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姉さんがブラコン過ぎてイキイキできない俺の日常?

 

突然だけど、俺の姉さんの話をしようと思う。

名は、青田那美と言って、俺より二つ年上の現在高校三年生。

容姿端麗で頭脳明晰、その上人当たりも良く周囲からの評価も上々だったという。言ってしまえば完璧人間だ。

かたや俺は容姿普通(自己評価)で頭脳普通(成績真ん中)、その上人当たりは……これも普通だな。評価? 成績表見たってやっぱり普通だよ。

同じ学校に通ってると何かと比べられることもある。お前のお姉さんの方がなあ、なんて。

まぁ、それはいいんだ。そんなの小学校の頃から慣れっこだし。むしろ誇りに思えるくらい。

身内贔屓目に見ても姉さんは美人だと思うし可愛いとも思う。家の手伝いも率先してやるし母さんと一緒にご近所付き合いまでこなしてるんだからね。

え? それじゃあまるで俺が何もしてないように聞こえるって?

そんな事はないんだけど……ね。さすがに姉さんと比べられると厳しいというか。敵う訳もないというか。

友人たち――主に同じ男から言われることだけど、羨ましい・代われ・紹介しろ・告白したい・爆ぜろetc... などと言うお言葉を貰うけど、俺にどうしろっていうんだよ。

勝手にやってくれって感じだし、それに……まあ希望通りにはならないだろうからね。

それは何故か……?

まあ、こういう事なのである……。

 

「………………」

「むにゃ……すぅ……すぅ」

 

俺の頭部に一定のリズムでもって吐息を吹きかけてくる小さな口。

その生ぬるいような熱いような感じが妙にくすぐったかったりもするんだよね。

別にわざとやってるわけじゃないんだ。結果的にこうなってるの方が正しい。

じゃあ離れればいい、と言いたいんだろうけれど、それが出来たらそもそも苦労はしないわけで。

目の前から伸びている二本の腕で、俺の頭はガッチリとロックされてるんだ。

 

「うぅ……ん……」

 

頭に巻かれた腕に力が入ってほんのり苦しい。

密着度が増して、主に頭部や額に感じる柔らかい部分がぐいぐいと押し付けられてくる。

当ててんのよ? イヤイヤ違う。当たっちゃってんの。

少なくとも今この瞬間本人にその気はないと思う。

何故ならば、考える気分もろとも深い闇の底へ降りてしまってるからね。

俺の隣ですぅすぅぐいぐいやってる人―――姉さんは、今日も幸せそうな表情で眠りについていた。

 

 

1.青田那美は毎日弟と一緒に寝る

 

 

『……おーい、翔ー。翔くーん。朝ですよー』

「………………」

 

なんか、声がする……

 

『そろそろ起きないとー。ご飯食べて学校行くよー』

「……ん」

 

……あさ? 朝、だって?

 

『ふむ。……これは実力行使に出てもいいってことだよね?』

「……う、ん……」

 

んー? あぁ意識が戻ってきt―――

 

「それじゃあ、いただきまぁーす……」

「……あれ、いつの間にむぐっ?! ……むうぅぅっー?!」

「んふっ、んー……ちゅっ。 あむ……れろぉ」

 

あわわわわわ、ねねっ姉さんの口が、舌が!!

 

「……ちゅぱっ! はふぅー。あ、翔起きた?」

「ね、姉さん?! なにを……」

「もちろん、弟分のほ・きゅ・う♪ お姉ちゃん弟分が切れたら死んじゃうモン」

「そ、そんな可愛く言われても……」

「……ダメ?」

 

ぐっ……。

泣きそうな顔で言われたらこれ以上何も言い返せないじゃないか。

でもこのままでいるのもなんだかオモシロクナイ。

だからと言って何かできるわけでもなく……俺としては皮肉めいたことを言うのが精一杯だった。

 

「……寝起きは口の中の細菌が一番多いんだぞ」

「もぅー翔はデリカシーが足りないなあ。でも、私はその細菌ごと愛しちゃうけどね!」

 

残念、姉さんに皮肉は通じなかった!

と言うか細菌ごと愛するって……。

 

「……起きる。着替えるから姉さんは部屋から出て」

「あーい。あ、そうだ翔」

「今度はなに?」

「おはよっ」

 

ニコッ、と、思わず心臓が跳ねるくらいの笑顔を向けて朝の挨拶をしてくれた。

 

姉さんが部屋から出たのを確認してから、俺もベッドから抜けだして朝の準備。

パジャマ代わりのTシャツとスウェットを脱いで制服に袖を通す。

これが中学の時みたいに学ランならネクタイ結ばないで済むんだけどね。

入学してまだ二ヶ月ちょっとだけど、未だに慣れきれてない自分がいる。

姿見で確認しながらギコチナイながらもなんとか結んで着替え完了。

その他の準備をするために一階へ降りていくと感じるは美味しそうな匂い。

身体っていうのは素直なもんで、匂いを嗅いだ途端に空腹を訴えるんだよね。

はいはい。もうちょっと待っててなと思いながら良い匂いのする居間へと入った。

 

ガチャッ

「おはよ」

「おはよう翔。眠そうな顔してるな……寝不足か?」

「まぁ、それもいつもの事というか」

「私と愛を確かめ合ってたんだよねー?」

 

父親に挨拶をしたところで、まるで待ち構えていたかのようにガバッと横合いから身体ごと抱きついてくる姉さん。

なまじ俺より背が高いものだから文字通り“抱きしめられる”ようになるわけで。

髪の毛越しにも関わらず、んーと頬ずりしてくる。

あー翔の身体いい抱きしめ心地ーって声が上からするけどあえて無視しよう。

姉さんの長い髪の毛が揺れて、ほんのりとシャンプーの匂いが鼻をくすぐった。

 

父親の前でこの行動と言動。普通に考えたら何やってんだ、となる筈だ。

俺だってそれを期待してたよ。『当初』は。

 

「それで那美、今日こそ翔は落とせたのか?」

「ううん。一緒に寝るだけで終わっちゃった。でも、ぎゅーって抱きしめてあげられたよ」

「毎度そればっかりじゃないか。そんなんじゃ息子はあげられないぞ」

「お父さんにお義父さんって言うのはまだ先になりそうかも」

「……はぁ」

 

ため息を付いたのはもちろん俺。だってこれなんだもん。

姉の行動を咎めるばかりかけしかけて来てる。これって親としてどうなのよと。

近親相姦推奨する親なんていないでしょう。

……でも、ウチに限っては推奨しても一応問題ない家系なのであった。

何故ならば……そう、何故ならば、ウチこと青田家は……

 

「那美が小さい頃からずっと『大きくなったら翔と結婚する!』って言うから、母さんとは未だに籍入れてないんだから頑張ってくれよ」

「まかせといて! 来年には子供を授かる予定だから」

「いや、予定とかないからね? 俺高校生で父親とか嫌だよ?」

 

俺の姉さん……青田那美は血の繋がった本当の姉ではないのだ。

 

