第3部 精神障害とはなんだろう

地上にある物体は必ず崩壊に至ります。
<さまざまな物体から出来上がった構造物の中でエネルギーを燃やし生命を宿す動物や植物> も、地上に生まれるや否や崩壊の方向に向かっていくのです。崩壊する前に、<生命を謳歌して子孫を残して> 繋がって行くのですが、<体が崩壊するように、精神も崩壊する> のです。つまり全ての人が死んでいくように、全ての人がやがては狂うのです。
 死ぬ前に 精子と卵子が合体して子孫を残して継って行くように、親から子へ、先代から子孫へと精神(心)も継っていくのです。
中江・曾原を偲ぶ会     患者さん達と職員      2012.5.30
中江・曾原を偲ぶ会  患者さん達と職員   2012.5.30

前のページに戻る

第1章 狂うとは?

 狂うとは「精神機能が障害され、人との交流ができなくなること」と表現してよいでしょう。 「人との交流ができなくなる」という症状は、便宜的に陰性症状と陽性症状に分類されます。

陰性症状とは………自分の殻の中にとじこもる症状、意欲や感情表現の低下
・人と言葉が交わせない(家族など身近な人とは話せるというレベルの人もいる)
・人に姿も見せられず引籠もる。
陽性症状とは………他人に向かう症状
・多弁多動などのおせっかい
・幻覚〜妄想に基づく行動
・一方的な攻撃、暴力

 これらの症状を作る精神障害には様々なものがありますが、大きい分類として、「心因性障害」と「生理因性障害」の2つに分類して良いでしょう。
 明瞭に分類できない境界の曖昧な部分もあります。そういう意味では3つに分類しても良いのですが、陸と海という2分類の間の<境界線を挟む部分>と考えて頂き、ここでは2分法で行きます。


 A 心因性障害
  1. 神経症、心因反応
  2. 性格障害者の不適応症状(登校拒否、閉じ籠り、非行)
  • これらは<心理的機能の混乱という範囲の狂い>。
  • 「身体的・生理的異常」はその症状発生に原因していない。
  • 症状の発生しやすさ(過敏さ、柔軟性の乏しさ、しつこさ、臆病さ・・など)を産出する「身体的・生理的体質」はあるだろうが、症状の発生のエネルギ−はその人の育った心理的環境の中から生まれる。父親・母親を中心とする家族の影響を強く受けている。

 B 生理因性障害
  1. 精神薄弱、自閉症(アスペルガー)、その他の人格障害などの先天的障害
  2. 統合失調症、躁鬱病などの内因性精神病(性ホルモンの活動し始める思春期前後以降に多発するが、50代前後の性ホルモンの退潮期にも発生する)未だ解明されていないが、何らかの生理的傷害。
  3. 老人性認知症(脳血管性認知症、アルツハイマーなど脳細胞の機能低下が原因する)・脳梗塞・脳腫瘍・脳外傷後遺症などによる脳細胞の機能低下
  • 精神機能をつかさどる脳細胞の成長障害、破壊、混乱〜故障が原因である。
  • これらの症状発生には「心理的原因」は関係していない。
  • しかし、結果として、心理的な混乱を来たし、心理療法を要する。


ページトップへ もくじへ ホームへ

第2章 人の狂いの様子

「人が狂う」という症状を<知(知覚〜思考)・情(感情)・意(意思)>の3面から整理すると次のようになるでしょう。
 この3面はそれぞれ密接に繋がり、一体となっているのですから、下に述べる分類の境界は網の目のように曖昧であり、境界を飛び越えて「出入りがある」と考えて理解して下さい。


A 知覚〜思考の障害

1)強迫観念
 考えまいと思っても考えてしまう。精神的疲労状態で現れる。

  1. 神経症の中心的な症状。
     軽い不安〜強い不安の段階
    「戸締まりをしたか、ガス栓は締めたか」など、何回も確認したくなる。
    「今日会った人に、失礼な言動はなかったか」など、何回も気にする。
     恐怖症状
    高所恐怖、閉所恐怖、先鋭恐怖、視線恐怖、体臭恐怖、赤面恐怖
       *パニック障害などと表現される症状群
  2. 統合失調症性の場合にも強迫観念は頻々出現する。その鑑別は他の症状との繋がりを勘案して判断する。

