2013年06月27日 22時00分53秒 posted by uruseiblog

時代が変われば。。

テーマ:ブログ


以前に反面教師と言うことで紹介した
掲示板に常駐する自称クリスチャン。


聖書の言葉を額面どおり引用するも
自分の理論に整合性を持たせる事のできるところばかりを引用し
理論破綻とならないように都合の悪い引用は避けています。


聖書は額面どおり解釈すれば矛盾が満載です。


それを語ったのは人間であり、時には言葉のあやもあれば
表現がおかしな事もあるでしょう。


聖人とされた人間だと言っても誤りや表現違いはあるからです。


それをすべて正しいと理解して額面どおり受け止めると矛盾が生じ、
その矛盾を認識しないために
都合の良いところだけを意識し理解する事にもなりかねません。


ところでこの人間が”天の御国”に関して触れています。


その実態がユダヤ策略に利用されているクリスチャンの願っている
破局後の新しい社会そのものの様な気がして見つめていました。


そして一方ではこの自称クリスチャンを批判する事で
キリスト教の信憑性を下げようとする仏教信者らしい人間が出てきます。


まるでこの自称クリスチャンは実はニューエイジ思想を持っていて
誤った天国の到来を待っている人間達に誘引を与えながら


一方では健常者に対してキリスト教の信憑性を
下げているように見えるのです。


私はキリスト教を嫌っているわけではありません。


むしろ積極的にイエスの教えを広めて欲しいとさえ思っています。


しかし既存のキリスト教の説明の仕方では
日本社会の中の多くの人間がその説明不明な内容にオカルトを感じたり、
御伽噺を感じてしまう事になります。


でも、私や兄弟姉妹と理解者の正しい解釈である
宇宙の法則を前提としたイエスの教えは間違いなく一貫性のあるものですし


使徒達の手紙に関しても、
とりわけパウロの手紙に関しては
その詳細を正しく説明することができます。


今日は掲示板の書き込みを引用しながら指摘して見ます。


おそらくはこのサロメと言う人間は
クリスチャンではないと思います。


新約聖書の内容を知識として知ってはいますがすべてが形式に偏り
何一つ実質に触れていないように見えるのです。


メーソン系のクリスチャンに
彼らの思想の正しさを強調する役目を果たしつつ、


一般の人間にはキリスト教を遠ざけるための
存在となっているように感じます。


科学的な根拠で説明するのではなくて
聖書に書いてあるのだからそれが正しいと
強引に主張している人間です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

580 :サロメ☆ボウディア ◆IImpEahg5A :2013/06/27(木) 02:11:17.13


いまの世界の有様を肯定するのは聖書的ではありません


生老病死は本来は人間にはなかったものです


だから新天新地の人間は嫁ぎも娶ることもありません

人間以外の動物も弱肉強食で殺しあい食い合うこともなくなります

だから死は読みと共に永遠に滅びるのです

示録20:14
それから、死も黄泉も火の池に投げ込まれた。この火の池が第二の死である。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

物理現象を認識すれば、
それが三次元の元素で作られている肉体を持つ限り
必ず風化や老化を伴うことを私達は理解できます。


三次元において存在しているものは
全てがその実態を四次元において創造主の分身として存在していて、
その上で三次元においてそれを元素を持って表現しています。


しかし私達はその肉体を持つがゆえに
あらゆる物理的摩擦を避けることが出来ませんし
どんな存在であろうがその身体を永遠に保つことは出来ません。


私達の肉体は生身ですし珪素で出来た体に
変貌することもありません。


摩擦はストレスのような精神的な要因かもしれませんし
紫外線やX線のような有害放射線の細胞やDNAへの影響かもしれません。


酸化だって人間の体には影響を与えるかもしれません。


しかし私達は宇宙の法則に乗ることで
その実態である魂を肉体を変えながら維持し続け


記憶を持った転生によって
永遠を感じながら生き続ける事が出来る。


これが本当の永遠の命です。


生老病死は私達が肉体を持った存在である以上
避けることの出来ないものです。


太陽系の天使達は私達の10倍近い時間を
一つの肉体を持って生きる事になります。


しかも私達の世界に照らして、見た目が30歳未満にしか見えない人間が
実質数百年を生きていると言うのが彼らの社会の実態なのです。


しかしそんな彼らであっても老化が促進する時期があるようです。


彼ら金星のマスターは流石にに1000歳近いと言うことで
見た目は当時のアダムスキーと同様な年齢に見えたと
アダムスキーが著書の中で語っていました。


マスターはその存在自体が大切な役目を担っている事から
早々と肉体の老化を感じて転生すると言うわけには
いかないのかもしれませんが、


アダムスキーの話から見て取れる彼らの社会の人間は、
誰もが30代前半程度の風貌を保っているようでした。


おそらくは彼らは老化が始まると転生の時期と認識し
その準備を始めるのだと思います。


繰り返しの転生が当たり前である彼らにとっては
通常時は肉体の機能が活発である事が
彼らの学習や進化にとって有効であるからだと想像しました。


きっと肉体的な機能低下がはっきりと現れた時が
彼らの転生時期なのだと思います。


ところでイエスの語ったとされる


「天の御国では娶る事も嫁ぐこともなく天使のようです」


と言う表現に関してアダムスキーが説明していました。

(xxxxxxxxxxxxxxxxxxxx)