昔話をすると、父さんと母さんが事実上の再婚をしたのは、俺がまだ小学校に入る前のこと。

俺を生んだ母さんが病気で死んで……しばらくしてもそれがうまく理解しきれなかった時に、今の母さんと姉さんはやってきた。

そりゃあ子供でも変に思うよね? 今日からあなたのお母さんよって言われても、じゃあ僕の本当のお母さんはどうなるのって。

正直どう接していいか分からなくてぐちゃぐちゃしてた時に一緒にいてくれたのが姉さんだった。

姉さんも、ある日急にいなくなってしまった自分の父親と言う存在との折り合いがついてなかっただろう。

でも、毎日泣きじゃくる俺の側にいて抱きしめてくれたり手を握っていてくれたりした。

 

『わたしが……おねえちゃんがキミを、翔くんをまもってあげるから。いっしょにいてあげるから』

 

その一言が未だに脳裏に焼き付いてはなれない。

それから……だよな。今の家族として上手くやっていけるようになったのは。

今の母さんを“母さん”と呼ぶことに抵抗はないし、姉さんも俺の父さんを“お父さん”と呼ぶことに抵抗はない。

何てことはない。昔のこと過ぎて今の二人と一緒にいる方が長くなってしまったから……。

血は繋がってなくとも、俺は二人のことを本当の家族だと思っている。

だけど……一つだけ姉さんって言う厄介な種が残ってるんだよね。

小さい時から自分の立場を理解してるのか、また俺という存在がよっぽど好みなのかはワカラナイけど、ずぅっと弟離れができてないのだ。

出来てないってのは違うね。弟離れするつもりが全くないんだ。それどころか本気で俺と結婚するつもりでいるんだから。

 

やっと話が戻るけど、父さんも母さんもそれを真に受けたのか籍を入れずに今日まで月日が流れてしまった。

……籍を入れてないと役所とか学校の手続き面倒くさいような気がするんだけど……まあそんなこと俺が気にする問題じゃないよね。

 

「朝ごはんもうすぐ出来るわよー」

 

と、台所からひょこっと母さんが顔を出す。

 

「あ、母さん。おはよう」

「おはよう。ほら、那美もそろそろ離してあげないといつまで経っても翔が準備できないわよ」

「はぁーい」

 

最後にぎゅっと強く抱きしめてからようやく開放。髪の毛整える前で良かった……。

お姉ちゃんがやってあげよっかと言うのを流して洗面所へ向かうとしよう。

 

「おとうさーん。翔が反抗期だよ……」

「ははは。あの年頃は多感なんだよ。そういう時は一発身体で強引に迫れば翔だって……」

「ちょっとあなた! 朝から娘に向かって何言ってるのよ」

「いやぁ。ハハハ」

「いい那美、本当に翔と結婚したいならちゃんとしないとダメよ。まずは外堀から固めていって……」

「ふむふむ」

 

ああー、今日も青田家は平常運転だなぁ。水がヌルく感じるや。

 

 

2.青田那美は弟と血が繋がってない

 

 

「いってらっしゃーい。車には気をつけるのよ」

 

母さんに見送られて姉さんと二人で家を出る。

ここから学校までは歩いて十五分くらい。徒歩圏内に進学できたのは嬉しいよなあ。

偏差値結構高かったから勉強大変だったけど……。

 

「今日もいい天気だね。絶好のデート日和だとは思わない?」

「いや、登校中だし……あと姉さん、恥ずかしいから腕組まないでっていつも言ってるっしょ」

「えー、いーじゃん。姉弟の普通のスキンシップだよ?」

「普通の姉弟は腕なんか組まないと思う……」

「他所は他所。ウチはウチ」

 

いやまあ、それはそうなんだけどさ。

人に見られたら恥ずかしいというか、クラスメートに目撃されたらあとで面倒だから……。

ただでさえ姉さんは目立つんだから。その、いろんな面で。

俺は身長に恵まれなくて、辛うじて165cmに届こうかというところ。

対する姉さんは女の人にしては背が高く175cmもある。

背丈の差、10cm……ちょっとだけ気にしていることだったりもする。

しかも、それでいて身体つきがガッチリしている訳ではなく実にスラッとしてて……。

スタイルも申し分ないどころかむしろ良い方だから、腰まで届く長い髪と合わさってモデルみたいで……

ますます一緒にいると比べられる俺の存在が、ね。

 

「あ、いつもどおりお昼になったらそっち行くからちゃんと待っててね」

「了解。ってことはお弁当も?」

「もちー。ちゃんと私の手作りだから期待しててね」

「姉さんが料理上手なのはよぉーく知ってるから」

 

おかげでお昼の我が校における購買ダッシュに参戦しなくて済むと思うとね。

ただ、姉さん教室に躊躇なく入ってくるものだから……初めの内はいろいろ大変だったんだ。

 

「本当は休み時間ごとに弟分を補給したいんだけどなぁ」

 

物欲しそうな目でじぃーっと見つめてくる。

組んでいる腕に力が入って余計に柔らかい部分が押し付けられてるのは、幻なんかじゃなくてれっきとした事実。

今月から夏服へ衣替えだからその、余計に感触がガガガガ。

 

「やっぱり、だめ?」

「だーめ」

「……だめぇ?」

「だ、だめ」

「……(うるうる)……」

「だ、だ……め……」

 

………………

 

「……ほ、ほどほどなら、いい、と思う……」

「……ホント?」

「あと、出来れば人が見てないところなら……うん」

「やったぁ! もぅだから翔ってば大好き!!」

 

ガバーッと道の真ん中で抱きしめられる……ちょ、周りが! 人が!

顔は胸に押し付けられてるから周り見えないけどさ!

 

「ふぉっ?! ふぇ、ふぇぇふぁん?!(ちょっ?! ね、姉さん?!)」

「こらぁ。胸に息吹きかけちゃダメだってば。くすぐったい」

 

誰のせいだと!

羨ましいと思ってる人は実際に体験してみたらいいと思う。

こんな所でやられたら嬉しさよりも恥ずかしさの方が絶対に大きいから!

