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悪らしい笑い
「えーっと、きみの言い分だと、きみよりも相手が悪いと決まっていないとダメだと思うんだけど」
「あん?」

 ヤシロが落ち着いて述べると、デブは片眉をつり上げた。
 さらに、脅すかのように悪らしく口端をつり上げて、笑って見せてくる。
 「今なら許してあげるが、舐めたことを言うと承知しないぞ」とでも言いたげだ。
 思わず苦笑してしまう。チビデブが凄んだところで怖くはないが、気味が悪い。

「だから、お前の方が「気になる年頃」より正しいってことは決まっていないって言ってんだよ」

 そしてもちろん、兄弟にとってそんな脅しなどお構いなしなのである。
 泣こうがわめこうが、議論に参加してくれさえすれば問題ないのである。

「ダァーーーッラァボケェ! お前はさっきからうざ死ねカスボケゴミhあがいkろs死ねえっっっ!!!」

 デブは発狂してしまった。
 しかしある程度予想通りなので、兄弟は驚くこともない。
 共に手早くメニューを開き、冷静に音量を調整していく。
 このVR世界ではメニューに設定の欄があり、ある程度いじれるのだ。

「えーっと、きみの方が正しくない場合は「巨悪をもって悪を討つ」になる気がするよ。正しいにしても、罰が過度に大きいと問題が出てくるしね。それでも、本当にきみに問題はないと言い切れるのかい?」
「ほら。自分の行動が正しいと思うのなら論破してみろよ」

 対するこれらのセリフは大音量で流している。
 絶叫を打消し、デブにも聞こえるようにである。

「うっせぇボケええええええええっっっ!!!! お前等どうせアイツの信者だろうがカス! 死ねカスゥー!」
「「気になる年頃」は規約に反していないんだよね。対するきみは、規約を守らずに失礼な発言を続けている。どころか、謎の常識を持ってきて自分を正当化しようとしている」
「だから本来「気になる年頃」には弁明する必要が無いが、お前にはあるんだ。何も正当性を説明できない場合はただの違反者だからな」
「説明してんじゃねえか! お前等が聞いてねえだけだろ! クソ作者のクソ信者のクセに調子に乗んなカスがあ!」
「説明自体は必要条件でしかないからな。正しさを証明できなければ違反のままだ」
「だから証明できてんじゃねえか! 何言ってんだこのボケ! そうか、壊れてるんだな。このポンコツが! ひゃっひゃっ、ひゃはあっ」

 デブは狂ったように笑い始めてしまう。
 それはひどく滑稽であるが、このデブがひどく愚かしいなんて分かり切ったことだ。
 ヤシロはため息をつく。
 今さら醜悪さをアピールされても何の意外性もない。
 「お前の発狂なんてどうでもいいから論破させてくれ」とでも言いたい気分である。

「まあ落ち着きなよ。きみの説明は十分じゃないんだ。だけど「気になる年頃」には必要のない説明を求めてしまっている。そう言っているんだよ」
「うっせーっよバーカ、バーカ。マジキチ草生えるぅううっ。ふひひ。キモいんじゃ死ね。ひゅあっ。オラ早く死ねよ。ひゃっ、ひゃっはー、ひゅふひひぃ」

 不細工な顔をいっそう醜く歪めている。
 唾も飛ばしたりして、非常に下品である。

 ヤシロも苦い顔になってしまう。
 しかし、まだ論破を止める気はない。

「あの、次は良識について尋ねたいと思うんだけど」

 やはり下手に出て尋ねてみる。

「良識? ぷっぷうううう。正義ぶるとかダッセーーーーッッ!!! こいつはとんだ偽善野郎だぜ。ひゃあーっ。しかも中二病で重体、もちろん死亡。ひゃはあっ」

 が、デブは発狂し続けていた。
 ヤシロは眉をひそめ、兄に視線を向ける。

「どうする?」
「うーん、もういいんじゃねえか。わざわざこいつが語るのを待たなくてもさ」
「俺もそう思ってきた」
「じゃあ決定」
「それじゃあ、今度はこっちから攻めるんだよね」
「ああ」

 ヤマトが軽くうなずく。
 扇動に近い低レベルな議論には「言ったもの勝ち」な気質がある。つまり先攻が有利なのである。
 それを知ってか、デブは先攻を望むことが多かった。
 兄弟としても、力の差が示せるように、有利なデブを完膚なきまでに打ち負かせたかったので、あえて後攻を選んでいた。
 だが、今の彼には論を求めることもできそうにない。
 よって先攻に切り替えることにしたのだ。

「えーっと、きみは確か「気になる年頃」に対して良識が足りないと発言していたはずだけど」
「ヒャッハーッッッ! それがどうしたあ! DANZAIサイコ―――ッウッ! そんなことも分からないとかこいつバッカじゃねえのお!」