天使達の社会では結婚と言う儀式はないそうです。


男と女はその時の自分の進化に応じて
相手を選択して共に暮らすようになると言います。


驚いたのは、時にはそうして結ばれた二人が
別れる事になる事もあると言います。


ただし、それは地球社会の不和とか性の不一致という理由ではなくて、
どちらかの進化が進みバランスが取れなくなった状態の時に
新たなパートナーを選択することになるような場合があると言う話でした。


勿論別れた男女の間には何の怨恨もありません。


そんな実態が平気なのも
彼らの社会には養育の義務とか子供の養育権などと言った問題が
発生しないからだと思います。


彼らの社会の子供はその幼児期が短いゆえに
気がつくとすぐに地球社会の成人状態です。


しかも元々誰もが記憶を持っての転生ですから
元の魂の記憶が戻りその人間を取り戻すまでの過程だと思いますし、


親の役目にしても、他の人間が新しい肉体を持って再び進化するための
短い期間の誘導役である事になります。


イエスキリストの言葉をそのまま説明した事にはなりませんが
少なくとも私達が天国と呼んでいる社会の婚姻の実態は
そんな内容だと言うことでした。


彼らにとっての婚姻は、自分と相手が共に進化しあう過程でもあり
同時に創造物の作り上げた法則により
男と女が引き寄せられる自然の摂理でもあるのだと思います。


ついでに触れておけばおそらくはイエスは
自分の立場を想定してその言葉を語っていた可能性があります。


おそらくはスペースブラザーズは
他の一般の惑星の人間の様に結婚をしないのではないでしょうか。


娶る事も嫁ぐこともなく天使達の様。。


地球社会の人間達は肉体を持った”天使達”を目撃していたのでしょうし


ここで想定する天使達は幼子に翼を生やした存在ではありません。


つまりは自分の立場を語ったのかもしれません。


そして勿論彼らの社会にも死はあります。


勿論それは肉体の死です。


しかし彼らはそれをこの地球社会における死と同様に
暗い思いをもって見つめる事もありません。


彼らは自分たちの実態が肉体ではなくて魂であることを理解していますし

肉体が魂を表現する仮のフォームであることを理解しているからです。


それは私達が引越しをする感覚で
二丁目の諸星さんが三丁目に生まれ変わった
位の事の様です。


彼らは転生を祝福するとも言います。
死体を弔う習慣もなければ死を悲しむ習慣もないわけです。


彼らは自分達の実態が死なない事を知っていますから
ある意味天使達の世界には死は存在しない事になります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アダムスキーの話では金星社会の動物の中には
凶暴な生き物はいないと言うことでした。


地球社会の動物が凶暴なのはそこに暮らしている私達の
影響を受けたのだと言う話でしたし
おそらくは想念絡みの話となってくるのだと想像がつきます。


ただ、肉食動物の存在に関しては
私の想像で言えば依然存在する可能性は高いと思います。


猫がいればネズミを追っかける可能性はあると言うことです。


この地球社会の自然界がピラミッド方の食物連鎖を
予定しているらしい事を想像しても
それはある意味自然の摂理だからです。


特定の生物を他の生物が捕食して数が安定するような摂理も
この社会では存在している事を私たちも知っています。


それだって創造主の法における調和の一環のはずです。


そのバランスが壊れると、
天敵のいな居場所で特定の生物が増殖しては暴れだす。。


日本の中でも天敵のいない環境での外来生物が
(アライグマ)
増殖しては家に住み着くという話は有名です。


ただアダムスキーの言葉では凶暴な
(例えればトラ・ライオンでも人間には懐くのかも知れません)
動物がいないと言う表現でしたし


その詳細は不明と言うことにしておきます。


私達は殺生を嫌いますが現実には何かを食べねば
生きることは出来ません。


そしてこの三次元の現象には
高い意識のものから低い意識のものまで存在していると言うのが
生命の科学でのアダムスキーの説明でもあります。


肉食動物が草食動物を捕食するのは
その低い意識の現象として認識出来るでしょうし、
それまで含めて私達は三次元の現象を受け止めなければならない


ちなみに肉食動物が草食動物を食べることに関して
それを批判的に見ている人への例え話として
人間がニンジンを丸呑みすると言う話をしてもいました。


私達は生命体のフォームを食せずして肉体を維持することの出来ない
存在なのだと言う事を理解すべきです。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11453252587.html
自らに最適な戒律を課す VOL2