……あ、でも相手は姉さん以外でお願いしたい。それは俺が許さない。

 

「……ぷはっ。ちょっと姉さん! こんな所で抱きつかなくても」

「ごめんごめん。でも、翔さえ良ければお姉ちゃんいつでもイイからね?」

「……先に行くから」

「あーもー。待ってよ翔ー」

 

そう言いながらも俺の歩幅はとても狭く、そして慌てて追いついた姉さんが当たり前のようにまた腕を組むのも拒否しないのであった。

 

さて、しばらく歩いて校門をくぐればいよいよ校内。

周りを見れば同じように登校してきた生徒たちがたくさんいる。

中には知り合いやクラスメートがいるみたいで、姉さんも何人かと挨拶を交わしていた。

もちろんそれは俺もであるが……みんなこっちを恨めしそうな目で見るのは慣れたとはいえ勘弁してほしい。

そんなに恨めしいなら自分でも動けばいいのにね。行動もしないで文句ばっかり言ってても何も起こらないって声を大にして言いたい。

昇降口前で学年の違う姉さんと別れ……ああ、そんな毎度寂しそうな顔しないでってば。

今にも泣きそうな姉さんに軽く手を振って俺も自分の昇降口へ向かう。

さーて、今日も一日頑張りますかね。

 

「おい青田。お前今朝道端でねーちゃんと抱き合ってただろ?!」

 

そんな会話が出たのは教室に入ってすぐのことだった。

ああ、早くもイベントが……

 

「まあ、抱き合ったと言うよりも一方的に抱きしめられたって感じだったけど」

「くそ……いくら弟だからって羨ましすぎだろ。なんで俺にあんな姉がいないんだ……」

「そんなの知るかよ……」

「本当に羨ましい奴だよ。あんな美人のねーちゃんがいて、しかも弟にベタ惚れとくりゃあ甘えない方がオカシイってのに」

「そうか?」

「そうなんだよ! 第一他にねーちゃんいる奴に聞いてみろって。絶対碌な答え返ってこないから」

 

まあ、確かにとは思う。

だいたい聞くのは、姉貴は性別が女なだけで傍若無人の悪魔だーとか、弟を都合のいい小間使いとしかみてないとか、そんな感じだ。

ウチみたいのは本当に稀有な例みたいで……まあ俺もそう思ってるしね。

これで実は血が繋がってませんなんて言ったらどうなるんだろう? 俺吊るされるんじゃないかな。

 

「ちなみに、この間アイツが特攻して見事撃沈された」

「……マジか」

 

そう言いながら目を向けると、轟沈されたアイツは何人かと群がって談笑していた。

同じ男から見ても、所謂爽やかイケメンって感じで女の子からウケも良さそうに見えるけどね。話しててもイイ奴だし。

でも……相手が悪いよなあ。残念ながら姉さんはそういった外見には一切興味を示さないのだ。

別の女子だったら、あるいは今頃幸せなひと時を過ごせてたかもしれない?

 

「なあ、今度聞けたらどんな男がタイプか聞いといてくんね?」

「またその話かよ……自分で聞けばいいだろ?」

「ガッツイてるって思われたら印象悪いだろうが。その点お前なら弟だから心配ないし」

 

……その姉さんが弟にリアルに結婚迫ってるんですけど?

 

キーンコーンカーンコーン……

「ほら、チャイムが鳴ったからさっさと戻った戻った」

「それじゃあ、頼むぜ!」

 

この話は今に始まったことじゃない。でも一度として俺から聞くことはしてない。

まあ、俺としても姉さんに変な虫がつかないように警戒するのは当然なわけで。

ただでさえいろんな所から寄ってくるから……その悪い方向からもね。

 

いつだったか、姉さんが不良な人に言い寄られたことがあったらしい。

でも当然ながら姉さんはあっさり一刀両断。話はソコで終了……のはずだった。

ところがその不良な人は何をトチ狂ったか仲間を呼んで何故か俺の所へやってきた。

言い分によれば姉弟仲良すぎるのが悪い、だそうで。

つまり、自分が振られた=姉弟の仲が良いのが悪い=自分は悪くない=悪いのは弟、となったらしい。

そんな事を廊下で喚かれたら当然人だかりも出来る。なんせ絡んでるようにしか見えないから。

自分で被害妄想膨らませてイライラして、遂に俺に掴みかかった所で……

 

『そんな所で何をしてるのかな?』

 

ざわざわしてたのがシンと鎮まる……。

普通なら先生が来たと思うだろ? 違うんだよ。

ある意味では先生の方が良かったのかもしれないけど。

 

『一度しか言わないからよく聞きなさい。……今すぐ、私の弟を、離しなさい』

『あぁ?』

『……はい。時間切れ』

『さっきから何言ってやg―――――ッ!!?』

 

直後、俺を掴みあげていた不良さんが、文字通り、吹っ飛んでいった……。

ぽかんとしてる俺の前に、ふわりとスカートをなびかせて姉さん着地。

え、えーっと……膝蹴りしたの? 全力ダッシュして?

 

『……ふぅ。私の弟になんてことしてくれてんのよ!』

 

いや、姉さんも何てことしてんの……?

そんな事思ってる間に、唖然として動けなくなってる不良さんの取り巻きの一人につかつかと歩み寄り……

 

『なんてこと、してくれてんの?』

 

なんてニコニコしながらアイアンクロー決め込んで、思いっきり力込めたからさあ大変。

断末魔の叫びってこう言うのだろうなって声が廊下中に響いた。

もうこうなったら大変だよね。完全に浮き足立った不良さんたちは大慌てで逃げ出すし、ふっ飛ばされたままの人は倒れたままだし、ロックキメられちゃってる人はあまりの痛みに……漏らしちゃったし。

パッと開放してケンモホロロに逃げ出したのを見届けると、大慌てで俺に駆け寄って一言。

 

『大丈夫だった?! 痛い事されてない? ああ、服のボタンが飛んじゃってる……かわいそうに、なんてことを!』

 

なんて言いながら俺に抱きついて、先生が来るまで離さなかったのを今でもハッキリと覚えてる。

あの時、あれから大変だったなあ……

 

その一件以来、姉さんこと青田那美は弟を溺愛するあまり助けるためなら不良すらも打ちのめすなんて言う逸話が残ることに。

ちなみに、姉さんは小さい頃から護身術ってことで爺ちゃんにイロイロ教わってて、外見に反して力はかなりある。

故にあんなことも出来たと……まあ、あの時本人は、

 

『ど、どうしよう? 蹴った時に私の下着見られたかもしれない……』

 

と別次元の心配をしていた。

先生たちの聴取? うん。いろいろあったけど向こうが悪かったってことで片付いたよ。

普段の生活態度って、大事なんだなと思った瞬間であった。

 

 

3.青田那美は愛する弟のためなら火の中水の中

 

 

つつがなく授業が進んで、終了のチャイムとともに迎えるは昼休み。

大勢の学生にとっては憩いのひと時であり、一部の学生にとっては食料を確保できるか奮戦するひと時である。

俺はざわつくクラスをさりげなく抜け出して中庭へと足を向けた。

中庭と言えば定番のお昼ごはんスポット。

弁当や購買で買ったものを持って食べに来る生徒も多い。

早くも何人かの人たちが食べ始めているのを横目に見ながら、今か今かと辺りを見廻している相手に歩み寄った。

 

「おまたせ、姉さん」

「もー遅いよ翔。チャイム鳴ってから五分も経ってる」

「まだ五十分も残ってるから。それよりも早く食べようよ。もうすっかり腹ペコで」

「購買で何かつまみ食いしなかったみたいで、えらいえらい」

 

ふわふわと頭を撫でられる……もうすっかり慣れたことだけど、普通なら男がやる方なんじゃないだろうか?

