【連載:インディーゲームの新時代③】ゲーム開発の民主化とゲームエンジン
読了時間:約 12分11秒
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先日、本コラム第一回で紹介したiOSで遊べる個性的なインディーゲーム「Superbrothers: Sword & Sworcery EP」の日本語版がリリースされた。
日本語版タイトルは「スキタイのムスメ」。原作のシュールな雰囲気を活かした人を喰ったような翻訳、個性的なゲームクリエイターの須田剛一氏が音声で参加するなど、単なるローカライズに留まらない作りこみだ。筆者は英語版をクリアしたばかりだが、雰囲気が異なる日本語版を続けてプレイしている。
このような個性的な作品の日本語版が登場することで、今後もますますインディーゲームに対する注目度が上がっていくことを期待したい。
さてインディーゲームについて5回の連載にわたる本コラム。第一回では主に流通の側面から、二回目では開発費の調達の側面からインディーゲームについて説明してきた。折り返しになる第三回目では、主にゲーム開発の側面に焦点を当てていきたいと思う。
音楽や映画といった他のコンテンツ制作と同じように、ゲームの制作はテクノロジーの進展と共にある。昔ならば、ゲーム制作といえばバリバリとプログラムコードを書かなければできないようなイメージはあり、とてもプログラム経験のない初心者が挑戦できるようなものに思えなかったかもしれない。
だが今では状況は変わってきている。もちろんゲーム制作はアプリ開発と同じく技術力は必須であるが、ゼロからプログラミングを行う必要性はなくなってきている。そこで今回は「ゲームエンジン」に焦点を当てよう。
ゲームのタイトル画面でゲーム会社以外のロゴを見たことがないだろうか?あれはそのゲームが使用しているゲームエンジンを表すロゴマークだ。
カジュアルなゲームプレイヤーにとって「ゲームエンジン」はまったく馴染みのないものかもしれない。それもそのはず、車を運転する人が車のエンジンがどう動いているのかほとんど意識しなように、ゲームをプレイしている側にとって、ゲームエンジンを意識することはほとんどない。つまりゲームエンジンとは、ゲームを動作させるために機能している一連のプログラムである。
ゲームの背後で動いているプログラムとは何か。例えば、筆者が好きな2Dシューティングを例に説明してみよう。まず、自機や敵、敵弾、背景といったグラフィックが描画される必要がある。さらにプレイヤーの操作がインターフェイスを通して自機の動きに反映される必要がある。また弾が自機や敵に当たるときの判定の処理も必要だ。
ゲームエンジンの定義自体は曖昧だが、こういった一連のグラフィック、スクリプト処理を一気に引き受けてくれるソフトウェアであると言える。(ゲームアプリを動作させるためのソフトウェアとしてミドルウェアとみなされることもある。)。ゲームエンジンが行う処理の範囲は、エンジンの種類によって様々。グラフィック描画やスクリプト処理は当然、リアルな物体の物理的な挙動やキャラクターの動きや表情、サウンド処理やネットワーク処理などを引き受けてくれる。そのため、制作者はそれらの個別の処理をゲームエンジンに任せることで、ゲーム開発の手間を大いに軽減することができるのだ。
さらに昨今では、家庭用/携帯ゲーム機、スマートフォン、PCといった様々なゲームのプラットフォームが存在する。ゲームエンジンがそれらの各種のプラットフォームに対応している場合、ゲームの移植が容易になるというメリットがある。
ゲームエンジンの登場以前のゲーム開発は、他のソフトウェア開発同じようにそれぞれ個別にプログラムを書くことで開発されていた。しかしながら、ゲームのプログラムには共通する部分が多く、それらを共通のコードを毎回作りなおすのは非常に手間がかかり無駄が多い。よって、それらを再利用することでゲーム開発の効率を上げることが可能になった。さらにゲームのグラフィティやサウンドといった個別のデータは、グラフィティデザイナーやサウンドコンポーザーがそれぞれ個別のツールで制作するような分業体制が成立していった。