天使達は菜食を中心の食生活を送っていて、
その食事は栄養面こそが重視されていると言う話でしたが


必要な食材が手に入らない時には肉も食べると言うのが
金星の女性のカルナの説明でした。


アダムスキーは肉食に関しても否定しませんでした。
(肉食の人間の多いアメリカ市民を意識したかもしれませんが)


一方ではブラザーズは動物を捕獲するにしても
不安や恐怖を与えない事が出来ます。


無益な殺生とは違いますし
まして彼らは生命の摂理を知っているからこそ
それを実行出来るのだと思います。


私達は万物に奉仕する事を求められていると同時に
私達は万物の管理者でもありました。


そして万物を使用する事をも私達は認められている。


しかしそこで万物の横柄な支配者であってはいけない。


その辺の兼ね合いを考えてみて欲しいです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そして問題は第二の死です。


私達にとっての死は”肉体の死”を意味しています。


しかしキリスト教では審判の後に第二の死が存在するとされています。


これは私達であれば”魂の消滅”として理解することが出来ます。


私達の本当の死は、
自分の実態であり自分の意識である魂を
失うことだからです。


聖書の中では天国と地獄の概念が使用され、
それが人々に勧善懲悪を勧める動機とされていたようです。


しかし実際には地獄は存在せず、
それは天使達が作り上げた架空のものでしたし、
天国は天空にある他の惑星の事でした。


そこで表現された”ゲヘナの業火”は
当初語られれていた、水星こそが地獄であると言う
概念に基づいていたと言う話も取り上げました。


太陽に近ければ近いほど熱く
そこには人は住めないと信じられていた水星が
地球社会の人間にとっての地獄のイメージだったと言うことです。


しかし実際は水星は熱い惑星ではありませんし
地獄は存在してはいないのです。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11003292677.html
天国と地獄
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11003294416.html
天国と地獄 後編


ただ私達の常識には存在しない法則があって


創造主の意識からかけ離れて転生を繰り返すと
その魂は消滅してしまう、もしくは個としての意識を
失ってしまうと言う事でした。


創造主の意識からかけ離れたものは
長く存在し続けることが出来ないのは人間も文明も一緒でした。


その時に創造主の意識から乖離した魂が
消滅する事が私達にとっての本当の死なのだと思います。


私達の社会は煉獄と言う言葉で
天国へのセカンドチャンスを説明しているようです。


しかし現実にはそのセカンドチャンスが実行されている場所は
地球社会の中での記憶を失っての転生です。


私達にとっての実際の地獄も煉獄も
この地球社会の中での記憶を失っての転生だと
いう話になってくると思います。


勿論この社会の中には天国へ転生間近な人間もいれば
魂の消滅間近な人間もいる事になります。


私達の暮らしているこの社会は
そんな色んな段階の魂が同時に存在している場所であると
説明する事も出来ます。


そして燃えさかる火の地獄など
人格神達に知識として与えられた後に
私達が想像を膨らませてしまった空想の産物だと言うことです。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11269525578.html
続・宇宙の法則
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11324048053.html
続・宇宙の法則 VOL2 輪廻と転生の法則

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


582 :サロメ☆ボウディア ◆IImpEahg5A :2013/06/27(木) 02:13:31.02
>>577
あなたがクリスチャンになれば理解できます^^

====

人間が生まれ 年老いることも本来はなかったことです

ですから人祖の堕落以前にも
来るべき神の御国でも

生老病死はなくなります

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

583 :神も仏も名無しさん:2013/06/27(木) 02:14:19.90
>>580
生老病死の存在しないエキゾチック・シイング
見つけてから偉そうなこといってくださいね^^
生まれたからには死ぬ。
これが地球のルールですから。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

