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【憲法と、】

第4部 9条の21世紀<3> グローバル化 揺れる企業

シャープとその関連企業で働く人たちを当て込んで建てられたアパート。今では空室が目立つ=三重県亀山市で(長塚律撮影)

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 「ホルムズ海峡のタンカーはほとんど日本向けだ。日本は何もしないのか」。イラクがクウェートに侵攻した一九九〇年、ニューヨークでセミナーに参加していた高坂節三(77)は昼食中、米ボーイング社の部長に意見を求められ、返答に詰まった。当時、商社大手の伊藤忠アメリカの副社長。中東産の原油は日本経済の生命線だが、自衛隊の海外派遣の前例はなかった。

 「『日本は九条があるから何もやりません。でも、鉄鉱石や石炭はほしいです』って(言えば)、何を言ってるんだとなる」。米国のイラク攻撃直後の二〇〇三年四月、経済同友会は高坂が調査会委員長となり、集団的自衛権の行使容認などを求める意見書を発表した。

 経済のグローバル化が進み、日本企業は人件費の安い途上国に進出し、生産拠点を置くようになった。国内市場が縮む中で海外に活路を求める動きも加速する。九条を変えることを求める経済界の意見も強くなった。〇五年には経団連と日本商工会議所も、同様の意見書を出す。

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 一方で、グローバル化は国内を空洞化させ、雇用は厳しさを増す。

 二階建てアパートの郵便受けにささったチラシが風に揺れる。シャープ亀山工場(三重県亀山市)近くの山あいに並ぶ六棟計約百室のうち、入居しているのは数室だけ。「今じゃどこもこんなもの」。地元で派遣労働者の相談に応じるユニオンみえ書記長の広岡法浄(60)は、吐き捨てた。

 亀山工場は、県と市が補助金を出して誘致し、〇四年に稼働を始めた。生産された液晶テレビは「世界の亀山モデル」ともてはやされた。価格競争の激化、〇八年のリーマン・ショック…。十年とたたない間にグローバル経済の波にのまれ、生産量は落ち込んだ。広岡は「景気が良い時にかき集められた大量の労働者は、一斉に派遣切りに遭った」と話す。空き家のアパートは、その名残だ。

 相談に訪れた人々にはまず、労働者の団結権を保障する憲法二八条を説明するという。実際には企業側の圧力でつぶされた労働組合もあるが「憲法が権利を保障していることは最後の歯止めになっている」と感じる。

 九条にも同じことを思う。「戦争をしない権利を国民に保障している。歯止めがなくなってしまえば、派遣労働者が企業に使い捨てられたように、弱い人たちが戦争へかり出されるのではないか」

    ◇

 高坂と同じ元商社マンでも、憲法に違う思いを抱く人たちがいる。〇六年に設立された「商社九条の会」世話人の一人、橋本建八郎(74)は「戦後、商社活動ができたのは九条があったから」と話す。橋本の主な取引先だったアジア諸国は第二次世界大戦の戦地。不戦を掲げた九条がなければ、被害をもたらした日本の企業は相手にされず、経済復興はなかったと感じている。

 これまで二十回を超す講演会や学習会を開いて護憲の重要性を訴えてきた。「商社は平和産業だ、という気概で仕事をしてきた。ビジネスのために九条を変えるという論理は理解できない」 (敬称略)

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