2)自我障害
 行動している自分が「自分自身であるように思えない」〜「まるで他人が自分の中に乗り移って自分はロボットのように動かされているだけ」と感じる。
 *離人症状と表現されるものもその一つの現れ。
  1. 神経症でよく現れるが、幻覚妄想症状の繋がりが見られれば、統合失調症の症状と判断する。
  2. させられ体験(「自分がした」のではなくて「させられた」と認識する)が確信に満ちたものであれば、統合失調症である可能性が高い。

3)幻覚(幻聴・幻視・幻臭・幻触)
 周りの者には知覚できないものが知覚される
 (聞こえる、見える、臭う、触られる)
  1. 脳実質の生理学的障害が原因で、<思考したもの〜想起したもの>がまるで現実の声や音、視覚、臭い、感触であるかのように感じられる。
  2. 統合失調症の中心的症状であるが、薬物や麻薬やアルコールなど化学物質の中毒症状としても現れる。
  3. 生々しく体に感じられる幻覚の存在を否定し難いために、妄想が形成され、時間と共に発展させられて行く。

4)妄想
 幻覚が誘発する場合が多いが、幻覚を伴わない妄想も多い。
 その思い込みは、確信に満ちて行動に移る時と、曖昧なまま心の中に止められていて、外に表現されない時が交互に現れる。
その内容に応じて様々な表現がされるが、よく使われるものを列記する。 。
  1. 誇大妄想
  2. 血統妄想:「自分は○○の再来だ」「エリザベス女王の娘だ」など
  3. 破滅妄想:「世界が破滅する」
  4. 関係妄想
  5. 被害妄想:「盗聴されている」「噂を立てられている」「電磁波で体が衰弱する」
  6. 追跡妄想:「尾行されている」「新聞に書かれている」「テレビで報道している」
  7. 妄想着想:「流れ星が走った〜◇◇が死んだに違いない」
  8. 罪責妄想:「阪神大震災が起こったのは自分の責任だ」
  9. 貧困妄想:「お金がなくなって生活できなくなる」
  10. 盗られ妄想:「財布を盗られた」「服を盗られた 」
  11. 宗教妄想
  12. 世界破滅妄想〜世界没落妄想


B 感情の障害

1)激情
 感情を抑制する力が欠如して、合理的な判断(理性)が機能しない。そのために動物的な感情がそのまま表現される。
  1. 我慢できない〜泣きわめく。
  2. 安らかな眠りがとれない(不眠)。
  3. 暴力〜自殺に至る。あるいは殺人に至る。
  4. 神経症では感情が過度に抑圧され(ストレスが溜まり)、その反動として爆発する。
    自殺、万引き、放火、殺人、(秋葉原の事件など)
  5. 認知症や統合失調症や躁うつ病では<感情をコントロール(抑圧する)力>が欠如して行く。


2)躁症状
 欲望〜感情が外に向かって迸り出る。病的に行動的。 合理的な判断(理性)が機能しない。
  1. 多動・多弁で周りを振り回す(相手に配慮し抑制するという意思の欠如)
  2. さらに発展すると、
    ・争う(好争)  ・ 訴え捲る(好訴)  ・買い捲る(乱買)

    *躁鬱病の典型的症状であるが、統合失調症でもよく起こる。鑑別は他の症状との勘案である。

3)鬱症状
 欲望(生きる意欲)の低下が基底にあり、全てに対して否定的。
  1. 感情稀薄〜欠如・・・周囲への関心も低下して、食事も摂れなくなる。
  2. 思考や行動が低下し、閉居して他人との交流を避ける。
  3. 喜怒哀楽が欠如して、まるで能面のような表情になる。
    *躁鬱病の典型的症状であるが、統合失調症でもよく起こる。鑑別は他の症状との勘案である。


C 意思の障害

1)抵抗

あいつの「指示に従うものか」という明確な意識レベルのもの(思春期の大人集団への抵抗など)から
無意識のレベルのもの(眩暈、頭痛、腹痛、呼吸困難などの身体症状を出して行動しないなど)

