近聞遠見:「国敗れて憲法残る」では=岩見隆夫
毎日新聞 2013年07月06日 東京朝刊
肝に銘じなければならないことは二つに尽きる。第一に、二度と戦争をしてはならないこと。そのためのあらゆる努力をする。9条1項(戦争の放棄)が掲げる通りだ。
第二に、しかし不幸にして侵略されたり戦争に巻き込まれたりした場合、絶対に負けてはならないこと。敗北は民族の大悲惨である。しかし、戦後約70年、敗戦体験者が日々減り、経済繁栄のなかで戦争の記憶が薄れてきた。
日本はきわどいところにきている、と私は思う。戦後の日本は、政治も世論、教育も<不戦>の誓いを唱えることばかり熱心だったが、<不敗>の備えを固めるのには関心が乏しかった。なぜか、いずれ触れる機会があるだろうが、とにかく、これまで平和が続いたから、これからも続くに違いない、という信じがたい楽天主義の国になっている。
独立国として、また<不敗>の備えとして精強な軍隊を持つのは初歩であり、軍事大国とか軍国主義とは無縁のものだ。9条擁護論者はそれに反対している。徹底討論が必要だ。
四十数年前、佐藤政権下だが、昭和天皇が、ご進講に出向いた当時の防衛庁長官に、
「日本は原爆を持たないでよいのか」
とご下問になったことがあった。長官に答えられるはずがなく、
「検討中であります」
と述べるしかなかったという。ベトナム戦争の最中で、まもなく米中接近のニクソン・ショックも起きる。
天皇は、政府が国の防衛について、どこまで真剣かつ現実的に取り組んでいるのか、を試すつもりだったのだろう。原爆保有をすすめたのではもちろんない。
戦前から、天皇は世界の情勢を俯瞰(ふかん)的に見てきた唯一の方である。戦後の国防のあり方に、不安なものを感じておられたのではなかろうか。戦力不保持は理想かもしれないが、このままでは国敗れて憲法残るになりはしないか、と。(敬称略)=第1土曜日掲載
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岩見隆夫ホームページ http://mainichi.jp/opinion/column/iwami/