パウンドケーキの話
短い髪を二つ結びにした5歳児位の女の子と、
頭を丸刈りにして、左手の人さし指を口に入れている3歳児位の男の子。
その手はしっかりと握られていて、姉弟の絆の強さをうかがえる。
その姉弟の前には、彼らの身長のちょうど半分ほどの大きさの、
青いゼリー状の球体があった。
ミーちゃんはね、タッくんのおねえちゃんなの。
おねえちゃんは、タっくんをまもらないといけないの。
その球体の愛くるしい目と、綺麗な色に思わず近づこうとする弟をしっかりと押さえ、
ミーちゃんは前に出る。
ミーちゃんは、コレしっているよ。すらいむさんだ。とってもこわいマモノさんだ。
ミーちゃんはゆうしゃのこうほだから、
いっぱいおべんきょうしているからしっているんだよ。
ミーちゃんの小さい体が震えている。
すらいむさんはとってもこわいの。おおきなおくちで、
パクーってなんでもたべちゃうの。
とってもとってもこわいの。
だからパパもママもすらいむさんをおたいじしにいっているの。
ママは、あぶないからココにいてねとミーちゃんにいっていたけど、
すらいむさんはいまミーちゃんのまえにいるの。
泣きそうな顔のミーちゃんと何が起きているか分かっていない弟くん。
ここにはおとなのひともいないから、たっくんはミーちゃんが、
ミーちゃんが、……うぇぇ
「う……えぇ、うわあぁぁぁぁぁぁ」
5歳の女の子。
目の前には凶悪だと知っている魔物。
精神状態はもう限界だった。
その場で座り込んで泣きだしたミーちゃん。
お姉ちゃんの泣き声につられて弟も泣きだす。
「ふえぇぇ……、うえぇぇぇぇ……!」
その様子を見ていたスライムは、満足げに口を横に広げ、
そのまま口を上下に大きく開けて、
泣きだした姉弟を飲み込んだ。
「あっ!!」
その様子を見ていたコッタは声を出す。
スライムに呑みこまれた人間は何秒生きていられてるか?
ただの水の中に人間が沈められたら、1分は息が持つ。
息が切れ、窒息しても数分なら蘇生は可能だ。
けど、しかし。
相手が子供で、沈められた場所が強力な酸の液体の中だったら?
何秒持つか見当もつかない。
のどから体の中にスライムの体液が入れば、内臓が溶ける。
10秒も待たずに回復不能のケガを負うことも考えられる。
コッタが今いる場所は、子供たちから100メートルは離れていた。
整っていない道だ。鍛えられたコッタでも走って20秒はかかる。
コッタは走りつつ、魔力を使い魔子を放出した。
魔子は意思を持った霧のように、コッタの眼前に降り注ぎ、
コッタとスライムの間に氷の道を築いていく。
勢いよく。
コッタは出来あがった氷の道に駆け出す。
そのまま、スピードを殺さずに
靴に氷で出来た刃を付け、スケートの要領で氷の道をすべるコッタ。
冬場は王宮の近くの湖でスケートをするのがコッタたちメイドの楽しみだった。
氷の道は、スライムに向かって緩やかな下り坂になっており、
それがコッタのスピードをさらに加速させる。
コッタは右の掌を氷で覆い、スライムに向けて殴り付ける。
「はぁあああああああ!!」
体のスピードをまったく殺さず、その速さを十二分に拳に乗せたコッタの一撃は、
的確にスライムをとらえ、
呑みこんだ子供たちごとスライムを10メートル先の民家の壁に叩きつけた。
そのスライムの体には、コッタの拳が触れた瞬間、コッタの魔子が送りこまれていて、
スライムの分子の動きを完全に停止させていた。
壁にあたった時、スライムの分子は強制的に液体から固体へと状態変化させられた。
スライムが地面に落ちる頃には、スライムは完全に凍りついていて、
凍りついてスライムは、地面に落ちた衝撃で粉々に砕けた。
コッタは砕けたスライムの中にいる姉弟の様子を見る。
外傷はほぼ無い。
服がところどころ溶けていたが。
殴った時はまだスライムは液状だったし、過冷却もこの子たちに影響が出ないようにした。
繊細なコントロールが必要だったから、直接スライムを叩く必要があったけど。
しかし、スライムの体液を飲んでしまったのか?それはコッタには判断がつかない。
そのとき、コッタは背後から肩に手を置かれた。
コッタはビックリして振り返ると、そこには勇者の兄ライムがいた。
「やぁ、驚きましたよ。強いとは聞いていましたが、
まさかスライムを一瞬で倒すとは」
ライムはそのままコッタから姉弟の受け取ると、つづけざまに言った。
「この子たちは私が面倒を見ましょう。
コッタさんは、そのまま教会に向かってくれませんか?
教会にはまだ子供たちがいます。
村の大人たちはスライムの一匹に二匹は難なく相手を出来ますが、
さすがに10匹を相手にするのは厳しいはずです。」
ライムは癒しの魔子を子供たちに浴びせ始めた。
ライムの言葉に、コッタは正直メンドイと思った。
長旅をしたばっかりなのだ。
その疲れ切った体でスライム10匹は重労働だ。
さっきのスライムだって簡単に倒したようで、かなりの魔力を使っている。
断ろう。
厳しいって事は、頑張れば何とか出来るってことでしょ?
「お客様にこのようなお願いをするのは大変心苦しいのですが
私たちも人手が足りないのです。
こんな大量のスライムがドコから侵入してきたのか、
原因も突き止めないと。
もちろんタダとは言いません。
お礼に私お手製パウンドケーキを御馳走しましょう」
「やります!!ハーブティーもお願いします!」
快諾するコッタ。
コッタは目を輝かせ、全速力で教会へと駆け出した。
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