【PC遠隔操作事件】第1回公判前整理手続きで、弁護人の怒り炸裂
江川 紹子 | ジャーナリスト
主任弁護人の佐藤博史弁護士の怒りが炸裂した。まずは検察官に。そして報道陣に対して。5月22日の第1回公判前整理手続きが終わった後の記者会見の席上である。検察側が提出した証明予定記載事実に事件と被告人のつながりについてまったく記載されていないという「異常なもの」(佐藤弁護士)だった。唯一の警察官調書が開示されたものの、肝心の部分は黒塗り。弁護側の公訴棄却の申し立てはほとんど報じられず、また雲取山山頂から今月になってメッセージ入りの記憶媒体が発見されたという警察情報はそれなりの大きさで伝えられた。この警察情報を無批判に報じたマスメディアについて、佐藤弁護士は「警察の御用聞きはやめてもらいたい!」と一喝した。
「異例」づくめの検察の対応
この日の公判前整理手続きには、被告人の片山祐輔被告もスーツ姿で出廷した、という。裁判官が黙秘権の告知をしたが、特に本人が話す場面はなかったようだ。
弁護側は佐藤弁護士ら6人。検察側も、平光信隆公判部副部長(元那覇地検次席)を筆頭に、捜査担当者も含めて6人もの検事が列席した。
検察側は、3月2日付起訴状に記載された3つの事件について、5月17日に「検察官証明予定事実記載書1の1」と題する書面を提出。だが、それには被告人の身上経歴と事件による被害の経過や状況などは書かれていたが、片山氏がこのような被害をもたらすどのような行為を、いつ、どこで行ったか、という犯人性に関する記載が全くなかった。
さすがに、裁判官も「異例、または異常だが、こうなった事情を説明してもらえますか」と尋ねた、という。
それに対し検察側は、「犯行と被告人の結びつきについては、捜査を終了しないと明らかにできない。それに関する証拠も、罪障隠滅のおそれがあるので開示できない」と述べた。いつになったら捜査が終わるのか、という裁判所の問いに対しては、「変更の可能性はあるが」としたうえで、次のように答えた。
「現在勾留中の事件は5月29日が満期だが、その後も捜査は続き、終了するのは6月末、ずれ込めば7月中旬以降になる」
迅速な裁判を受ける権利はどこへ?
これに対し佐藤弁護士は、次のように批判を展開した。
「3月2日の時点で、片山さんが犯人だという確証があるなら、その証拠を出すべきだ。『見込み逮捕』というのはあるが、本件は『見込み起訴』であり、(犯人であるとの証拠が見つかっていないうちの)見切り発車での起訴ではないか。(証拠が見つからないので)検察官は公判前整理手続きを引き延ばしのために使っている。こんなことは許されない。裁判所はただちに公判前整理手続きを打ち切って、第1回公判期日を指定すべきだ」
さらに弁護側は、検察の対応は、「公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利」を保障している憲法にも違反する、と主張。
検察側は、片山氏が「どこで」「どのPCを使って」犯行に及んだのかも明らかにしていない。起訴状では、「東京都内又はその周辺」「インターネットに接続したコンピュータから」としか書かれていない。これについて、「証明予定事実記載書」には何も書かれていなかった。弁護側は「被告人の防御権を著しく侵害している」として、裁判所にただちに公訴棄却の判断をするよう求めた。これについて、検察側は1週間以内に意見を書面で提出することとなった。
唯一の調書も墨塗り
検察側がこれまでに開示した証拠は全部で67点。そのほとんどは、事件で送られてきた犯行予告メールやそれが送られてきてからの対応など被害状況を示すもの。そんな中で、片山氏が逮捕された当日の警察官調書が1通開示された。身上に関する調書だが、その中で使えるプログラム言語などについて書かれていると思われる13行が黒塗りされていた、という。弁護側の追及に、検察側も「被告人の能力に関する部分」と認めた、という。
弁護人によれば、逮捕直後の取り調べで、片山氏は「使えるのはCとC++、それにJava。C#は研修で勉強したことはあり、他人が書いたプログラムを実行できるかどうかのテストをしたことはあるが、書くことはできない」と供述。しかし、調書にはC#も使えるかのような記載がされたかもしれない、という片山氏の話を重くみた佐藤弁護士が、取り調べの録音・録画を強く求めた。捜査機関がそれに応じず、以後の取り調べはまったくできない状況が続いている。
