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手に職
「姫様、奥様がもうすぐ来られます。今日のお茶はディレク伯爵様がお持ちになられた最高級のイルーゼ産の茶葉ですよ」
ミュスカがにこにこしてワゴンを押してやってきた。
ワゴンには一目で高いってわかるポットとカップ。
さすがジースト大公、お金持ちだわ。
あ、ジースト大公ってのは女神が異星人を落とす三地点の一つ『涙の泉』を領地にもつ大公閣下の事。
大公夫人が元地球人のドイツ出身だった事もあって、私は大公閣下のお城みたいなお屋敷に住まわせてもらってる。
建物はなんとなくトルコっぽい感じで、女の子なら誰でも持ってる"お城に住みたい願望"を大いに満たしてくれる造り。
この大陸の建物は基本こんな感じらしい。
なんかね、最初の二週間くらいは物珍しくて楽しかったんだけど、落ち着かないんだよね。
やっぱり私って日本人。
畳とかコタツとか、日本庭園が恋しくなる今日この頃。
「お待たせ、アンジュ」
私の本名は佐藤杏樹。横文字のアマリア様やこの世界の人はアンジュ、と呼ぶ。
文字にすると同じだけど、発音の差で外人っぽい響きになる。
こればっかりはアンジュと名づけた母親に感謝。
『佐藤なんて平凡な苗字なんだからインパクトある名前でいいでしょ』
っていういい加減な理由さえなければね。
あ~、嫌な事思い出した! やめやめ!
私の名前よりも、アマリア様の事。
毎日のおやつの時間には大公閣下とアマリア夫人はいつも一緒にやってくるのに、今日はひとり。
これはかなり珍しい。
だって超ラブラブなのよ、大公夫婦。
「今日はお一人ですか、アマリア様」
「ええ。今、ちょっとお客様がお見えなの」
そういうアマリア様の表情は冴えない感じ。
どうしたのかな?
「来てもらうと嬉しくないお客様なんですか?」
「ええ、そうなの。早く帰っていただきたいのだけど……なかなか諦めて下さらないのよ」
アマリア様はため息をつきながら私の正面に座る。
こんな様子のアマリア様、初めて見た。
何か悩んでるのかな?
この世界での私のお母さん的存在だから、力になってあげたい。
でも、アマリア様が口にしないんだから、きっと聞いても教えてくれないだろうな……。
「アマリア様、嫌な事は忘れてティータイムですよ! 今日はタルトです」
「うふふ、そうね。甘いものを食べて忘れてしまいましょうね」
アマリア様は私の作ったタルトを美味しそうに食べてくれる。
大公様は甘いもの好きだから、後で包んでとどけてあげよう。
「アンジュの作るお菓子は最高ね。私がこの世界に来て一番辛かったのはお菓子がない事だったから、今はこの上なく嬉しいわ」
アマリア様がこっちに連れて来られたのは五十年くらい前らしい。
らしい、って言うのは、確かな年月を数えてないからだって。
第二次世界大戦後すぐのドイツで、働いてた紡績工場からの帰りに友人と二人で跳ばされたらしい。
友人はこの世界に馴染めなくて五年あまりで元の世界に戻ったらしいけど、アマリア様は大公とラブラブになっちゃってたからここに残ったんだって。
当時は砂糖を固めたお菓子みたいなのはあったけど、私が作るみたいなお菓子はなかったみたい。
せっかくオーブンみたいな調理器があるのににもったいない話よね。
調理師学校の製菓コースに通ってた私が唯一他人に誇れる特技はお菓子づくり。
アマリア様は故郷を懐かしんでおられたから、ドイツの伝統菓子シュトレンを頑張って作ったんだ。
シュトレンってのは、アーモンドみたいなナッツ類を練りこんで発酵させた生地に果物の砂糖漬けを練りこんで焼く素朴な味のする焼き菓子。
もちろん、この世界は地球と違うから食べ物も違う。
果物もどぎつい色してるものが多いし、もちろんアーモンドなんてない。だからそれっぽい味の豆を代用。
果物を砂糖漬けにすることから始まったから、出来上がりに二週間くらいかかったけど、美味しくできた。
よかったよ、テキストも一緒にワープさせられてて。
アマリア様は泣いて喜んでくれたし、大公様たちも喜んでくれた。
みんなの嬉しそうな顔みたら、お菓子作るのって楽しいなって思う。
ちなみに、アマリア様がここで発展に協力したものは機織の技術。
その技術を伝えて、ふっかふかの絨毯を各国に納入して大儲けしたんだって。
持つべきものは手に職って事だね!
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