 

「それじゃあ食べようか。ちゃーんとシートも持ってきてるよ」

「今日のお昼はなんだろな、と……」

 

広げたシートに二人で座って、渡されたお弁当箱を広げれば、中には色とりどりの美味しそうなおかずが所狭しと敷き詰められていた。

一段目はご飯にごま塩が振ってあるだけだけど、二段目には唐揚げやミートボールといったお肉類から、卵焼きにきんぴら、ほうれん草といった野菜類まで。彩りに添えられたトマトも綺麗である。

食い盛りの男子高校生には大変ありがたい栄養面と量だね。これはもう、姉さんには感謝してもしきれない。

いただきますもそこそこに口へと運んでいく……うん。やっぱり美味いな。

 

「そんなに急いで食べたら喉詰まらせちゃうよ。はい、お茶あげる」

「むぐむぐ……サンキュ……」

「ふふっ。それじゃあ私も、いただきまーすっと」

 

しばらくは特に会話もなく弁当箱の中身を黙々と口に運ぶ作業が続く。

躾というか当たり前の事なんだけど、口に物を入れて話しては駄目って小さい頃から言われてきてるからね。

話すならちゃんと口の中を空にしてから。まあ、今はお腹空いてるから食べるの優先になってるって所かな。

ある程度箸が進んだ所でようやく会話が始まった。

 

「にしてもさ、まさか本当に休み時間ごとにやるとは思わなかった」

「だって、イイって言ったのは翔の方だよ?」

「そりゃそうだけどさ……。最初に授業中にメールで言われた時はなにかと思ったじゃん」

「ちゃんと人が来なそうな場所だったでしょ?」

 

だからと言って、休み時間に毎回特別棟に呼び出さないでください……。

確かに人は来なかったけどさ。あそこ一年の教室からは遠いんだよね。

ちなみにだけど、その『弟分』補給中に昼休みはココで食べようと伝えておいた。

でないと姉さん教室に来ちゃうからね。

 

「やっぱりお姉ちゃん、弟分の消耗が激しいとダメになっちゃうみたいで……」

「その弟分ってさ、今年俺がココ来る前まではどうしてたの?」

「頑張ってガマンして、家に帰ってからたっぷり補給した」

「……だから家でずっと引っ付いてたのか……部活もしないで」

 

まあ、部活については家で母さんを手伝ってるのを見ると仕方がないって思うけどね。

ただそれ以外は寝る時も含めてベッタリだったけど。

……別に嫌じゃなかったけどさ。

 

「ちなみに、これからも我慢して家に帰って、ってのは?」

「お姉ちゃん寂しくて死んじゃうよ? 悪い人に襲われちゃうかもしれないよ?」

「いや、それはないかと……」

 

よっぽどの多人数or不意打ちでない限り姉さんなら返り討ちだって。

 

「じゃあ、逆に翔はお姉ちゃんとくっ付けなくて寂しくないの?」

「それは別に……ああウソウソ! 寂しいから! ちょっと照れ隠しに強がってみただけから!」

 

涙は反則だってば!

 

「でしょう? だからこれは姉弟にとってとっても大事なコトなんだよ」

「そう、かなあ?」

「なの。だから明日からも毎日補給させてね」

「……まあ、何もなければ、ね」

「もちろん、食べ終わったら早速補給するよ」

「はいはい……」

 

べつにこういうのも悪くないと思ってる俺がいる。

それでも恥ずかしいことには変わりないからやっぱり人に見られない場所で……

ああ、なんだか泥沼にハマっているような感じがふつふつと。

決して甘やかしてるつもりはないんだけどなあ。

 

「……っし、ごちそうさま! 今日も美味しかったよ姉さん」

「お粗末さまでした。それじゃあ早速こっちにおいで?」

 

ぽんぽんと自分の太ももを叩く。

あー……ここでもやっぱりやらなきゃ駄目?

周りに人がいるんだけどなあ。

 

「ご飯を食べながら弟分を補給できる、なんて幸せなんだろう……私」

「……ご飯食べてすぐ横になると牛になるらしいよ?」

「翔はまだ若いし動いてるから大丈夫! それに、今のうちに横になっておけば午後の授業眠くならないよ」

「むぅ。それはとても魅力的なお言葉」

「そこは、魅力的なお姉ちゃんって言ってほしいな☆」

「……ちょっとだけだよ?」

「わぁーい。ささ、いらっしゃーい」

 

お茶をぐいっと飲み干してから周りを確認するようにして姉さんの太ももに頭を載せて……寝転がる。

後頭部から首にかけて、柔らかさと硬さが絶妙に合わさった感触が包み込んだ。

あー……うん。恥ずかしいけど、やっぱり姉さんの膝枕は気持ちがいい。

満腹感と相まって早くもこう眠気がね?

と、その時顔にふわりと何かが掛けられた。視界が真っ白に染まる。

ほわほわと暖かく、しっとりとしているソレは……濡れタオルかな?

 

「五分でも十分でもいいから寝てるといいよ。お姉ちゃんこれで十分補給できてるから」

「いつも思うけど、足痺れない?」

「ソコは大丈夫。ちゃんとコツがあるんだよ」

「ふぅん」

「ほら、目を閉じて力を抜いて、ゆっくりと呼吸して……」

「……ホントに寝ちゃうぞ?」

「いいよ。時間が来たら起こしてあげるから」

「……いつもありがとう。姉さん」

「うん。おやすみ、翔」

 

本当に眠りにつくまで数分と掛からなかったと思う。

遅れてご飯を食べ終わった姉さんに頭を撫でられながら、午後の授業が始まるまでほっこりとしたひと時を過ごせた。

あんまりにも自然にしてるものだから、この光景を見た人たちは特に冷やかしもせずにっこり笑って去っていったとか。

その時のことは俺は寝てたから知らない。知らないったら知らない。その方が幸せだろうからね。

ただ、午後の授業が始まるからって教室に戻ったら何人かの友人にShi-t!!!! って言われながらシメられたけどね!

なんか別れ際の姉さんの顔がすっごくツヤツヤしてたんだけど、それと何か関係があるんだろうか?

