【PC遠隔操作事件】警察も検察も、これで大丈夫なのか…

江川 紹子 | ジャーナリスト

接見後に東京湾岸署前で行われた佐藤弁護士の記者会見

「もう、絶対許しません」ーー日航機の爆破予告などをしたとしてハイジャック防止法などの疑いで再逮捕された片山祐輔氏の弁護人である佐藤博史弁護士の怒りが炸裂した。片山氏は5日、東京地検に身柄を送られたが、そこで検事が弁解録取書の作成にかこつけて脅迫的な取り調べを行ったり、事実と異なる記載をしようとした、という。これまで、検察側の対応には期待を寄せていた佐藤弁護士だが、「こちらは、録音・録画をすれば黙秘せずに話すと言っているのに、こういうことをするとは…」と怒り心頭。今後は検察とも全面対決の方針で、勾留質問などで裁判所に行く時以外は留置場から出ず、一切の取り調べに応じないことになりそうだ。

検察官の対決姿勢に反発

弁解録取書とは、逮捕された被疑者に対し、容疑についての言い分を初めに聞いて作成される文書。片山氏は、これは取り調べとは異なる手続きとして、警察でも作成に応じている。

佐藤弁護士によれば、検察官に対しては「今日の機会を利用して、録画したうえで思う存分取り調べをして下さい」と要望してきたが、検察側は録音・録画を拒否。片山氏が、「録音・録画がされないなら、弁解録取の手続きには応じるが、取り調べは拒否する」と伝えると、検察官は弁録は取らず、取り調べを始めた、という。

検察に対する憤りをあらわにする佐藤弁護士
検察に対する憤りをあらわにする佐藤弁護士

検察官は対決姿勢で臨み、「検察は、君を起訴できるし、有罪にできる」と断定。録音・録画について「(検察に)そういう義務はない。法律に違反しているのは君の方だ」などと述べ、「無実だと言うなら、録画などされなくても堂々と説明しろ」と迫った、という。こうした取り調べが午前10時から正午まで続き、弁録は作成されなかった。午後には、取り調べを拒否する旨の意思表示をしたが、「まだ弁録ができていないから」と言われてやむなく取調室に赴き、午後1時半から2時50分まで取り調べと弁録作成が行われた、という。

佐藤弁護士によれば、ウイルスが作成されたプログラム言語C#は使えないことを説明しても、検察官は「そんなことは(犯人でない)根拠にはならない。こっそり勉強しているかもしれない」と聞き入れず、片山氏が「それは悪魔の証明ですね」と言い返す場面もあった。正月に江ノ島に行った時の服装や当時持っていたリュックの行方を聞かれ、「服は古着やさんに売った。リュックはイタリア旅行に行った時に壊れたので取り替えた」と説明すると、証拠隠滅を図ったかのような記載が弁録の中に盛り込まれそうになった。片山氏が「サインはできない」と拒むと、検察官は渋々そこを削除した書面を作り直した、という。

片山氏は弁護人らに、「疲れました」「録画されていたら、こんな取り調べはできないと思う」などと述べた、とのこと。佐藤弁護士は「検察は片山さんを虚偽の自白に追い込もうとしている。これだから、録音・録画のない取り調べには応じられない」と語気強く語った。

捜査機関のありようを案ずる

佐藤弁護士は検察に対し、どうしてもビデオ録画が無理ならば、ICレコーダーなどによる録音でもいいから記録をして欲しい、との妥協案も出していた、という。にも関わらず、検察は頑強に録音も録画も拒んだ。こういうやり方は、捜査機関にとって何のメリットがあるのだろう。

警察や検察は、録音・録画を行う対象は、裁判員対象事件や知的障害者が被疑者の事件、さらに地検特捜部の独自捜査などに限るとしている。それ以外の事件で、弁護人の請求によって録音・録画を行えば、これが前例となって、可視化の範囲が広がることを恐れているらしい。

しかし、それ以外の事件では録音・録画をしてはならない、という法律があるわけでもない。事件によって、真相解明のために利すると判断して、捜査機関の裁量で行うこともできるはずだ。弁護人の依頼に応じたという形ではなく、「誤認逮捕や虚偽の自白を招いたケースなので、特に慎重を期す」「IT関係の専門用語が頻出することが予想される」など、本件の特殊性に鑑みて、警察や検察の独自の判断として録音・録画を行うことにした、とするやり方もあった。そのうえで、本件は例外的なケースであり前例として扱わない、とすることも可能だっただろう。

そうして行う取り調べの中で、片山氏が事件に関わったことを裏付ける証拠があるなら、カメラの前でそれを突きつければいいし、供述に矛盾や不自然な点があれば指摘すればいい。その方が、よほど捜査機関にとってプラスだったのではないか。真相解明を望む国民の期待にも、応えることになっただろう。

何も自白を取るばかりが取り調べではない。被疑者の話を聞いて間違った嫌疑を正すほか、被疑者の説明を聞いて客観的な事実や他の人の供述などとの食い違いを洗い出したり、不自然な弁解をしている場合にはその旨を記録しておいて、後日の法廷での立証活動に備える、という意味もあるだろう。公判を担当する検察官からすれば、材料は多い方がいいはずだ。

このままだと被疑者が留置場に籠城し、一切取り調べが行えない状況が続く。常日頃、事案の真相解明のためには取り調べが重要だと強調しているのに、取り調べを行わず、供述には一切頼らない捜査を行う、と方針転換をしたわけでもあるまい。結局、捜査機関は可視化拒否を優先するがあまり、自縄自縛に陥っているのではないか。

しかも、佐藤弁護士の説明によれば、検察官は初っぱなから敵対的な取り調べを行い、被疑者の反発を招いている。佐藤弁護士は、「丁寧に扱われ、弁護人より検察官の方が信頼できるかもしれない、と信じ込まされる方が危ない。むしろ(糾弾的な取り調べで)よかった」と皮肉たっぷり。検察の対応は、あまりに稚拙だと言わざるをえない。

それに、捜査機関は前例を気にするなら、録音・録画の拒否を理由に取り調べ拒否をする被疑者が今後続出することを心配した方がいいのではないか。

本当に、警察も検察も、これで大丈夫なのだろうか…。

江川 紹子

ジャーナリスト

早稲田大学政治経済学部卒。神奈川新聞社会部記者を経てフリーランス。司法、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々。著書『人を助ける仕事』(小学館文庫)、『勇気ってなんだろう』(岩波ジュニア新書)など。

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