高々度放電現象

High Altitude Lightinig



1−1:概要
雷は雲の中あるいは雲から地表に向けた放電現象であるが、地上放電と同時に、雷雲から上での放電現象も存在する。これらは雲頂高度の高い大規模な雷雲上で発生し、青や赤の発光を伴うが、その発光時間は極端に短く光が微弱なため、航空気のパイロットによってたびたび目撃されていたにもかかわらず、高感度カメラ技術などの観測技術が発達した最近になって観測が頻繁に行われるようになった。地上からの光学観測(ビデオ撮影等含む)だけではなく、スペースシャトルや飛翔体からの観測も行われ、撮影に成功している。また、高々度放電現象と同時に起こる電波擾乱を人工衛星が観測し、アメリカの高々度放電現象の発生とほぼ同時に南極において電波擾乱が確認されるなど、高速で伝わる電磁波が関係している事を示す観測結果も得られている。

高々度放電現象は、雲頂高度が高く巨大な雷雲の発生しやすいアメリカ、オーストラリアなどで特に夏季に発見されており、1999年には、雲頂高度の低い冬の日本の北陸でも観測されている。一説によると、このような現象は、ほとんどの大きな大陸で発生する可能性があり、通常の雷放電の0.5-1%程度の頻度で起こっているそうだが(Sentman and Wescott,1993)、もっと多く起こっている可能性も指摘されている。

こうした高々度放電現象は、発光現象の特徴に伴い以下のように名前がつけられている。

また、付随して起こる電磁波の現象 などがある。その特徴を以下の表に示す。

 

現象 高度 継続時間 (波長) 発光原子 特徴
スプライト 50-90km -msec 赤、下のほうは青

円錐、円柱形

N2(1P)

光度10-100 kR*

正極性放電雷に伴う?

10km程度の水平広がり

ブルージェット 40-50km 100msec 青、円錐形、光が弱い N2(2P),N2+(1N)

光度10kR

100km/sの速度で上方伝搬
エルブス 90km 1msec 赤、パンケーキ型 広範囲、数MR

電磁波による下部電離圏加熱?

正、負極放電雷、水平スケール大
ガンマ線バースト 30km以上起源 -msec ガンマ線 1MeV電子の制動放射スペクトルと一致 10-100J

地球から放射されるガンマ線として人工衛星で観測

電磁波バースト(TIPP) 60-85km 3-5μsec

20-60μsec後に2波目

25-100MHz

(衛星観測)

VLF,ELF

(地上観測)

下部電離層を伝搬(下部電離層での臨界周波数はVLFELF周波数にあたる) 10-13J/m2

人工衛星で強く観測される。

電離層を伝搬して遠く(南極)で観測される。

表1:高々度放電現象とそれに伴う電磁波擾乱の概要

*:発光の強度はレイリー(R)で表わされる。1レイリー=106光子・cm-2sec-1colmun-1

(単位気柱あたり、単位面積当たり、単位時間内の光子の数)

(参考:The Physics of High Altitude Lightning, Valdiva, J.A., Ph.D thesis, Univ. Maryland at College Park, 1997, Lightning between Earth and Space, Mende,S.B., D.D.Sentman and E.M.Wescott, Sientific America,8,1997ELF/VLF Radio Atmosphere, Stanford VLF Grouphttp://mmm-star.stanford.edu/~scr/Research.htm))

発光原子として考えられているのが窒素分子、イオンであるが、それらの発光エネルギーを以下に示す。
 

Band
エネルギー
波長
寿命
高度
N2 (1P)
7.35 eV
5001100nm
8μsec
<60km
N2(2P)
11.0 eV
300500nm
0.04μsec
<40km
N2+ (1N)
3.17 eV
300600nm
0.06μsec
O 2+(B)
1.63 eV
200500nm
12sec
<90km

表2:中層―高層大気における大気発光バンド

(参考:The Physics of High Altitude Lightning, Valdiva, J.A., Ph.D thesis, Univ. Maryland at College Park, 1997)
 