 

 

4.青田那美はご飯と一緒に弟も補給する

 

 

たまたま、たまたまだったんだよ。

ホントにたまたま、姉さんに借りてた辞書を返そうかなって思い出して三年の教室に向かってる時だった。

階段を登った先に姉さんがいた。ちょうどいいから声を掛けようとした寸前、すぐ前にいた男子生徒に着いて行くようにして階段を登っていった。

俺には気づいてなかったみたいだけど……これは、ひょっとしてアレだろうか。

出歯亀みたいだとは思いつつも、俺はこっそりと後をつけたのであった。

向かった先は屋上へ続く階段への踊り場。屋上に用がない限りまず来る人なんてない場所だ。

もっともその屋上は普段開放されてないから……二人っきりになるには最良の場所だよね。

そんな所で姉さんと二人。この先何が起こるかなんて俺には分かりきっていたし、またこの先の展開も分かりきっていた。

それでも、壁に隠れるようにして耳をそばだてる……

 

『俺、お前のことが好きなんだ。だから俺と……付き合ってほしい』

 

……ほらね。やっぱりそうだった。姉さん、これで何度目だろうね。

分かってるとはいえ、なんだか気分的にオモシロクナイ。

そんな俺のことなんかお構いなしに、この瞬間は流れていくのだった。

 

『ありがとう。でもゴメンナサイ。私は貴方の気持ちに応えることはできません』

『……そっか。アハハ、残念だな……』

『今までどおり、クラスメートとしてよろしくね』

『おいおい、それって結構心にクるものがあるぞ。……まあいいや。悪いな。こんな所に呼び出しちゃったりして』

『ううん。私は大丈夫。ただ、ここにはいろんな意味で来慣れちゃったかも』

『うわぁ……なんかフラれた俺が言うのもアレだけど、やっぱ青田さんモテるんだな』

『何かしてるわけじゃないんだけどね』

『ちなみに、フラれた理由を聞いても?』

『うーん、私にはもう心に決めた人がいるから、かな。私も振り向いてもらえない側の人間だけどね』

 

………………

 

『青田さんが振り向いてもらえないって……マジ?』

『うん。難しいよね』

『信じらんねぇが……まあこれ以上は止めとくわ。んじゃあそろそろ授業始まるし、戻るか?』

『あ、私はちょっと用があるから先に戻ってて』

『おう……じゃあまた、教室で』

『うん。バイバイ』

 

タタタッと階段を駆け下りていこうとするのを、影に隠れてやり過ごす。

さすがにアノ光景を覗き見してました、なんて誰にもバレたくないもんな。

階段を降りていく音が聞こえなくなって、階下の賑やかな雰囲気が僅かばかりに伝わってくる静かな空間で……姉さんがふぅとため息を付いた時だった。

 

「で、そこに隠れてる翔くんはお姉ちゃんが心配だから来てくれたのかな?」

「!!」

 

え、バレてた?

 

「ほーら、出てこないと私の方から飛びつきに行っちゃうぞ―」

「……バレてたのか」

 

潔く物陰から出ると、階段の上で両手を腰に当てて姉さんが仁王立ち。

俺の背がもう少しだけ低かったらスカートの中が見えてしまったかもしれない。

 

「いつから気づいてたの?」

「そんなの最初からに決まってるでしょう? 翔が近くにいて判らないお姉ちゃんじゃないよ」

「まぁ、そうだよね……えと、その。ごめん。盗み聞きしちゃった」

「いいよ。それ持ってるってことは、聞きたくて着いて来たわけじゃないんでしょ」

 

そう言えば、手に辞書を持ってたんだっけ。

無意識の内にぎゅっと掴んでいたからその部分だけ熱を持っていた。

なんだか気恥ずかしくなって、つい辞書で頭をかく。

 

「そんな所に立ってないで、ちゃんとお姉ちゃんの側に来て? それとも、この中が見たいのかな?」

 

まるで挑発するようにスカートの端を持って広げ……もちろん中を見ることは出来ない。

本当にギリギリを見極めているような格好に俺の方が恥ずかしくなって、階段を駆け上がるのであった。

 

「わーい、翔が来たー」

 

隣に立った瞬間に笑顔で抱きついてくる姉さん。

えーと、俺はどうすればいいんだろう……

とりあえず、なすがままにされてみようか。

 

「このまま失われた弟分を補給~♪ あぁー、翔の身体はあったかくて気持ちがいいなー」

「……普通なら男が言うセリフだよね。それ」

「えっ? もしかして翔は誰かに言ったことあるの?!」

「いやいやそうじゃなくて! ってか俺誰とも付き合ったことないし」

「……だよねー。あー、お姉ちゃんびっくりしちゃった」

 

そう言われるのもなんか悲しい気もするが……。

 

「……姉さんはさ、俺がいた事に気づいてたんだよね」

「うん。そうだよ」

「じゃあさ、さっきの……姉さんが言ってた振り向いてもらえないっていうのは」

「うん。モチロン翔のこと」

「あー……それはなんて言うかその……」

 

と、ここで本日最後の授業開始のチャイムが。

だけど姉さんは離してくれない。

それどころか、抱きしめる腕に力が入った。

 

「ね、姉さん。授業始まるよ? 戻らないと……」

「ヤダ。お姉ちゃん今翔を離したくない」

「で、でもさぁ」

「いいから……今は、ここにいて?」

 

こうして、入学以来初めてのサボりを姉さんと一緒にした。

下の方から聞こえてきた賑やかな音が聞こえなくなって、授業が始まったんだなあと実感。

階段のすぐ側で話してたらあっという間に見つかりそうだったので、踊り場のフロアに座り込んだ。

下から見上げても隠れる部分にいるので、これなら直接ココに来ない限り見つからないと思う。

二人して座ってるけど、片腕は姉さんによってしっかりと固定されてる。

まあこの状態で抱きつかれるよりはマシなんだけどね。

 

「はぁ……まさか辞書返しに行ってサボることになるとは思わなかった」

「私だって初めてだよ。これでも優等生さんですから」

「じゃあこれで優等生も返上だね」

「別に、お姉ちゃんなりたくて優等生になったわけじゃないもん」

 

ぷくーっと頬を膨らませる。その似合ってるんだか似合わないんだかな表情に、思わず笑ってしまう。

 

「ま、学校生活で一回くらいはいいんじゃない? これも思い出の一つだよ」

「思い出かあ。やっと翔と一緒に登校できるようになったのに、また半年後にはバラバラなんて……どうして翔は私より二つも離れてたの?」

「えぇー……。それこそお互いの親に尋ねてくれとしか……」

「まあ、そうなんだけどね。あーんもっと翔と一緒にいたいよぉ!」

「家に帰れば一緒にいるじゃん……」

 

おかげで俺のプライベートはほとんど無いんだけどね。

何も一緒にいるなとは言わないけど、その……一人になりたい時ってあるじゃない? 欲求に忠実な時とかさ。

そういう時にくっ付かれるといろいろと処理が大変なんだよ。

だって姉さんスタイル良いし……いい匂いするし……むぅ。

どうしようもない時は一人になれる時に悔いのないようにしてるわけだ。

風呂……は時々平和じゃないな。トイレだけが俺の完全なプライベートスペースになってる。

 

「私はいつでも翔と一緒にいたいよ?」

 

そんな姉さんに、俺は尋ねないといけない。

とても、とても大切なことを。

なんだかんだ言いつつもずっと胸の中で思い続けていたことを。

今後の関係が、変わってしまうかもしれないことを……

さっきの場面を見ちゃったからかな。

今どうしても聞かないと気がすまなかった。

 

「……姉さん。正直に答えてね。俺も、正直に答えるから」

「うん」

「俺のこと、好き?」

「うん。好き」

「それは……」

「もちろんLOVE。翔以外の男の人なんか好きにならないもん」

「でもさ、俺たちってその……一応、姉弟じゃん?」

「そんなの関係ないよ。例え本当に血が繋がってても、私は翔を好きになるよ」

 

