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【憲法と、】

第4部 9条の21世紀<4> ネット世論 改憲後押し

1万人以上が「いいね」を押す安倍首相のフェイスブック

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 「なぜ、ここまで批判されるのか」。二〇〇四年四月、イラク人質事件で武装勢力から解放され、帰国した写真家の郡山総一郎(41)は、驚きを通り越してあきれた。危険な地に自ら向かった被害者が悪い、という「自己責任論」の嵐が吹き荒れていた。ネット掲示板「2ちゃんねる」は、中傷の書き込みで埋め尽くされた。

 イラク戦争の実態を撮影するための、二回目の入国だった。大量破壊兵器が発見されず、戦争の大義が問われる中、武装勢力は自衛隊の撤退を求めていた。「なぜ自分がイラクに行き、なぜ誘拐されたかを考えた人がどれほどいたのか。国の言う自己責任は責任転嫁でしかない」

    ◇

 「ネトウヨ(ネット右翼)」を自称するライター森鷹久(29)は今年三月、コリアンタウンのある大阪・鶴橋で開かれた「反韓デモ」の動画に、言葉を失った。「鶴橋大虐殺を起こせ」と叫ぶ女子中学生に、大人たちが拍手喝采をおくっていた。

 森が保守思想に共鳴したのは、韓国の「反日的な姿勢」に違和感を覚えたことがきっかけだった。「南京大虐殺は捏造(ねつぞう)」「従軍慰安婦の強制連行はなかった」。ネットを巡回し、「マスコミが報じない真実がある」と興奮した。

 だが、東京・新大久保などで起きているヘイトスピーチ(人種差別的表現)の過熱には危惧を覚える。「右派も左派も、ネットでは自分の望む情報にしかアクセスしない。考え方がより極端になり、先鋭化してしまう」

 匿名のネット社会では、過激な発言が「本音」として語られ、独自の「世論」を形成した。「ニコニコ動画」生放送のアンケートでは、延べ約一万五千人が視聴した五月の憲法討論番組で、改憲賛成が八割を超えた。

 そうした層を取り込んだのが自民党だった。六月上旬、東京・渋谷での首相安倍晋三街頭演説。「子どもが誇れる日本を取り戻そう」。呼びかけに、大きな拍手と歓声が上がった。日の丸を持った女性(38)は「中国や韓国は日本をおとしめている。首相の主張には共感できる」。マスコミに頼らず、フェイスブックで自ら情報発信しているように感じられ、好感を抱く。

 日本の岐路の一つであるTPPに反対する市民グループが傍ら行っていた抗議活動について、安倍は「左翼の妨害にかえってファイトがわいた」とフェイスブックに書き込んだ。この日の投稿二件に計二万人以上が賛意を示す「いいね!」を押した。

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 ネットは改憲反対の人々もつなぎ始めている。渋谷での安倍の演説の前日、「安倍のつくる未来はいらない」と叫ぶデモが、東京・新宿で行われた。告知はツイッター。経済産業省前などで原発再稼働に抗議する人たちが呼び掛けた。

 求職中の田中文(あや)(27)は、自民党の改憲草案を読み、安倍政権は「弱者を切り捨てる政治」と感じ、デモに加わった。

 イラク人質事件の起きた春、社会に出た田中は、自己責任が当たり前だと思ってきた。機会や能力を生かせば成功する、失敗すれば自分のせい。だが、抑うつ症状で仕事ができなくなり、セーフティーネットの重要さを痛感した。

 「政府は生活保護費の削減などで自己責任をうたいながら、戦争を経験して得た九条を変えようとしている。貧しい若者が戦争で命を落としたとき、それも自己責任と言われるのだろうか」 (敬称略)

<イラク人質事件> 2004年4月、イラクの武装勢力が、日本から入国したカメラマンやボランティアの男女3人を拘束し、自衛隊の撤退を要求した事件。約1週間後、全員無事解放された。発生直後から、退避勧告を無視した3人の「自己責任」を問う声が政府やメディアの一部から上がり、自衛隊撤退を求めた家族とともに、バッシングにさらされた。

 

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