三菱自動車工業のベテラン技術者として、去年まで本社で勤務していたAさん、51歳。
かつては、エンジン開発に携わった経験もあるというが、今は地方の工場で働いている。
<三菱自動車工業社員 Aさん>
「こんな大切な状態がわかっているのに、それを隠すのは、これはとんでもない。お客様への裏切りでしかない」
Aさんは、車のリコールを社内、社外に強く進言した、いわゆる内部通報者だ。
一体、何があったというのか。
<去年12月19日の三菱自動車の謝罪会見>
「多大なご心配、ご迷惑をおかけしますことをお詫び申し上げます」
三菱自動車によるリコール問題。
オイル漏れを防ぐ、エンジンの部品のリコールが4回も繰り返された。
リコールのきっかけとなったのは、軽自動車に使われることの多い
エンジンのポンプを駆動させるシャフト近くにはまっているゴム製の部品、「オイルシール」だった。
オイル漏れを防ぐためにある、このゴム製の部品が抜けでて、オイルが漏れてしまう。
最悪の場合、オイルが飛び散ってなくなり、エンジンの焼付けが起きることがあるという。
実際、2005年2月から同じ原因とみられるトラブルが、相次いでいた。
トラブルの報告を受け、三菱自動車も様々な実験を行って原因究明につながるデータを集めたが、2008年、データの厳密な検証が行われないまま、経営陣はリコールは必要ないと判断する。
ところが、エンジントラブルを重くみた国土交通省が、リコールすべきだと指摘したため、三菱自動車は2010年、1回目のリコールに踏み切った。
その対象となったのは、問題のエンジンを搭載している、およそ250万台のうち25万台。
だが、Aさんは、リコール対象の車はもっと多いはずだと、会社に訴え続けたという。
三菱自動車は、問題の25万台が生産された期間だけ、オイルシールをはめる部品が不具合のおきやすいものだったと判断したが、Aさんは検査したデータから、その前後の期間でも同じ部品が使われていて、不具合が起きることに気づいたという。
<三菱自動車工業社員 Aさん>
「レポートがあがってくるんですが、それを上がってきて生の数値が入っているが、その生の数値の中にちょっと考えられないような数値が入っている。そういう感じです。それを指摘して『直してほしい』と(言うと)、(相手が)『間違ってました』と、そこは直ってくるけど、また上がってくるデータで同じようなことがある。単純ミスは1回はあったとしても、2度目、3度目とはいかないですね」
1回目のリコールのあと、「原因究明タスクチーム」のメンバーにも抜擢されたAさん。
だが、三菱自動車は、わずかしかリコールの範囲を広げず、無視されたと感じたAさんは、社内の通報窓口や国交省に通報し、さらなるリコールの必要性を訴えた。
そして、ようやく去年の4回目のリコールで、対象は176万台にまで広げられた。
国交省は、Aさんがいた「原因究明タスクチーム」の功績を認めている。
だが、内部通報した本人であるAさんには、思わぬ対応が待ち受けていた。
<三菱自動車工業社員 Aさん>
「仕事がないというのは、最近よく言われている“追い出し部屋”みたいなものですね。とても悲しい話です」
技術者の立場から、三菱自動車のリコールの範囲を広げるべきだと訴え続けたAさん。
4回に及ぶリコールによって、三菱自動車はリコール対象を25万台から176万台にまで広げた。
「原因究明タスクチーム」のリーダーだったAさんは、チームが解散となった後もリコールの必要性を訴えた。
ところが国交省に通報したとたん、会社の対応が変わったという。
<三菱自動車工業社員 Aさん>
「『なぜ、国交省に通報したんだ』と。1〜2時間、あれやこれや、上司に言われて『さっさとやめてくれ』というような言葉ですよね。ダイレクトにはそういうことは言わないんですが」
社外へのメールもできなくなり、本社での孤立を深めていったAさんは、思い切って転勤を希望し去年秋、関西の部品センターに赴任したが・・・
<三菱自動車工業社員 Aさん>
「待っていた仕事は、『倉庫の棚の大きさをはかってほしい』と。
メジャー持って、棚の大きさを計っていました。ふつうに考えると、職務区分からずいぶん離れていますね。新入社員でも余りしない仕事ですから」
計測の業務はその後、取り下げられたが、Aさんが赴任した当時の
担当表には、彼だけ担当業務にマルが1つもなかったという。
いまは「特命事項」という、新たな欄に1つマルがついたが、他の部署がやるべき仕事をあてがわれ、実際のところ仕事はないと本人はいう。
<三菱自動車工業社員 Aさん>
「仕事がないというのは、最近よく言われている“追い出し部屋”みたいなものですよね」
三菱自動車側は「マル調」の取材に対し、次のように答えた。
「当社は法令順守を徹底しており、公益通報者保護法の適用があるような事例が生じた場合には、適切な対応をしております」
また、国交省からの指導に対し、益子社長は社内風土や意識の改革に力をいれると、株主総会でも強調している。
公益通報をめぐっては、内部通報者が不利益を訴えるケースが後を絶たない。
オリンパスの濱田正晴さんは、上司の不正行為を社内窓口に通報した結果、理不尽な配転を次々命じられ、パワハラをうけたため裁判に訴えた。
5年をかけて、最高裁で配転無効の判決を勝ち取ったが、今も職場では不利益が残るという。
<オリンパス社員 濱田正晴さん>
「内部通報して、『組織に反抗した人間だ』と。『だからこういう目にあっている。他の人もよく見ておけよ』と、『同じようになりたくなかったら』という、そういうような雰囲気をうまく醸し出すわけですよね」
去年6月に最高裁で勝訴判決、オリンパスに対し、最高裁で違法行為と認定された業務内容とは・・・
<オリンパス社員 濱田正晴さん>
「自分だけは『濱田くん教育計画』のもとで、いわゆる本を読んで勉強してテストをうけて、最終的にはダメ点数をつけられて、それの繰り返しでしたね。公益通報保護法なんて、なんの役にも立っていない」
この公益通報者保護法をめぐって、消費者庁は先月末、実態調査の結果を発表した。
民間事業者の36パーセントが法律を認知しておらず、労働者の70パーセントが知らないと回答している。
さらに通報した労働者らは、40パーセント以上が不利益や嫌がらせを受けていて、解雇も7パーセントを占める。
この法律には罰則もなく、不利益な扱いがあっても労働者は自ら裁判などして、解決を図るしかない。
だが消費者庁は法改正には及び腰で、まずは周知徹底だとしている。
ではこの制度、何のためにあるのだろうか。
法制化にもかかわった専門家は、こう語る。
<公益通報制度に詳しい 日本消費者協会元理事 宮本一子さん>
「会社にとって、不都合ばかりではない。社内に通報して、社内で解決できるとすれば、(問題が)大きくなって社外に知れ渡って、それが不祥事となって社会問題化するよりは、小さな芽のうちに摘みましょう。それが本当の法律の趣旨だと思うんです」
使命感や正義感からの通報。
それが、その後の労働者の人生を狂わしてしまうとしたら、通報者保護制度の存在意義まで揺らぎかねない。
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