まったく言い淀むこと無くハッキリと答える姉さん。

そこにどれだけの覚悟と気持ちがこもっているか分からない俺じゃない。

こんな事までされて分からないようじゃ、弟失格ってものだろう。

 

「これが私の気持ち。お姉ちゃんじゃなくて、那美個人としての気持ち」

「……そっか」

「翔も答えて欲しいな。私のやってることって……翔にとって、メイワク、かな? “お姉ちゃん”として弟離れしなきゃ……ダメかな?」

 

組んでいた腕をするりと解いて、俺の前に回りこんでじっと見つめる。

こんな不安な面持ちの姉さんの見るのは初めてだ。

俺の前ではいつもニコニコしてて、たまーに作り涙で俺を惑わすこともある。

だけど、そんな姉さんでも一度だってこんな表情をしたことはない。

……いや、一回だけあるかな。俺が彼女を、那美を姉さんとして受け入れた時だ。

それまでずっと家族でいること、姉弟でいることを拒んで殻に閉じこもっていた俺にめげずに話しかけてくれた。

『ずっと一緒にいてあげるから……』

あの時の言葉を姉さんは守ってきてくれた。どんな時でも。

そんな姉さんが本当に弟離れして、他の男と一緒にいることを俺は納得できるのか?

おめでとうと言って、弟として送り出すことが出来るのか?

また一人になって、俺は……

 

………………

 

ぎゅっ

「あ……」

「嫌なわけ、ないじゃん。でなきゃ高校まで一緒にいないでしょ」

「……じゃあ、いいの?」

「姉さんが覚悟決めてるってのに、俺が決めてないのは男としてダメだろうって。だから、俺も覚悟決めるよ。まあ、これが答えみたいなものなんだけど」

「だめ。ちゃんと言葉でお姉ちゃんに……私に教えて?」

 

抱きしめられている身体を起こして、改めて俺と正対する。

もう瞳からは涙が溢れてるけど、その顔はとても嬉しそうな笑顔に包まれてる。

この笑顔をこれからも絶やさないように……そして俺の隣で笑っていてもらえるように。

『ずっと一緒に』いてもらえるように。

 

「俺も、姉さんのこと……那美のことが好きだy――――ッ?!!!」

 

最後まで言えなかった。嬉しさのあまり抱きついてきた姉さんがそのまま口を塞いだからだ。

勢い良く抱きつかれたものだから、反動で頭が壁にぶつかりちょっぴり痛い。

そしてぶつかった拍子にガチンッて音が口からしたけど……ああ、歯も痛いね。

 

「いたた……。ごめんね、嬉しくてつい……」

「いや、こちらこそ……って、姉さん、口から血が出てるよ」

「えぇっ? あ、今ので唇切っちゃたかも……」

「もう、姉さんはしょうがないなあ」

 

そっと口付けして、血が出ている部分を優しく吸い上げる。

ぬるっとしてて鉄みたいな味が口に広がった。

 

「……とまあ応急手当みたいなことをしたつもりだったけど。やっぱりまだ止まらないね」

「じゃあ、血が止まるまで翔の口で手当して欲しいな」

 

それからしばらくの間、誰も通りかからない踊り場で俺と姉さんは治療と称して長い長いキスをした。

 

 

5.青田那美は遂に愛しの相手と結ばれた

 

 

「――――と言うわけで、無事翔をゲットしちゃいました!!」

「ゲットて……」

 

仲良く手を繋いで家に帰った所で、両親に向けてこんな第一声を放つ姉さん。

魅せつけるように高らかに繋いだ手を上げて宣言をしていた。

俺も堂々としてれば良かったんだけどなぁ。まだ恥ずかしい部分があるからつい拗ねたような顔になる。

この二人の差が実に対照的だと思うんだよね。

そして目の前にも、間違いなく姉さん側の反応をしているのが二人……。

 

「あらーまぁまぁまぁ! 急にどうしたの? 今朝見てたって翔もいつもどおり素直じゃなかったのに」

「本当に押し倒したのか? いやぁ那美も大胆なとこr『あなた!!』……まあ、おめでとう。不出来な息子だけどよろしく頼むよ」

「はい! お義父さん! キャー遂に言っちゃったよぉ翔ー!!」

 

さっきからのこのハイテンションっぷり。漫画とかアニメなら目が凄い事になってそうだ。

反応の一つ一つに抱きつきが入るものだから、さっきから俺の身体は右に左にぐわんぐわんと動きっぱなし。

こんな元気いっぱいな姉さんを見るのは初めて。まあ自分で言うのもアレだけど無理もないか。

俺と姉さん、付き合い始めたんだよな……。

 

「それじゃあ今日はお赤飯炊きましょうね。もち米とあずき豆は残ってたかしらぁ」

「僕も開けてない日本酒を開けようかな」

 

なんて言いながら二人して台所へといってしまう。

そして俺は相変わらず居間の真ん中で姉さんに抱きつかれたまま。

……これ、どうしようか?

 

「ね、姉さん。とりあえずカバン置いて着替えてこようよ。いつまでもこのままじゃ何だし」

「んんー、でももう少しこうしてたいかも」

「……じゃあ俺の部屋で好きなだけしてていいから、ね?」

 

なんて言った瞬間には居間を抜けていて、引きずられるようにして二階の俺の部屋へと連れて行かれた。

入ってきた勢いそのままにベッドに押し倒されて、姉さんがのしかかる。

そして制服のリボンに手をかけて……てェ?!

 

「ちょッ?! 姉さん何してんの!」

「大丈夫ダイジョーブ。お姉ちゃんに任せておけばいいから……」

 

そう言いながら、するりとリボンを引きぬいて制服のボタンを上から順に外していく。

思わず見つめてしまう……が、そうじゃないでしょうと!

 

「ストップ、姉さん一旦ストーップ!!」

 

すでに真ん中までボタンを外していた手を被せるように掴んで止める。

開かれた胸元からは、大きな胸とそれを包む下着がハッキリと見て取れた。

うわぁ……間近で見えてしまったよ。

 

「あ……」

「あれ? 急に止まってどしたの?」

「いや、その……む、胸がね」

「胸? あぁー。……翔のえっちー」

「ち、ちがッ?!」

 

そもそも脱いだのは姉さんの方だろうに!

思わせぶりな視線で身体をくねらせながら胸を寄せないでほしい。

 

「なんなら全部見てもいいんだよ? ほら、あとはボタンとブラが外れたら……」

「いやいやいやいやいやっ!? と、とにかく一旦落ち着こう! ハイテンションな気持ちもわかるけど、これからの事も考えて一旦、ね?!」

「……まあ、翔がそこまで言うのなら」

「じゃ、じゃあとりあえず……ボタンを閉めてもらえると」

「着替えなくていいの?」

「それは自分の部屋で!」

「えぇー……じゃあ翔が着替えさせて」

「それもいいから! ほら、着替えたらまた部屋に来て」

「んもーしょうがないなあ」

 

胸元が肌蹴たままの状態で自分の部屋へと戻っていった。

……ああ、心臓に悪いなこれ。なまじ付き合い始めた分リミッターが解除されてるような。

まさかいきなり、あんな……。

ああ、いかん。さっきの光景が頭の中に。

強烈すぎて完全に刻み込まれちゃったよ……。

とっとりあえず、俺も着替えるか!