 デブはまた唾を吐き散らせる。

「先ほど正義ぶっていてダサいと言った口でDANZAI最高と言うのか。たまげたなあ」
「死ねえ、死ねえ。ひゃはあっ」

 ヤマトが呆れるていると、今度は殴りかかってくる。
 身長差から拳は膝に命中するが、もちろん傷一つつかない。
 逆にデブは拳を痛めた。「ひぎぃいいいいいっ」とブタのようにわめき、のた打ち回る。
 設定で「矛盾」の痛みはやわらげられないようにしてあるので、治らない限りは苦しみから逃れられない。
 別にかわいそうでもないが、目に毒なほど醜い。
 ヤシロはそう思い、兄に断りを入れてから、しぶしぶ治癒魔法を使った。

「はあ、はあ、はあ。チクショウがああああっ! があああああああ! 死ねえええええ!」

 しかし、元気になった途端に恫喝である。
 もちろんちっとも怖くない。
 そして、ヤシロはかまわずに話しかけることにした。
 どうせこの男には、無視ができないのだから。

「えーっと、きみが『良識』を話題に出した時は、「気になる年頃」が『得点稼ぎ目的』で『複数の人気タイトルを真似た』ことを非難していたね。特に『得点稼ぎ目的』がダメなのだと言って」
「当たり前のことが分からない。だからお前たちはクズなんだ。落ちこぼれなんだ。ひゃはあっ」
「『得点稼ぎ』とは自分を偽悪らしく言っただけに過ぎない。本質は何も言っていないのと変わらない」
「うわあなんか言ってるぅ。キチガイ。マジキチ。ぷぷううう」
「全てのネタは自作をおもしろくするために使っている。これは納得できると思う。そして、おもしろさは高評価につながる。高評価は高得点につながる。つまり、全てのネタは『得点稼ぎ』につながるものなんだ」
「だから、あるネタが『得点稼ぎのためだ』と言ったところで、当たり前のことを確認したに過ぎないんだ。ことさらに主張するのは偽悪ネタに過ぎず、本質はネタ意外になんの要素も含まれない」
「うわあああまた偽悪とか使っちゃってるうう。かっこいい? ねえかっこいいつもりなの? ダッセーーーーッッ」
「いや、ついさっきお前が偽善って言葉を使ったところだろ」
「はあ? 俺が? それお前のことだろ? うわあああ、こいつ日本語が分かってねえ。こりゃあ議論になりませんわ」

 「また論破してしまった。ひゃっはー」とデブは勝ち誇ったように笑う。
 ヤマトは眉をひそめて弟に視線を向ける。

「人に向けて偽善と断ずるのはよくて、自分で自分を偽悪と評するのはいけない。意味が分からない」
「『謎の常識』は変幻自在ってことだろうね」
「なんかもう疲れてきたんだけど」
「まあ語り聞かせるのはあと少しだし」
「しかし、うーん、この状況」
「もういっそ溜まってるものを一気に言い切っちゃえば?」
「そうだな。それもいい」

 ヤマトはデブに向き直る。

「お前に足りない物。賢さ、美しさ、力、速さ、巧みさ、おもしろさ、優しさ。いくらでもあるが、しかし何より、“思いやり”が足りない」

 最後だけ“さ”で終わらないんだね。
 ヤシロが心の中でつぶやく。

「何を言えば他人が傷つくのか、それを平時から考えていれば、簡単に他人の性分を決めつけるなんてできないはずだ。これは有名な話題だぞ。相手の性格を決めつける言動を『ラべリング』と言い、俺達が生まれるよりも前から忌み嫌われてきたのだ。それが相手を貶めるような『ラべリング』となると、さらなる慎重を要することになるはずだぞ」
「うわあーーー。なんか知ったかぶってるーーー。しかもSEKKYOUとか引くわーーーっ」
「偽悪ネタは相手を笑わそうとするために使うものだ。偽善という決めつけは相手をけなすために使うものだ。その本質が理解できれば、良識が欠けていたのがどちらなのかすぐに理解できるだろう? 特に良識とは結果ではなく、過程、本人の心情を重視したものなのだから」
「KATEI! SINNZYO! ひゃあーーーっ」
「……うん。これ以上お前に言うことはないよ」
「また論破してしまった。ひゃあっ」

 ヤマトは「ふう」と一息つく。
 それから、落ち着いた表情でヤシロを見やり、ゆっくりと首を縦に振る。
 どうやら、これで納得できたらしい。
 ヤシロもうなずく。
 両者の間で合意がなされた。
 つまりこれで、論破の時間はおしまいということだ。
 これからは、趣味の時間となる。
サブタイトルの『悪らしい笑い』は「矛盾」による悪らしい笑みと「気になる年頃」による偽悪ネタの笑いとをかけたものです。下手くそですが。
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