記者会見で佐藤弁護士は、次のように指摘した。
「黒塗りされた部分は、トリッキーな取り調べがされた証拠。しかも、片山さんがC#を使えることを示す他の証拠がないから、隠さざるをえないのだろう」
この部分の開示を求めた弁護側に対し、裁判所の求めで、検察側は本日中に意見を出すことになった。
情報を公表するな、と検察
こうしたやりとりの後、検察側は2つの「要望」を行った。
1 「公判前整理手続きが非公開となっているのは、公開されると弊害があるから。弁護人はくれぐれも注意してもらいたい」と、弁護側が手続きの進行状況を公表しないように求めた。
2 「弁護人が検察側証拠を第三者に提示した場合は、懲戒請求もありうる」と半ば恫喝的な言葉を述べた。
こうした対応から見ると、検察は、できる限り事件の詳細が広く伝えられないことを望んでいるらしい。
これに対して、佐藤弁護士は「とんでもない証拠開示をしておいて、盗っ人猛々しい。余計なお世話だ。片腹痛い」と憤慨。特に1点目については、発言の撤回を迫ったが、検察官は「撤回しません」と突っぱねた、という。
「何のためのペンとカメラなのか!」
佐藤弁護士は、記者会見の席上でも、検察とメディアに対して、怒りを隠さなかった。
「検察だってレクをやっているではないか。しかも、警察のリークで雲取山で記憶媒体が発見されたという記事も出たばかり。中には、『片山容疑者が真犯人で記録媒体を埋めたとみて』などと書いている新聞もある。(雲取山山頂は)1月に、みんなで探したわけじゃないですか!それでも見つからなかったのですよ。片山さんが逮捕後に埋められたものかもしれないじゃないか!! いったい皆さん方がペンを握り、カメラを持つのは何のためなんですか?! 『捜査側は自信を見せている』などと書いている社もあるが、検察は(起訴から2か月半経っても)未だに犯人性を示せていないことをどう思っているのか。警察の御用聞きはやめてもらいたい」
火を噴くような佐藤弁護士の批判。記者たちは、その迫力に押されたのか、あるいはこういうことは記事にするつもりはないからか、多くがパソコンでメモをする手を止め、固まっていた。
後から「発見」された証拠の危険性
これに続いて、元東京高裁判事で現在は片山氏の弁護人の木谷明弁護士が、自身が裁判官中に経験した再審請求事件の話を例に、後から「発見」された証拠の危うさを説いた。
それは、かの有名な白鳥事件。物証がほとんどなく、被害者を射殺した凶器の銃も発見されなかった。警察は、「被告人らが武装蜂起をするために峠で射撃訓練をした」とみて、何度も捜索を行ったが、それらしい証拠は見つからず仕舞い。ところが、2年後になって、銃弾が「発見」され、その線条痕が被害者の体内の弾と一致したとの鑑定を元に有罪判決が下された。しかし、「発見」された銃弾は2年間も山に放置されていたとは思えないほど新しく、その鑑定も後に捏造された疑いが出た。
死刑判決が確定して現在再審請求中の袴田事件でも、有罪の決め手の1つである血染めの着衣が、味噌工場のタンクから「発見」されたのは、事件から1年2か月も経ってから。この着衣は、袴田巌氏のもので犯行時に着ていた、とされたが、サイズがはるかに小さく、新たに行われた鑑定では、血痕から被害者のDNAは検出されなかった。
やはり再審請求中の狭山事件でも、石川一雄氏の自宅の2回にわたる家宅捜索では見つからなかった被害者の万年筆が、3回目の捜索で勝手口の鴨居から「発見」され、有罪証拠に使われた。
有罪に取り憑かれた捜査機関をチェックする役割は…
佐藤弁護士は、声を少し穏やかにして、次のように訴えた。
「証拠改ざんを行った大阪地検特捜部の検事も、シロの者をクロにするという意識ではなく、村木さんが犯人だと思い込んでおり、それと矛盾した証拠が弁護士の目に触れて紛糾するのを避けようとして、ああいうことになった。警察も検察も、いったん(捕まえた人が)有罪という思い込みに取り憑かれると、とんでもないことをすることがある。だからこそ、それをチェックする必要がある」
果たしてジャーナリズムは、そのチェック機能を果たすことができるのだろうか…。