1−2:雷雲について
高々度放電現象は雷雲の発達と関係しており、特に大きな電荷を貯えるためには、巨大かつ対流活動が活発でなければならない。鉛直方向に高く発達した積乱雲が生成されるためには、次の条件が必要である。

こうした条件が重なって雷雲が発達する。地上が日射で暖められ大気が上昇するとき、台風などで上昇気流が発生するとき、寒冷前線によるとき(この時の雷を界雷という)に積乱雲が発達し、雷雲となる。夏は特に雲頂高度の高い(10数km)積乱雲や、地形の影響で雷雲が形成され、冬は普通は気温が低く水蒸気密度が少ないので発生しにくい。しかし冬に起こる雷は、雲頂高度約数100m〜数kmと低く、そのため比較的高い建物への落雷の頻度が増える。日本では、一年をとおして日本海側、北関東、近畿地方、南九州などで多く発生している。世界では、中南アメリカ、インドネシア、アフリカなどの緯度±30度程度の範囲が特に多発する地域である。

雷の放電は、雷雲に電荷が蓄積され、はじめに雲中での放電が起こる。その後数分してから雲―地上の放電が発生する。一つの落雷の電流はおよそ100kAから200kAにもなる。

こうして発生した雷雲からは地上にだけではなく上方に向けても放電している。

1−3:高々度放電現象の研究
高々度への現象について現在までの報告の概要を示すと以下のようになる。

活発な雷雲の上で起こる、赤い光のフラッシュである。雷雲―地上、もしくは雷雲間の放電の発生に伴い、赤い円柱状もしくは円錐状の光が、高度65-75kmに数m秒の間出現する。その上方には赤いグローが発生し、下方には青い巻きひげ状の発光が約40km付近まで続いている。この円柱もしくは円錐の光の形状が、通常は密集して複数現われ、水平に50km程度広がる事もある。赤い光が見える事から、発光している分子はN2(1P)であると考えられる。また、光の強さは、磁気的平穏時のオーロラに匹敵する弱いものである。発光パワーの概算は、一つのイベントあたりおよそ5-25MWとなり、エネルギーは10-50kJ程度であると考えられている。

スプライトは雷雲―地上もしくは雷雲間の正極性放電雷(雲頂が正に帯電し、雲低が負に帯電している状態)に関連している事が観測から分かっているが、最近の観測では、負極性放電雷でも数例確認されている(Barrington-Leigh, et al.,1999)
 
 

雷雲から青いジェットが約15度の広がりのある円錐状に吹き出して見える現象。100km/sで上に伝搬し、40-50kmで見えなくなる。発光高度と色から、発光分子はN2(2P)及びN2+(1N)であると思われる。光は青で弱く、雷雲の上で800kR、ジェットの上部で10kR程度である。一つのイベントでのエネルギーは約4kJ程度である。
 
 
高層にしばしばスプライトと同時に、下部電離圏(約90km)に発生する平らで広範囲の発光現象。雷雲―地上放電のあと数100μsec後に発生し継続時間は数msec程度で、スプライトが顕れる直前に発光し、スプライトが消える前に消えてしまう。発光は上から下に伝搬するように見え、明るさは数MRと明るいが継続時間が短いので観測しにくい。また、エルブスは大きな正極性放電雷だけではなく、スプライトを伴わない負極性放電雷によっても発生し、非常に頻繁に起こっている事が観測から明らかになった。この現象は、雷放電が作る電磁波パルスによる下部電離圏大気の加熱、発光によって説明される。
 
 
ガンマ線は高いエネルギーの放射能で、通常は核爆発起源や宇宙線起源のものが観測されるが、地球からやってくるものが人工衛星で観測された。雷放電と時間的に一致しているために、雷放電に関係があるものと考えられている。地上でガンマ線が発生しても大気に吸収されて人工衛星まで到達できないので、このガンマ線は雷雲の上部で発生した、高々度放電現象に関連するものであると推測できる。スプライトの内部ではまれに電子が数十eVに達するが、ガンマ線を放出するには数MeVのエネルギーが必要であり、観測されたスペクトルが1Mevの電子の制動放射のものとよく似ているために、放電に関連した高エネルギーの電子の存在が示唆される。継続時間は数msecで、起源は30km以上の上空であろうと考えられている。
 
