な原因は、
女性の雇用の継続性が低い事、
男性が育児に参加できない長時間労働が常態化している事、
そして老後に年金が貰えるかどうか分からないという
将来に対する不安が大きいこと、これらが原因だ。
ここを直さずに結果を捻じ曲げようとしても何の意味も無い。
多様な働き方、柔軟な雇用が実現させれば、子供が居るかどうかと雇用の安定度や給料とは強く連動しないはずだ。
あくまでその人の能力やどれくらい働けるかが給料を決める、という形が本来の姿で、
子供を「産ませる」のではなく、
「産みたい」と思う環境を作るのが国の役目ではないのか。
全ての対策をキッチリと打って、女性がいつ子供を産んでも安心して育てられるようになった時に、
初めて
「早いうちに産んだ方がトラブルは少ないですよ」という啓蒙活動も受け入れられるだろう。
今同じ事を言っても誰一人として素直に受け取る人は居ないのではないか。
■少子化危機突破タスクフォースではもっと実りのある議論がなされている。
報道への反響を確認した限り、育児休業の3年延長や女性手帳の配布について
「総理には子育ては母親がするものだという思い込み・思想がある」といった指摘・批判が多数あったが、
自分としては総理の個人的な思想には興味が無いし、それが正しいか間違っているかはこの際関係ない。
問題は少子化対策としては育児休業の3年延長も女性手帳もなんら効果は無いという事だ。
また、5月7日に行われたタスクフォースの議事概要を読んでみると、
今回の女性手帳は社会学や少子化を専門とする人口学の教授による「妊娠・出産検討サブチーム」が唐突に提案したようにも読める。他の委員による報告は以下のような内容だ(当日使われた資料はこちら)。
・山形県知事 山形県の少子化の現状報告とそれに対する取り組みの報告。
・日本マクドナルド社長・原田氏 社内で取り組んでいるワークライフバランスや女性活用の現状と成果の報告。
・社会学者・松田氏 企業や商工会議所、各自治体の結婚支援や、地域の子育て支援に関する報告。
・横浜市市長・林氏 最近大きな話題となった待機児童解消を実現した取り組みを、
若年層の自立支援・妊娠出産・地域の子育て支援・ワークライフバランスと4つの観点に整理して報告。
これらはいずれも少子化対策のタスクフォースで話し合われる内容としてはなんら違和感は無く、
特に横浜市の取り組みは実績を上げているだけに説得力がある。
子供が産まれる前に赤ちゃんの世話をした事がある人は半分も居ないというデータを元に、
小学生に対して赤ちゃんとの触れ合い事業を行うなど、ユニークな取り組みもあるようだ。
自分は産まれて数ヶ月のお子様がいらっしゃるご夫婦にレッスンを提供する機会は非常に多いが、
赤ちゃんと接する機会が多ければ意識が変わる事は確かにあると思う
(当初、赤ちゃんがいるとレッスンの邪魔かと思っていたが、今では赤ちゃんがいるレッスンの方がはっきり言って楽しい。
赤ちゃんを代わりばんこにあやしながら受講されるご夫婦は大変かもしれないが……)
これらの話の中に突然女性手帳の話が割り込むように入っており、非常に違和感がある。
他の委員も手帳には賛同を示したというが、これは手帳の中身に賛同したという話であって、
少子化対策になるかどうかは全く別の話だろう。
働き方や経済に関する記事は以下も参考にされたい。
●女子大生でも分かる、 3年間の育児休暇が最悪な結果をもたらす理由
●育児休業延長に振り回されそうな女子大生に贈ったアドバイス ~時短勤務と男性の働き方~
●池上彰さんが心配して、総理大臣が否定するハイパーインフレについて。
●サービス残業は日本の文化だ ~ブラック企業が生まれる下地~
●日本の不景気は女性差別が原因だ
●住宅購入に関する記事のまとめ。
タスクフォースでは多数の良いアイディアや貴重な知見が出ている中で、
最も効果の無さそうな女性手帳だけが突出して取り上げられるのは何とも奇妙と言うほか無い。
少子化対策に魔法の杖は無い。
地道に雇用制度の改善と景気対策を行うことでしか問題が解決しない事は間違い無いだろう。