 

ガチャッ

「着替えてきたよー」

「はや……って着替えたの上だけじゃん」

「別にスカートくらいはいいでしょ? 汚すワケじゃないんだし」

 

一切の寄り道なしに俺の隣に腰を下ろすと、すぐにぎゅっとしがみついてきた。

あの俺まだネクタイ外しただけなんだけど……。

そんなのいつもの事だと言われたらその通りなんだけどね。でも、やっぱり姉さんも嬉しいみたいで違う部分もある。

例えば……

 

「なんか心臓がドキドキ言ってない?」

「当たり前だよ。さっき学校で翔とキスしてからずっと、ドキドキしっぱなし。ほら、分かるでしょう?」

 

腕に押し付けられた胸から伝わるいつもよりも早い心臓の鼓動。

さっきまでのハイテンションっぷりもそうだけど、よっぽど嬉しかったんだなあとしみじみ思う。

むしろ俺が今までどおりなのが不思議なくらい。本当は飛び上がりたいくらいなんだけど……?

 

「あ、そうだ。恋人同士になったらやってみたかったことがあるの」

「やってみたかったこと?」

「うん。翔はそのまま後ろの壁にもたれかかって……そう。それで足をちょっと開いて、私が……よっと」

 

ぽすん、て表現が一番合うのかな?

俺の両足の間に収まるような感じで自分の身体を預けてくる。

そして更に俺の腕で包むように腰に手を誘導されて、完成。

うん。座りながら姉さんを後ろから抱きしめてる感じだ。

これは……密着度がハンパないですな。

それにすぐ目の前に姉さんの後頭部があるから、シャンプーの甘い香りが鼻をくすぐりっぱなし。

女の人の身体の柔らかさと暖かさ、そして匂いでどうにかなってしまいそうだ。

 

「えへへ。いつも私が抱きしめてばっかりだから、こうして翔に抱いてもらうのが夢だったんだ」

「あー、そう言えば俺からしたことって無かったかも。姉弟でもセクハラになりそうで」

「私は翔だったら全然気にしないよ? むしろこれからは毎日抱いてね?」

「……さっきから語尾にあからさまな他意を感じるんだけど」

「他意じゃないよ。私の本意」

「……その事なんだけどさ。これからのことも含めて、いいかな?」

「ん、いいよ」

 

心の中で一旦間を置いて、逸る気持ちを落ち着かせる。

別に姉さんは逃げやしないし逃げるようなこともしないけど、言うからには相応の覚悟や緊張はあるもので。

ほんの少しだけ身体に回した腕に力を込めた。

 

「基本的には、今までどおり姉と弟でいようと思うんだ。いくら俺たちに血が繋がってなくて、こうしてお付き合いできる状態でも、周りはそんな事知らないからね。特に学校で変な噂を立てられたら父さんたちにも迷惑がかかる。せっかく一緒になれたんだから、些細な事で離れないようにしたい」

「………………」

「で、でも。家では……この部屋にいる限りはいくらでも好きにしていいよ。その……弟分って言うのも好きなだけ補給してもらって構わない。お、俺だって姉さんと……那美とこうしていたいしね」

「翔……」

「だめ、かな?」

「ううん。それでいいよ。翔がきちんと考えて言ってくれたことだもん。反対なんてするわけないよ」

「……ありがとう。あと、ごめん。せっかくの所に釘を差して」

「おおっぴらに出来ない恋って、ワクワクすると思わない? 人目を忍んで何かするなんて、普通じゃしないもの。そりゃあちょっとは寂しいけど……これからも翔と一緒にいるためなら我慢するよ。それに、この部屋でなら……我慢しなくても、いいんでしょ?」

「ま、まあ……限度はあるけどね。あくまでも健全なお付き合いを……」

「むぅ、さっきと言ってることが違う。好きなだけイイって言ってたもん」

 

ソコを突かれると非常に痛い……!

かと言って今更訂正なんてみっともない事この上ないし。

こ、困ったなあ……。

 

「ほ、ほらっ。下には母さんもいることだし、あんまり激しいのは危ないというか」

「じゃあ声を出さなかったらいいんでしょ? 頑張るよ」

「あああ、あとほら、俺たちまだ高校生だし……ね?」

「翔、今の翔はすごくみっともないよ! あと、勘違いしてるかもしれないけど、別にえっちな事をしたいって言ってるわけじゃないよ?」

「そ、そう……なの?」

「もちろん翔とならしたいけど……それは追々ね。今は、どちらかと言えばこうしてずっと一緒にいたい気分。翔が抱きしめてくれるだけでもすっごく嬉しいよ」

 

なんとも、である。

非常に恥ずかしいことに、俺一人勝手に想像して暴走してたわけでしてね。

穴があったら入りたいとはまさにこの状態を言うんだろうなあ……。

顔から首にかけて一気に熱くなってくる。

ああ、本当にみっともないなあ……。

 

「でも翔も男の子だね。真っ先にえっちな事が出てくるんだもん」

「だ、だって姉さんがそれっぽいことばっかり言うから!」

「それっぽい事って?」

「だっだからぁ……そ、そんなのはいいだろう! とにかく、こうしてる分にはいくらでもいいから! 外ではなるべく控えてってこと」

「うーんとさ、それって今までと何も変わらないってことじゃない? 別に学校にいても『恋人です!』なんて言ったことないし」

 

………………

……そう言えばそうだった。

 

「あと、家にいてもお父さんとお母さんはもう知ってるわけだから、トクベツ過激な事しない限りは許してくれると思うよ。翔、ちょっと気にし過ぎじゃないかな」

「……そう、かな?」

「でもちゃんと考えてくれてることは嬉しかった。だから夕ご飯が出来るまではこうしててね」

「……了解」

 

何だかんだ言いつつも、浮かれに浮かれてたのは俺一人だったってオチ。

しょうがないだろう! こう言うの初めてなんだから。むしろ姉さんが落ち着いてるのが意外なくらいだよ。

態度では大っぴらになっても、内々ではしっかりと考えてるってことなのかな。

やっぱり姉さんには敵いそうもない。改めてそう思った。

 

はぁ……ため息を一つ落として頭ごと姉さんの肩にもたれ掛かる。

それに合わせてくれるように、首を傾けて頭と頭が触れ合った。

なんか不思議な抱きしめ方をしているなあ、なんて。

 

「正直ね、姉さんが好きだってことに変わりないんだけど、一番嫌だったのは離れてっちゃうことだったんだよなー」

「……私が? 翔から?」

 

そんなのあるわけ無いじゃん、みたいな感じでつぶやく姉さん。

 