キリスト教社会で残念に思うのは
元々がユダヤ教の延長としての習慣が強く残っているために
形式的なことを重視する傾向です。


それの最たるものは洗礼です。


パプテスマのヨハネは
水によるバプテスマを実行していましたが、


イエスキリストは精霊によるバプテスマをするのだと
表現されている箇所がありました。


この洗礼と言う行為は
私はある種の”きっかけ”に過ぎないと思います。


水による洗礼を受けることで
自分は今日からクリスチャンとして生きるのだと自覚して


それまでの自分の生き方を反省し
自分の罪を悔い改めるきっかけにしてそこから進化を始める機会とする。


私達はそのように理解すべきで、
洗礼を受けてクリスチャンとなった時に


自分はイエスにあるものとなったから
救われるのだと言う話にはなりません。


洗礼はあくまで形式であり
それ自体が人間を進化させるものでは有り得ないからです。


一方、更に進んだ聖霊に拠るバプテスマは、
そのまま私達が魂の意識を感じる体験を通じて
創造主の意識を感じる”きっかけ”となるものだと認識できます。


こちらの方が実質的な生まれ変わりのきっかけと
成り易いであろうことは想像が付きます。


一種の啓示体験だからです。


勿論この社会の人間の誰もがそれを体験できるものではなくて
そのために天使達は12使徒に想念波や何らかの科学的な介入で
彼らにテレパシーを感じさせたのだと理解しています。


そしてこれをイエスの”聖霊によるバプテスマ”と呼んだのだと思います。


更に繰り返し説明すれば、
聖書はその全てを文字通り受け止めてはいけないと言うこと。


考えてみれば2000年前の人間の表現と、
私達の表現が全く同じはずはないのですし


それをそのまま受け止めると彼らの”比喩”さえをも
私達は真理として認識する羽目になります。


表現の仕方にしても
”天の軍勢”と表現されると私達はそこに何を想像するのか?


”光る雲”と表現されれば私達は何を連想するか?
と言うことです。


そして自分が今日洗礼を受けてクリスチャンになったからといって
自分は昨日までの自分とは何も変わるものではないと言うことです。


変わるのは意識の持ち方であり
それが進化のきっかけになるかどうかは
本人の意識次第ではないでしょうか。


そしてここでは突っ込みを入れている人間の


「生まれたからには必ず死ぬ」


つまり「形あるものはいつかその形を滅ぼす」


と言う意識が正しいのは言うまでもありません。


日本の中ではキリスト教の信者は少ないと思います。


その多くが神道系や仏教系の宗教となっているからです。


そして日本社会にとってのキリスト教の弱点は
オカルトを信じない日本人の人間に対して
信者がオカルト満載に解説するからだと思います。


私がキリスト教会を訪ねながら
バプテストを受ける寸前にそこから去ったのは


私が神父さんに聖書の疑問を投げかけた時に


「イエスキリストが再臨する時に
今まで死んだ全ての人間が生き返り
そこで最後の審判が始まる」とか


「一瞬のうちにクリスチャン達が空中携挙される。」


という説明を受けたからでした。


アダムスキーがキリスト教徒に対して冗談で語っていたのですが


「今まで生まれていた人間の全てが蘇ったら
土(元素)が足りなくなってしまう」


と言う話にもなります。


つまりはキリスト教は聖書の多くの現象を
神の奇跡として受け止めているために、


今後もその奇跡が聖書に書かれている言葉のとおり
そっくりそのままこの社会に起きるのだと
信じている節があるのです。


しかし聖書の記述はその全ては奇跡ではなくて
実は科学力をも駆使した現実であったと理解すれば
その説明も変わってくるはずです。


日本でもイエスの使徒が増えるかもしれません。


ただ、私にしてみれば
”失われたイスラエルの家の羊”時代に
天使達に与えられた教えが神道で


イエスの先輩に当たる人間が
インドで教えたのが仏教で


そしてイエスの教えがキリスト教ですから


それらの元々の正しい教えを実質で学んでくれれば
全てはいくつく先は同じだと思うのですが、


この社会の人間は区別と分割がすきなのですよね。


天使達がこの社会に齎した宗教の共通点は
人間のあるべき生き方、道徳を語ったのですから
本当ならたどり着く先は同じだと思います。


どの経路を登っても頂上は一緒だと言うことです。


兄弟姉妹と理解者は生命の科学以外には
どんな教えを参考に宇宙の法則を学んでいるのでしょうね。


私は兄弟姉妹が
最終的には自分自身に学ぶことになると想像しています。


外からの著書による知識ではなくて
創造主からの知恵や知識を感じることになると言うことです。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
P.S.

きっと進化の進んでいる兄弟姉妹と理解者は
日々思考するのではなくて感じているのだと想像していています



http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11488909563.html
テレパシーと想念(幽霊は死んだ)前編 
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11488940601.html
テレパシーと想念(幽霊は死んだ)後編
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11489739555.html
波動と周波数 (幽霊は死んだVOL2)
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11431767436.html
続・宇宙の法則 VOL12 テレパシー
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11490838430.html
テレパシー (真理への近道)
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11326078801.html
自らに最適な戒律を課す

PR

コメント

[コメントをする]

コメント投稿

気になるキーワード

    アメーバID登録して、ブログをつくろう! powered by Ameba (アメーバ)|ブログを中心とした登録無料サイト