憲法改正の行方を左右する参院選なのに、議論がどうにも深まらない。改憲を持論とする安倍首相が、選挙戦では多くを語らないからだ。まずは「アベノミクス」で参院選を戦い、改憲は[記事全文]
不測の事態を招きかねない危険な行動を伴うものがみられ、極めて遺憾――。13年版の防衛白書には、中国の海洋進出について、こんな記述が初めて盛り込まれた。[記事全文]
憲法改正の行方を左右する参院選なのに、議論がどうにも深まらない。改憲を持論とする安倍首相が、選挙戦では多くを語らないからだ。
まずは「アベノミクス」で参院選を戦い、改憲は政権基盤を安定させてから――。首相がそんな計算から議論を逃げているとしたら、あまりにも不誠実な態度だ。
首相はこの春、改憲手続きを定めた96条をまず改正するよう訴えていた。参院選の結果次第では、日本維新の会などを含め改憲発議に必要な3分の2の勢力を、衆参両院で確保できると踏んだからだろう。
ところが、その後の維新の会の低迷や、改正に慎重な公明党への配慮もあって、96条改正に正面から触れなくなった。
かといって、首相が改憲を棚上げにしたわけではない。街頭演説では「誇りある国をつくっていくためにも、憲法改正に挑んでいく」と語っている。
問題なのは、首相は「私たちはすでに改正草案を示している」というばかりで、どの条項から改めたいのかを明確にしていないことだ。
自衛隊を「国防軍」と改め、集団的自衛権の行使を認める。首相がそう考えているなら、なぜ9条改正をめぐって野党と堂々と議論しないのか。でなければ、有権者に十分な判断材料を示せない。
憲法に対する首相の基本的な認識についても、疑念を抱かざるを得ない。
首相は日本記者クラブの党首討論会で、権力に縛りをかける憲法の役割について「王権の時代、専制主義的な政府に対する憲法という考え方」だと語った。自民党草案には基本的人権を制約する意図があるのでは、との質問に答えてのことだ。
だが、民主主義のもとでも権力や多数派がしばしば暴走することを、歴史は教えている。それを時代錯誤であるかのように切り捨てるのは、認識不足もはなはだしい。
参院選後は、消費税率引き上げの判断や環太平洋経済連携協定(TPP)など課題が山積みだ。仮に改憲派が多数を占めても、改正が直ちに政治日程に上るかどうかはわからない。
一方で、参院選は与党の優位が伝えられ、今後3年間、衆参両院で与党主導の態勢が続く可能性がある。
改憲が現実味を帯びてきた中での参院選である。「改正する」「しない」の抽象的な二元論では済まされない。
具体論がなければ、一票の行き先は決められぬ。
不測の事態を招きかねない危険な行動を伴うものがみられ、極めて遺憾――。
13年版の防衛白書には、中国の海洋進出について、こんな記述が初めて盛り込まれた。
言うまでもなく、尖閣諸島をめぐる緊張が背景にある。
昨年9月の国有化以降、中国公船が尖閣周辺の領海を頻繁に侵犯している。1月には東シナ海で、中国軍艦が海上自衛隊の護衛艦に射撃用レーダーを照射する事態も起きた。
たしかに、中国の挑発行為は目にあまる。このままでは、偶発的な軍事衝突の危険性さえ否定できない。
白書が強い懸念を示すのも当然だろう。
では、一触即発の危機をどうしたら回避できるのか。
白書が指摘するように、日中間では防衛当局間のホットラインを設置することで合意している。ところが、こんな必要最低限の危機回避策さえ、日中関係が滞っている中でいまだに運用に至っていない。
ましてや、膨張する中国とどう向きあうのかは、簡単に答えの出る話ではない。
気掛かりなのは、昨年の白書にあった「平和は防衛力とともに外交努力などを総合的に講じることで確保できる」という記述が消え、「外交努力などの非軍事的手段だけでは万一の侵略を排除できない」というくだりだけが残されたことだ。
もちろん、自衛隊が防衛のために必要な備えをすることは不可欠だ。とはいえ、あまりに軍事に偏っては、そのこと自体が緊張を高め、逆に日本の安全を損なう。ここは粘り強い外交努力とあわせた、冷静で、息の長い取り組みが必要だろう。
防衛白書には、日本の現状認識や防衛政策の方向性を国内外に示す役割がある。
東アジア情勢が流動化しているなか、日本の防衛費は11年ぶりに増額に転じた。そんな時だからこそ、日本の方針を明確に示す責任がある。
その点、今回の白書は実にわかりにくい。
例えば、集団的自衛権の行使について、「許されない」とする従来の政府見解に沿った記述がある。その一方で、憲法解釈の見直しを進めている懇談会を取りあげ、「議論を待ちたい」とも書いている。
これでは、政府の意図がわからない。あらぬ疑念を招くのは得策ではあるまい。
新たな防衛計画の大綱の策定を年末に控え、議論が本格化する。内外への丁寧な説明を怠ってはならない。