アーケードゲームや家庭用ゲーム機が爆発的に普及し始めた1980年代には、デベロッパーが会社内でゲーム制作を行うためのソフトウェアを開発するようになる。それらの会社ごとのゲーム開発環境は、現在のゲームエンジンの起源とも考えられるが、あくまでも内製のゲーム制作のみに使われるに留まっていた。(後のコラムで触れる予定だが「ツクールシリーズ」は、日本国内の同人ゲームやフリーゲーム制作ツールとして有名だが、例外的に早い段階でサードパーティにゲームエンジンを提供していたと考えられる。)
「ゲームエンジン」という言葉自体はおおよそ1990年代に誕生したと考えられる。ゲームエンジンの普及に一役買ったのは、この時代に登場した3DグラフィティのFPSゲームだ。特にId Softwareの「Quake」、Epic Gamesの「Unreal」、 そして Valve Corporationの「Half-Life」などの人気作品は、現在主流となっている3Dグラフィックのゲームエンジンの源流だ。
これらのゲームエンジンは自社のゲーム開発だけではなく、他社のゲーム開発においても利用されいる。特にEpic Gamesの「Unreal Engine」などは数多くのコンシューマ機などにも採用されているため、タイトル画面に表示される大きな「U」のロゴを見たことがある人も多いだろう。
またId Softwareの「Quake Engine」や Valve Corporationの「Source Engine」などは、プレイヤーがゲームエンジンを利用してゲームの改変バージョンであるModを制作することが容易である。
ゲームの改造版であるMod作りは、オリジナルのゲーム開発とまでは言えないものの、ゲームエンジンの知識を活かしたクリエイティブな遊び方の一つである。プレイヤーは自分の制作したModファイルをネット上にアップロードすることで、他のプレイヤーに遊んでもらうことが可能である。さらに「Counter-Strike」のような既存ゲームのModであったものが、オリジナルタイトルとしてリリースされることもあり、Mod作りはゲーム制作の一つの入り口としても機能していると言える。
現在では多くのゲームエンジンは商業的目的を持たない個人制作者に対して無料公開されている場合も多い。そのためインディーゲームデベロッパーは、以前に比べて遥かに安価な形でゲーム開発環境を整えることが可能になっている。また、ゲームエンジンを開発する企業側は、若手のゲーム開発者を育て、いち早く自社のゲームエンジンを普及させることを狙っているのだ。
上述したとおり、現在のゲームエンジンにおいて重要なポイントの一つは、マルチプラットフォームに対応することだ。家庭用/携帯ゲーム機やPCといったこれまでのプラットフォームに加え、スマートフォンの普及の結果、今まで以上に多くの人がゲームを楽しむ時代になっている。ゲームエンジンもそのような新たなプレイヤー層をつかむため、より多くのプラットフォームに対応できるように進化してきており、数多くのヒット作も生まれている。
中でも「Unreal Engine3」をiOSで初めて用いた「Infinity Blade」はシンプルなアクションRPGながらも、コンソール機なみの美麗なグラフィックで話題となった作品だ。たった4日で160万ドルの売上を叩き出し、iOSのアプリに中でも爆発的なヒットとなった作品だ。
開発を行ったChair EntertainmentはEpic Gamesの子会社であり、インディペンデントなデベロッパーというわけではない。だが、たった12人のチーム、5ヶ月という短い期間でこのようなクオリティのゲームが制作できるのには驚く。結果として、「Infinity Blade」自体がiOS端末における「Unreal Engine3」のポテンシャルの高さを知らしめたと言ってよいだろう。
またAndroidでは「Dungeon Defenders」が初めて「Unreal Engine3」を用いて開発された。タワーディフェンスとアクションRPGをミックスした独特なゲームであり、他のプレイヤーと協力して遊べるのが特徴だ。アメリカのインディーデベロッパー、Trendy Entertainmentが「Unreal Engine3」を使用したサンプルゲームとしてたったの4週間(!)で開発したゲームが元になっている。
