予定では、今回は情報被害対策について言及するつもりだったが、その前に事実を整理してから話を進めなければ話が混乱する危険性があると感じたので、そちらから話を進めていきたい。まだ、触法発達障害者に関する情報は断片的にしか集められていないので、現時点で統計も出ている精神障害者犯罪と青少年犯罪によく見られる誤報を取り上げておくことにしたい。発達障害の世界で情報被害が発生した時にも参考になるのではないかと思う。 これらの統計は法務総合研究所研究部が刊行する『犯罪白書』などに記されている。 http://www.moj.go.jp/HOUSO/hakusho2.html ただし、この報告書を読む時は若干注意を要する。全体的に国民に対して危機感を訴えるために、悲観的にデータを解釈する傾向が強い。例えば、ある年の犯罪率が減少した場合でも、「なお高水準にあり、予断を許さない」と評価を下すと言った具合に。そこで、広田照幸『日本人のしつけは衰退したか』(講談社現代新書),滝川一廣『「こころ」はだれがこわすのか』『「こころ」はどこで壊れるのか』も補助的に参考文献として利用していきたい。 まずは触法精神障害者報道にありがちな誤報を少し整理しておこう。ここの部分は基本的に滝川一廣氏の著作に準拠してコメントする。もう一度、池田小事件の直後の小泉首相の発言を振り返っておこう。これほど見事かつ豪快に誤認情報を体現した発言も珍しい。 「(精神障害者が)逮捕されても社会に戻り、ひどい事件を起こすことが増えてきている。法的に不備があり、至急正さねばならない」 この短い発言の中に誤認情報は大きく分けて4つある。 @池田小学校事件の犯人が精神障害者である Aよく犯罪を起こす B逮捕されても無罪放免になっている。野放しになっている C再犯を起こしやすい まず、@については前回も取り上げた。池田小学校の犯人はうつ病,統合失調症のような意味での精神障害者ではなく、詐病者であった。元々、犯罪を起こすと詐病によって刑法39条を利用して罪を逃れるという犯行スタイルを持った犯罪者だった可能性が高い(池田小事件の前には薬物混入事件を起こしたが、この方法で不起訴になった)。すると、この事件を理由に触法精神障害者を対象に取り締まりを強化するというのは全くの筋違いであるとしか言えなくなってしまう。行っていい対策は詐病による刑法39条の悪用を防ぐことだけである。簡単に言えば滝川氏が言うように詐病による不起訴が発生した場合、差し戻しができるような制度を作っておく。これで十分である。 次に、Aについてはよく事件が起こる前に出されていた平成13年の犯罪白書が引き合いに出される(『ブラックジャックによろしく』11巻にデータが掲載されている)。全人口の犯罪率が0.25パーセントなのに対して、精神障害者の犯罪率は0.09パーセントである。もし、より犯罪率が高い者を監督しろという理屈が成り立つのであれば、むしろ監督しなければならないのは、精神障害ではない人たちということになる。これに対する反論としては、「確かに犯罪率を見れば、精神障害者の犯罪率は一般の犯罪者よりは低い。しかし放火や殺人など凶悪犯罪について言えば精神障害者の犯罪は少なくない」というものが挙げられる。しかし、もう少し細かく見ると、全く違う風景が見えてくる。放火については自殺を図っての放火が多く、殺人についても長年同居していた家族と無理心中を図った(これが70%,知人が16.9%を占める),長年の闘病生活,家族生活に疲れ果てた末に思い余って殺したというケースが少なくない。これらの放火,殺人のケースではいちおう家族,知り合いが被害者ということになるのだが、事件後に生き残った家族や知り合いだった被害者の遺族が事件を法廷に持ち込む気になれなかったため、刑法39条が適用されて不起訴になるというケースもある。また、一部にある愉快犯,異常犯が多いというのも事実ではない。精神障害者が何らかの犯罪を起こすとすれば、そんな余裕のある犯罪を起こす可能性は少なく、文字通り「追い詰められて」「思い余って」の犯行になる可能性が高い。『犯罪白書』では数字を出すだけであまりこう言ったところまでには踏み込んでいないようである。 Bについては、少なくとも触法精神障害者が野放しになっているという事実はない。医療観察法が制定される以前から、不起訴になった触法精神障害者は措置入院をはじめとする何らかの入院措置が取られている。