月の誕生の謎、今なお続く論争
ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト 7月11日(木)16時35分配信
月の誕生の謎をめぐっては、何世紀もの間さまざまな説が唱えられてきた。中でも支持を集めているのは、ナショナル ジオグラフィック誌2013年7月号の表紙にもなっている「ジャイアント・インパクト」説だ。しかし最近、アリゾナ州立大学の惑星科学者であるエリック・アスフォーグ(Erik Asphaug)氏と昼食をともにしたとき、論争は今なお決着にはほど遠いことを知った。
今から40年ほど前にジャイアント・インパクト説が支持を得るまでは、他の3つの説が対立していた。第1の説は、月と地球は同じ塵の雲が凝集してできたというもの。しかしこの“双子”説では、片割れであるはずの月が地球より密度が低く、鉄の核でできていないことの説明がつかない。
第2の説は、溶けた原始地球が高速で自転していて分裂し、巨大なマグマの塊を宇宙空間にはじき飛ばしたというもの。しかし、現在の地球の自転と月の軌道は、この“分裂”説が予測するパターンに一致しない。
第3の説は、太陽系のどこか遠いところから漂ってきた月が地球の引力に捕らえられたというもの。この“捕獲”説は、アポロ宇宙飛行士が月の石を持ち帰るまでは魅力的だったが、分析の結果、月の石に含まれる鉱物は地球のマントルの鉱物と似ており、全く異質ではないことが判明した。
これらの問題をすべて回避したのがジャイアント・インパクト説だ。1970年代に登場したジャイアント・インパクト説は、太陽系全体の形成に関して当時新たに提唱された説にも合致していた。その説とは、若い太陽を取り巻く円盤内でガスや岩石の原始惑星が成長し、数千万年の間それらが居場所を取り合って衝突を繰り返したというものだ。
その中で、地球もいくつかの水星や火星サイズの天体を吸収して成長していった。そして最後の大きな衝突は特に激しく、地球の周りの軌道に消えない置き土産を残した。このジャイアント・インパクト説では、月は主に地球に衝突した側の天体、地球に似た岩石質の原始惑星の残骸から形成されたと考えられている。衝突した天体の鉄の核は地球の核に沈み込んだため、月には岩石しかないのだという。
◆ジャイアント・インパクト説をめぐる大きな疑問
見事なジャイアント・インパクト説は、その後すっかり科学界の定説となった。「5年前なら、この記事も“月の誕生の謎は解けた”と書いただろう。だが、そんなことはない」とアスフォーグ氏は述べる。
アスフォーグ氏によると、現在では、何かが地球に衝突し、月を生み出したということで概ね意見は一致しているが、新たに出てきた証拠がジャイアント・インパクト説の細部に疑問を投げかけているという。
例えば、今も続く月の石の分析によって、月と地球のマントルの組成はただ似ているだけでなく、ほぼ同一であることが明らかになった。酸素、ケイ素、チタンなどの元素にはいくつかの種類(同位体)があるが、これら同位体の割合がかなり一致しており、月は地球と衝突した側の天体からではなく、ほぼ地球の破片からのみ形成されたと考えられるレベルだという。
この問題を回避する1つの方法は、以前の分裂説を復活させ、それに衝突の要素をつけ加えることだ。小さな衝突を繰り返した結果、成長途中の地球はメリーゴーランドのように回転し始め、やがて2時間に1回の速度で自転するようになった可能性があるとアスフォーグ氏は言う。この大きさの岩石天体としてはものすごい速さだ。「おそらく細長い形状をしていただろう」と、アスフォーグ氏は昼食のテーブルの上で卵形のパンを回してみせた。
猛スピードで回転する卵形の惑星には大きな負荷がかかり、1回の小さな衝突、おそらくは火星のわずか10分の1サイズの天体の衝突によって“爆発”した可能性があるとアスフォーグ氏は言う(同氏の同僚はこれを“ピント”説と呼んでいる。追突されると炎上するといわれていた1970年代の自動車にちなんだ命名だ)。このとき軌道上に飛び散った物質のほとんどは地球のものだったため、地球と同じ化学組成の月が形成されたというわけだ。
もう1つの可能性として、“当て逃げ”説がある。大きいが速度の速い天体が地球に衝突し、地球のマントルの大きな塊を宇宙空間にはじき飛ばして去ったのち、それらの塊から月が形成されたとする説だ。あるいは、月は衝突した側の天体の破片から形成されたが、衝突から少なくとも100年の間、地球由来の蒸発した岩石が超高温の円盤として軌道上に残っており、それがやがて月の表面を厚く覆った可能性もある。
ジャイアント・インパクト説をめぐるもう1つの疑問は、なぜ月の裏側は地球に向いている表側より起伏が激しく、地殻が厚いのかという謎だ。これに対してアスフォーグ氏は、地球には短い間もう1つの小さな月が存在し、それが大きいほうの月の裏側にゆっくりと衝突したとする説を提示している。
「いろいろな推測が可能であり、既にたくさんのアイデアが出ている。おそらくまた5年後くらいには、これだと思うような新説が出てくるだろう」とアスフォーグ氏は述べている。しかし目下のところ、月は依然として謎めいた存在だ。
Robert Irion for National Geographic News
最終更新:7月11日(木)16時35分