「うん。仮にだよ? 姉さんが今からでも高校卒業からでもいいけど、弟離れをしたとしよう。そうすると最終的には他の男の人と付き合うわけだ。あんなに……それこそ、俺にベッタリくっ付いてうるさいくらいだった姉さんがだよ?」

「……そんなにくっ付くの嫌だった?」

「だからコレはあくまで仮の話なの。んで、俺以外の見知らぬ男に笑顔を見せる姉さんを見るのが……嫌だった。どうしても、認められそうもなかったんだよね。で、そこでやっと思ったわけだよ。あー俺姉さんのことすっごい好きなんだなーって。嫌よ嫌よも好きのうち、みたいになってたのかも。だって、冷たく接しても姉さんはめげずに来てくれるでしょ? だから、それに甘えて……みたいな」

「………………」

「それを実感したのが、午後姉さんが告白された時。もし受けてたらって思うと、今でもゾッとするよ」

「えぇっ?! あの時だったの? じゃあもし翔が辞書を返しに来なかったら……」

「うん。多分気づいてないだろうね。今までどおり無意識の内に甘えてるだけだったかも」

「うわぁ……。今の関係がすっごい紙一重の結果だと思うと私まで緊張してきちゃうよ」

「だから、ある意味ではあの先輩には感謝というか、きっかけをくれてありがとう、みたいな?」

 

でも半分以上は姉さんに手を出すなってのがあったんだけどね!

いざ何かあった時は飛び出す気満々だったというのは言わないでおこう。

 

「じゃあ、翔が不安にならないくらい一緒にいてあげないとね」

「……なんか俺すごく弱虫に聞こえるんだけど」

「泣きたい時には泣けばいいんだよ。でも、そんな時はお姉ちゃんが……私が翔を守ってあげる。いっしょにいてあげるからね。これからも、ずっとずっと……」

 

なんだかあの日聞いた言葉とそっくりだったけど、俺にはとても心に残った言葉だった。

俺も、このぬくもりを手放すことにならないよう側にいよう。

今までも、そしてこれからも……

 

 

6.青田那美はこれからも弟と共に歩んでいく

 

 

誕生日パーティーかってくらい豪華な夕飯も過ぎて、姉さんの乱入で焦ったけどお風呂も入り終わって。まもなく一日が終わろうとしていた。

姉さん? もちろん今日も一緒に寝るよ。でも今日からは意味合いが少しだけ変わってくるけどね。

これまでは、しょうがないなあ……って感じだったけど、今日からは共に願って一緒にいるわけだから。

今は自分の部屋で髪乾かしてるから、しばらくすれば来るだろう。

いつも『女の子は髪の毛のお手入れを怠ると大変なことになるんだよ』って言ってる姉さん。

なまじ長いものだから人一倍時間がかかってそうな……今度手伝ってあげようかなと思った時だった。

 

ガチャッ

「おまたせー。それじゃあ寝ようか」

「うん。先にベッドに入って……いい…………よ……」

「ん? どうかした?」

 

………………

!!!!!

 

「ね、姉さん?! な、なにそのカッコ……」

「何って、キャミソールだよ? 翔知らなかった?」

「いやいやいやいやいや、俺が聞きたいのはそんな……ってか、すっすす、透けて……!!」

「本当は下着として着るものなんだけどね。ちょっと悩殺用にこれだけにしてみました! すごいでしょう?」

 

じっと見つめたまま……決して凝視してるわけじゃない。固まってしまってるんだ。

丸見えってほどではいないけど、中の肌の色が分かるくらいに透けてるものだから……胸なんかハッキリと形がわかるし、下半身なんか下着ごと丸見え状態だし!

胸元にかけては生地が厚いのか違うのか幸いにして全貌は明らかにされてない。見えてたら俺きっと鼻血出してたよ!

そうでなくとも下着からスラっと伸びる太ももがまたなんとも……あぁもう。

どうしてこんなの事になってるの? それともこれは夢? 俺もう寝てたっけ……?

 

「あらー翔には少し刺激が強すぎたか。別に他意はないんだよ? ……たぶん」

 

俺も含めてどんな男子であろうともソレ以外に捉えるのは不可能だと思う!

姉さん本当にわかってるのかなあ?!

 

「ほーら、早く寝よう!」

「うわぁっ?!」

 

ぐいっと引っ張りこまれて、半ば飛び込むようにしてベッドイン……いや、この表現もヤバいってば。

すぐにするりと腕が伸びてきて、身体ごとぎゅっと抱きしめられた。

足も絡められて、姉さんのぬくもりがダイレクトに伝わってくる。

ホントもうなんで、なんでこうなってるの……?

 

「ね、姉さん……いくらなんでもこれは危ないって。俺の理性的にも」

「まー確かに“弟”として一緒に寝るならしなかったかもしれないけど、今は“恋人”だから。ちょっとくらい誘惑してもいいかなって。ね?」

「……姉さんはスタイル良いんだから効果ありすぎなんだよ」

「なんなら襲っちゃう?」

「……本当に冗談で済まなくなるから。俺だってこう見えて男なんだよ?」

「別に無理しなくていいんじゃないかな。私だって、そういう覚悟くらいはしてこんな格好してるんだし」

「………………」

 

この時の俺は、生涯にわたってグッジョブって言ってやりたい。

なんせ欲望に理性が勝てたんだから。もう一回やってって言われても無理だと思う。

 

「……そういうのは、本当に大事なときに取っておこうね」

「大事な時って? 今日も十分大事な時だと思うけど」

「それは、そうかもしれないけど……」

 

ぎゅっ

「俺としては、今日は姉さんと付き合えたっていう日にしたい。何よりも一番大切なこと、でしょう?」

「……うん」

「だから、そういうのはまた今度でいい。何も、身体目当てじゃないんだし」

「うん」

 

ホントは心臓バクバクなんですけどね。目の前に半裸に近い姉さんがいていろいろ大変なんですけどね。

それでも、今言ったことに嘘偽りはない。理性云々はおいて俺の本音だ。

まだまだ時間はたくさんある。だからゆっくりと、一つずつ積み重ねていけばいい。

もう焦ったりする必要なんて無いんだし。

 

「でも、やっぱりちょっとその格好は危なすぎるから明日からは普通のにしてね」

「はーい。一番大事なときにまた着ることにするよ」

「そうしてください。それじゃ、寝ようか」

「うん。今日はこのままずっと抱きしめてて?」

「なるべく頑張るよ。姉さんは……いつもしてるから平気か」

 

こつんと額と額がぶつかって、お互いの吐息を感じられるくらいに近づく。

 

「今日はいつもより強く抱きしめちゃうかもね」

 

ニコッと微笑むと、ほんのり唇を突き出してきた。

 

「今までありがとう姉さん。今日からよろしくね、那美」

 

ゆっくりと閉じられた瞳に吸い込まれるように、俺もまた目を閉じた。

そして……

 

ちゅっ

「……だーいすき」

「俺も、大好きだ」

 

 

―――青田那美は今日も翔と一緒に寝る

そしてきっと、これからも―――

 

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