 
通常の雷放電によっても電波の擾乱は起こるが、人工衛星では、雷放電に伴い、地上で観測されるものよりも104倍も大きな電波の擾乱を捉えた。25-100MHzのHF帯での電波観測によって、電波の対になった擾乱が、継続時間数μ秒、時間間隔数十μ秒で起こる事がわかった。また、アメリカで起こった放電雷とほぼ同時に南極でVLF擾乱に引き続きELF電波の擾乱が観測されたが、高々度放電現象によるときの擾乱が大きかった。

電磁波は高速ですべての方向に広がり、上方に伝搬したものは、電波伝搬の臨界層である電離層に当たると、電場が電子を加熱し、下部電離圏の加熱となり、これがエルブスではないかと考えられている。水平に伝搬したものは遠方でも観測され、これはアメリカの放電雷の影響が南極で観測されたケースがこれに当たると思われる。
 


参考文献
Lighting Between Earth and Space, Mende,S.B., D.D.Sentman and E.M.Wescott, Scientific American, No.8, 1997. (高々度発光現象全般)

The Physics of High Altitude Lightning (Part1), Valdiva,J.A., Ph.D thesis, Univ. Maryland at College Park, 1997. (Review)

Sprite triggered by negative lightning discharge, Barrington-Leigh, U.S.Inan, M.Stanley and S.A.Cummer, GRL, 26,3605-3608,1999. (負極性放電雷によるスプライト)

Optical Spectral Characteristics of Sprite, Hampton,D.L., M.J.Heavner, E.M.Wescott and D.D.Sentman, GRL,23,82-90,1996. (光学観測)

Discovery of Intense Gamma-Ray Flashes of Atmospheric Origin, Fishman,G.J., P.N.Bhat, R.Mallozzi, J.M.Horack, T.Koshut, C.Kouveliotou, G.N.Pendleton, C.A.Meegan, R.B.Wilson, W.S.Paciesas, S.J.Goodman and H.J.Christian, Science, Vol. 264, p1313-1316; May27, 1994. (ガンマ線)

---NEW RESULT
Eack, K. B. ; Suszcynsky, D. M. ; Beasley, W. H. ; Roussel-Dupre, R. ; Symbalisty, E. 2000
Gamma-ray emissions observed in a thunderstorm anvil
Geophys. Res. Lett. Vol. 27 , No. 02 , p. 185 (1999GL010849)

Beasley, W. H. ; Eack, K. B. ; Morris, H. E. ; Rust, W. D. ; MacGorman, D. R. 2000
Electric-field changes of lightning observed in thunderstorms
Geophys. Res. Lett. Vol. 27 , No. 02 , p. 189 (1999GL010850)
----

Catching Sprites by Radio, Uppenbrink, J., Science, Vol.284, p929 May7, 1999. (電波観測)

渡辺 他、第104会地球電磁気・地球惑星圏学会予稿集,(C12-P151),1998.(Elves)
福西 他、第104会地球電磁気・地球惑星圏学会予稿集,(C22-09),1998.(Elves)

http://www-star.stanford.edu/~scr/Research.html  (stanford、地上の電波観測)

http://elf.gi.alaska.edu/ (Alaska Univ.)

http://sprite.gi.alaska.edu/html/sprites.htm (Sprite)

http://www-cmpo.mit.edu:80/~djboccip/papers/S95/Sprites.html  (南極電波観測)

http://nis-www.lanl.gov/nis-projects/blackbeard/abs.txt  TIPP衛星観測

http://wwwghcc.msfc.nasa.gov/skeets.html (スペースシャトルからの観測)