もし自分の子供ががんになったら・・・
菅谷昭松本市長インタビュー
「もし自分の子どもががんになれば、
その母親は一生悔いるだろう。
なぜあの時水を飲ませたのか、
あの野菜を食べさせたのかと自分を責め、
一生苦しむはずだ。」
松本市長インタビュー より
チェルノブイリの経験を生かして悲劇を回避せよ――松本市長/医師・菅谷昭《下》(1) - 11/04/27 | 16:13
信州大学での外科医としての職をなげうち、チェルノブイリ原子力発電所事故後のベラルーシに滞在。5年半もの間、原発事故で放出された放射能による甲状腺がんで苦しむ多くの子どもたちを治療し続けた菅谷昭・松本市長。その献身ぶりは「奇跡のメス」として、ベラルーシ国民から高く評価されている。放射能がもたらす悲劇について、日本で誰よりも詳しい菅谷市長は、今回の原発事故をどう見ているのか。
=上より続く
──「野菜を食べても大部分が排出されるから大丈夫」と言う専門家もいます。
内部被曝の実態は、まだ不明だ。人間の体内に取り込まれた放射性物質が、どのような動態を示すのかは、よくわかっていない。それは当たり前で、証明するためには人体実験が必要になるから。細胞核がどのような変化を受けるかということなど明らかにされていないから、「大丈夫」という言い方をする人もいる。それなら、チェルノブイリの子どもたちは甲状腺がんなどで苦しんでいないはずだ。
――「安全だ」と言う専門家は、「放射線を浴びて病気になった人もいるし、なっていない人もいる。だからすべて危ないとはいえない」という論理ではないでしょうか。
まさに、それが問題なのだ。なぜチェルノブイリの子どもにがんが異常に増えてしまったのかという観点が抜けている。論理のすり替えだ。
確かにチェルノブイリでも、がんになった子どももいれば、そうならなかった子どももいる。世界でも有数の穀倉地帯で、彼らはそこで取れた野菜や果物などを口にするから、全員、甲状腺がんになってもよいはず。しかし、実際は違った。だからと言って「内部被曝=がんなど病気の発生」の可能性を否定することはできない。
また、がんは自然発生的で普段の習慣から来るものもあるから、放射線だけが原因ではないという見方もある。確かにそうだ。
でも、チェルノブイリでは事実、がんになった子どもが異常に増加した。そういった子どもたちを、私は現地で治療してきた。日本でもそうなる可能性があるのだ。
もし自分の子どもががんになれば、その母親は一生悔いるだろう。なぜあの時水を飲ませたのか、あの野菜を食べさせたのかと自分を責め、一生苦しむはずだ。子どもだって切ない。そんな悲しい現実を、ベラルーシでたくさん見てきた。
チェルノブイリで苦しんでいるような子どもたちが今後出てくる可能性があることを念頭に、事故に対応しなければいけない。
――チェルノブイリは特殊なケースで、福島第一原発事故などとは比較にならないとの指摘もあります。
私は、チェルノブイリで起きた事実に基づいて話している。だが、なぜがんが多発したのかは、繰り返しになるが、誰も科学的に証明できていない。
チェルノブイリ事故では甲状腺がんのみ、放射性物質が原因としてIAEAが認めた。それも、事故の規模が大きく大量の放射性物質が放出されたことや、汚染された牧草を食べた乳牛から取った牛乳を連日飲んだためとされている。また、ヨウ素が含まれた魚や海草類を食べる習慣がなかったため、甲状腺にあるべきヨウ素(ヨード)が少なく、大量の放射性ヨウ素が取り込まれやすかったためなどと、現地の状況を知らない研究者たちが述べている。
規模が違うとはいえ、福島第一原発3号機付近で1時間当たり400ミリシーベルトの放射線量を記録し、同県南相馬市や飯舘村など原発から20~40キロメートル圏内でも、通常よりはるかに多い放射線量が検出されている。私の経験上、チェルノブイリでは牛乳の他に野菜やキノコ、野イチゴなどから体内に入ったと見る。そうして甲状腺内に入った放射性ヨウ素は、飛程の短いベータ線を出して影響を及ぼしている。もちろん経気道的、経皮的経路による取り込みも存在した。
だから、外部被曝の基準で安全性を言うのではなく、医学・生理学的、細胞学的見地も考慮してどうだ、と言ってもらいたい。一方的な見地から「安全だ」などと言っても混乱を招くだけで、総合的に判断してきちんと国が言ってほしいと思う。やはり国家の非常事態だから、国が強力なリーダーシップを執るべきだ。国民の命を真剣に考えていないのではないか。
──チェルノブイリの経験から見て、今後何が必要でしょうか。
それは、土壌や食品、水など放射能汚染に関する疫学調査だろう。前述したように、ベラルーシでも子どもに甲状腺がんが増えたのは事故から5年後。しっかり追跡調査する必要がある。また、土壌汚染の状況は早めに注意すべきだ。チェルノブイリ事故で、放射性ヨウ素やセシウム、ストロンチウムなどがどこでどれほど検出されたかという地図がある。これを見ると、原発近くはもちろんのこと、そこから200~300キロメートル離れたところでも高濃度で汚染された地域がある。後になり、ホウレンソウや根菜類などの野菜で検出されたといったことが、今回も思わぬ所で出てくる可能性があるだろう。
──これまで、「クリーンエネルギー」として原発推進の気運が高まっていました。
ベラルーシから日本に戻った時には、「今後、これ以上は原発を造らないでほしいな」と思った。とにかく今ある原発の危機管理だけは、きちんとやってほしい。
原発が引き起こした事故で、国家の使命とは何か、すなわち国民の命を取るのか、あるいは産業・経済を取るのかという二者択一、ものすごい選択を迫られると思う。難問とは思うが、国民の命を先行させ、非常事態として国が早めに手を打っていたらもっとうまく収束させられたのではと思うと、本当に残念だ。
すげのや・あきら
1943年長野県生まれ。信州大学医学部卒。医学博士(甲状腺専門)。91年からチェルノブイリ被災地での医療支援活動に参加、96年から2001年までベラルーシ国立甲状腺がんセンターなどで、主に小児甲状腺がん患者の治療に当たる。02年長野県衛生部長。04年から現職、現在2期目。著書に『チェルノブイリ診療記』『チェルノブイリいのちの記録』など。
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