iOSやAndroidのスマートフォンプラットフォームで先行リリースされた後、Xbox 360やPCとプラットフォームを拡大。結果として累計100万ダウンロードを突破する大ヒット作品になっている。
コンシューマ向けの大作ゲーム用のエンジンとしてのイメージが強かった「Unreal Engine3」。だが、現在では無料で使える「Unreal Development Kit (UDK)」 が配布されている。非営利目的なら無料でUDKを使用し、ゲーム制作及び流通させることも可能。また商用利用においても「99 米ドルのライセンスを購入し、売上げが初めて 50000 ドルに達した後は、その 25% をロイヤリティとして支払う」という同人ゲームやインディーゲーム開発者向けの格安なライセンスも存在する。
(UDKのライセンス等などについての詳細はこちらを参照:http://udn.epicgames.com/Three/DevelopmentKitFAQJP.html)
現在、スマートフォンプラットフォームを視野に入れたゲームエンジンとしてもっとも勢いあるのは「Unity」だ。Unityは主に3Dゲームに開発に適したゲームエンジン。WindowsやMacOSといったPC、Xbox 360やWii、PlayStation 3などの家庭用据え置き機、iOSやAndroidなどのスマートフォン端末は当然、さらに各種のウェブ・ブラウザ上で動作するアプリやBlackBerry 端末を含む圧倒的に多くのプラットフォームに対応している。
またUnityの魅力は対応プラットフォームの多さだけではない。第一に無料版でも基本的な機能が揃っていること。なおかつ年間の10万ドル以上の売り上げがない個人制作者や小規模の開発者チームである場合は、無料版でも商用利用が可能である点だ。有料版の「Unity Pro」も1500ドルと極めて安価。それぞれのプラットフォームに向けたゲームの開発を行うには追加料金が発生するが、それらも400ドル程度であり、個人法人問わずゲームの売り上げに対するロイヤリティも発生しない。
(それぞれのバージョンの価格とライセンスについてはこちらを参照:https://store.unity3d.com/ http://unity3d.com/unity/licenses)
さらにUnityの最大の魅力とも言えるのは、「Unity Asset Store」の存在だろう。「Unity Asset Store」とは、Unityを使う開発者のためにゲームの「パーツ」となるアセットやライブラリが売買できるサービス。商品となるのは3Dグラフィックのデータや、スクリプト、さらに音楽やSEなど、ゲームのパーツとして利用されるものは、ほぼ何でも売買されているのだ。購入はクレジットカードなどで簡単にでき、値段も安価なものが多い。まさにパーツを組み上げるようにゲームを制作することが可能になってきたのだ。
マルチプラットフォームと低価格という魅力が重なって、Unityのユーザーは現在では100万人を突破したと言われる。このユーザーの規模の力によって、Unityはもはやただのゲームエンジンというよりも、ゲーム開発のためのマーケットを運営していると言ってよいだろう。ゲーム開発者はもちろんのこと、ゲームのためのグラフィックを作るデザイナー、音楽やSEを作るコンポーザー、スクリプトを作るプログラマーなども自身で完成したゲームを作ることなく、アセットを販売することができる環境が成立している。ヒットしたアセットは、ひと月に2万ドルの売り上げを達成しており、Unity社のCCO Nicholas Francisはクリエイターが「Unity Asset Store」だけで生活できる日も来るだろうと述べている。
以上、ゲームエンジンの利点を説明してきた。ゲームエンジンは他にも様々あるが、これらのテクノロジーの発展により、個人や小規模集団によるインディーゲームの制作もますます容易になってきている。