例えば、滝川氏によると、86年〜90年にかけての殺人事件で鑑定にかけた方がいいと判断された者は約800人いたが、このうち起訴処分になったのは110,人不起訴処分になったのは690人であった。起訴処分になった者のうち有罪になったのは100人なので無罪放免になったのは5年間で10人にしかならない。また、法的には責任を問われなかった690人についても、約540人が措置入院,約120人がその他の入院となっている(このうち措置入院は前歴としても記録される)。つまり、ほとんどは不起訴にはなっても自由にも野放しにもなっていなかったのである。それでも、精神障害だという理由で不起訴になるのはおかしい,不平等だという反論はありえるだろう。これについては、Cの問題にも絡んでくるのだが、再犯の防止を重視するか、平等な処遇を重視するのかによって、判断は変わってくると思う。 Cこれは1度犯罪を起こした人の再犯率を調べてみればいいだろう。井上敏広「触法精神障害者の追跡調査」『こころの科学』75号では、ある一年間に違法行為を行いながら、不起訴処分あるいは裁判で刑の減免を認められた触法精神障害者946名を11年間に渡り、追跡調査した。11年間のうちに再犯を犯した者は206名(21.8パーセント)であった。しかし、一般犯罪者の再犯率は年にもよるが、出所後1年以内で5割を超えているので、再犯率を比べても不起訴,刑の減免になった触法精神障害者の方がはるかに低いとされている。殺人や放火などの凶悪犯罪についても、精神障害者の再犯率は6.8%なのに対して、一般の受刑者は28%である。また、別の調査では放火の再犯率は触法精神障害者が9.4パーセントなのに対して、一般犯罪者の犯罪率は34.6%であり、いずれも一般の犯罪者の再犯率の方が高くなっている。 以上は今まで行われた調査結果の受け売りであるが、一般のマスメディアで報道されている情報とはかなりイメージが違っていることはお分かりいただけたのではないかと思う。じっさいには精神障害ではないと判断された人の方がたくさんの犯罪を起こし、証拠隠滅や詐病などの悪質な行動が目立つ。精神障害者の犯罪率も再犯率も言われているよりははるかに少ないのである。もちろんゼロではないし、人間である以上悪の可能性に開けていることは避けられないだろう。戒律,法律,倫理,道徳などありとあらゆる規範はあらゆる人間が悪の可能性に開けていたからこそ作り出されたものであることを忘れてはならない。 しかし、現代社会はそのことを忘れがちである。できるだけ、特定の属性(障害者,青少年,最近では在日外国人)を持つ人々の犯罪が多い,凶悪化しているということを言い立て、自らには悪の可能性がないことを強調しようあるいは信じ込もうとする。触法精神障害者に関する情報被害もこのような風潮の中で発生したのではないだろうか。 医療観察法の成立を巡る問題もここにあるのではないかと思う。単純に詐病で刑法39条を巧みに利用して罪を逃れようとする精神障害ではない犯罪者の法のくぐり抜けさえ防げれば、対策は十分なはずだった。しかし、そこに「精神障害者はよく犯罪を起こす」「野放しになっている」といった誤った情報が多数紛れ込み、その情報に基づいて法案の審議がなされてしまった。法律の内容以前にそのことが痛恨の極みとしか言いようがない(内容的にももちろん問題は指摘しうる)。そして、多数の人々がこれらの誤った情報を信じている場合、民主主義社会においては自浄機能が全く働かない。少数派を対象にした法律ではこのことが顕著である。 (次回、付録『青少年犯罪報道について』) |
<< 前記事(2005/12/01) | ブログのトップへ | 後記事(2005/12/07) >> |
タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
---|
内 容 | ニックネーム/日時 |
---|---|
こうもりさん、ありがとうございます。 |
青いカモノハシ 2005/12/04 12:45 |
レスどもどもです。 |
こうもり 2005/12/04 21:07 |
事実の確認と、科学的な分析の重要性を改めて思いました。 |
終末 2005/12/05 17:10 |
終末さん: |
こうもり 2005/12/05 23:50 |
<< 前記事(2005/12/01) | ブログのトップへ | 後記事(2005/12/07) >> |