2)攻撃

積極的な攻撃(反抗としての行動;暴力・落書き・破壊・窃盗・放火など)
消極的な攻撃(人〜親の嫌がることをわざとする;夜遊び、喫煙、入れ墨、学校に行かない、食事を摂らない)

3)自閉

他人との交流を避ける。自分の殻に閉じ籠る。

4)意欲の低下

  1. 他人への関心がなくなる。服装にも構わず、お化粧もしない。
  2. 人が投げてくれる言葉のボールを掴まえようとしない。
  3. 自分からも相手が掴まえられるようなボールを投げようとしない。
*その結果、記銘力障害、判断力低下、見当識障害などをもたらす。
*認知症など器質性脳障害の典型的な症状であるが、躁鬱病、統合失調症でも多く見られる。

ページトップへ もくじへ ホームへ

第3章 人の狂い(症状)の意味
プラスの意味とマイナスの意味(嘔吐・下痢・腹痛・衰弱などの意味)

「狂う」ということを症状と言い換えておきましょう。様々な「狂う」症状には二つの方向からの意味があります。
 一つは<必要な何かが破壊された>という意味で「欠落の結果」としての意味で、これは人の生活を侵害するマイナスの面です。
 あとの一つは「防衛反応〜警告反応」としての意味で、これは人の生活を支えるという成果があるわけで、プラスの面です。
 例えば、「閉じ籠り〜自閉」という症状を考えてみましょう。

 人との関わりを避けて自分の中に閉じ籠ってしまうのですから、
  1. 社会の中で生きる」という視点から見ると、本人にとってマイナスであり障害。
  2. ところが、彼は「今、人の中に出ていったら俺は壊れてしまう」と知っていて、自分を守っている。
    だから今は「そっとしておいてくれ」と訴えているという視点から見ると、プラスであり、自己防衛としての積極的な行為。

なのです。
つまり、
「閉じ籠り〜自閉」という症状は「自分を守る」役割を果たしている のです。
 勿論、周辺の問題が解決されないままに、この「閉じ籠り〜自閉」という症状が長引きすぎるとマイナスの症状になってしまうのですが。
内科的な 「嘔吐・下痢・腹痛・衰弱」などの症状、そしてその治療のこと を考えてみましょう。
 これらの症状は、苦痛をもたらす不愉快な症状です。誰でも早く消えて欲しい。
ところがこれらの症状は「人が健康を取り戻すためには必要な症状」でもあるのです。
 例えば、ちょっと痛んだお団子を食べた とします。この場合に

  1. 健康な胃腸は少々の細菌であれば殺菌してしまう。
     ・そこで、何の問題も起こらない。
  2. ところが、細菌の数量が多過ぎたり、体調が弱っていたりすると
     ・胃腸は細菌を殺し切れない。
  3. そこで、「嘔吐・下痢・腹痛・衰弱」などの症状を起こす。

 つまり不愉快な症状は、<体を細菌感染から守り、健康を取り戻すための反応>なのです。
整理すると

a.嘔吐・下痢は体にとって悪いものを「早く体外に出し、胃腸を保護しよう」という防衛反応
b.腹痛・衰弱は弱った胃腸を「しばらく休養させるために食欲を抑えさせる」という警告反応

なのです。

 心(精神)の症状にも全く同じような作用があります。

症状の原因を探り、
その問題の解決を図ること、
心の要求に素直に従うこと



 が大切なのです。

 放置すると、重症に発展して、大きな後遺症を残したり、場合に因っては死に至る場合もあります。
しかし、

症状は状況への適応手段でもあり、水をぶっかけるようにして荒っぽく取り過ぎてはいけない。 症状はいわば、<しばしの休養を要求している「体や心の言葉」>


 なのです。
 薬物療法や閉鎖病棟に閉じ込めたりして、荒っぽく<症状を押さえ込む>だけでは返って、症状を慢性化させてしまいます。薬物依存症であったり、根の深い家族への恨みであったり、長い目で見ると新たな病気を作ってしまうことになるのです。
 時間をかけて、<闇の中に追い込まれてしまった彼の心の中に入り込んで行き>、差し出す手を握り返してくれるのを待たなければなりません。


ページトップへ もくじへ ホームへ 次のページ