ただしゲームエンジンにもデメリットが無いわけではない。第一にゲームエンジンごとに使い方を勉強する必要がある。初心者にとっては、プログラミング言語を覚えるよりは楽かもしれないが、プログラミングと異なり汎用性は低い。さらにゲームエンジンによって特異なゲームジャンルや処理などが存在する。そのためオリジナリティの高いゲームを制作しようとすると、結局はプログラミングや各種APIについてのスキルが必要になってくる。そのため、インディーゲームらしいクリエイティビティがゲームエンジンを使用することによって制限される可能性もあるのだ。
実際に昨今のインディーゲーム界で高い評価を得ているMinecraftやFezといった独創的なゲームは、既存のゲームエンジンでは表現できないようなビジュアルやゲーム性を実現している。クリエイティブなアイデアを実現するためには、それ相応のスキルがどうしても必要であることは今も昔も変わらない。
とはいえ、ゲームエンジンが与えてくれた恩恵は、実際にゲームを完成させるプロセス以外にもある。例えば、新しいゲームの企画やイメージを伝えたいようなプランナーの立場の人は、ゲームエンジンを利用して簡単なサンプルやモックアップを作ることで、自らのアイデアを具体的に示すことができるだろう。
さて最後にスマートフォンで遊べるゲームエンジンを使った高品質のインディーゲームを紹介しよう。
http://appget.com/appli/view/60318
MADFINGER Gamesはチェコの独立系開発者。本作はUnityを使ったSF的世界観のTPSのゲーム。そのグラフィックはスマートフォンでは最高レベルのひとつとして評判だ。MADFINGER Gamesはその他にも「サムライ2 ヴェンジャンス」など高クオリティのスマートフォンゲームをリリースしている。iOS向けには「DEAD TRIGGER」というゾンビ系FPSもリリースしているなど、今後も目が離せないデベロッパーの一つだ。
Dungeon Defenders: Second Wave
https://play.google.com/store/apps/details?id=com.trendy.ddapp
本文でも紹介したTrendy Entertainmentのタワーディフェンス+ハック・アンド・スラッシュ系アクションRPGの大ヒット作。リッチなグラフィックだが、かわいいキャラクターデザインのため、意外にカジュアルなユーザーにも人気がある。スマートフォン版でのタッチ操作は多少遊びにくいが、このクオリティのゲームが無料なのは素晴らしい。Xperia PLAY専用に作られたバージョン「Dungeon Defenders Xperia Play」もある。
バブルボールプロ
http://appget.com/appli/view/58374
本作は14歳の少年Robert Nayがたった3ヶ月で作ったパズルゲーム。Coronaという2Dゲーム向けのゲームエンジンを使用しており、単純で地味なグラフィックながらもiOSとAndroidでヒットしたゲームだ。カジュアルなゲームの人気が高いスマートフォン市場では、こういった夢のような話も現実となる。このような極めて若い開発者を育てるためにも、今後は教育の場面でゲームエンジンが活躍することにも期待したい。
以上、ゲームエンジンが個人や小規模のゲーム開発に恩恵を与えていることを説明してきた。このような低予算で、かつ誰でも行えるようなゲーム開発環境を整えることを、Unity社は「ゲーム開発の民主化」という言葉で表現している。
前々回のコラムで示してきた通り、ゲームを制作して多くのプレイヤーに遊んでもらえる流通プラットフォームは既に完成しつつある。今後ますます多くの人がビジネスとしてもクリエイティブな表現としても、ゲーム開発に関わっていくことになるだろう。そんな時、ゲームエンジンが強力な武器になることは間違い無いだろうし、コンテンツ産業の活性化にも寄与するだろう。
次回、更新は7月9日を予定しております。お楽しみにお待ちください。
【連載:インディーゲームの新時代】(完結済み)
①海外で巻き起こる個人制作、小規模開発者のムーブメント
②開発費捻出の苦労と、新たなビジネスモデルの出現
③ゲーム開発の民主化とゲームエンジン
④デジタル時代の新しい「価格」のあり方
⑤日本のインディーゲームの未来
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