インフォアクシア 植木真氏|特別インタビュー

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2007年5月17日にWCAG 2.0(Web Content Accessibility Guidelines 2.0)のワーキングドラフトが更新され、ウェブアクセシビリティへの関心がいっそう高まっている。日本、世界におけるウェブアクセシビリティへの取り組みや現状の問題点、ウェブアクセシビリティの今後について、この分野の第一人者、株式会社インフォアクシアの植木真氏にうかがった。

聞き手

デジパ:加藤、土屋

加藤

そもそもウェブアクセシビリティに関わるようになったキッカケは何だったのですか?

植木

5、6年前、ユーザビリティのコンサルティング会社に転職しまして、その会社でアクセシビリティのチェックツールをローカライズするプロジェクトの話があって、それを担当することになったのがキッカケです。チェックツールのローカライズをしていく中で、たとえば全盲の人ともお会いする機会を持てるようになったんですが、彼らがパソコンを使ったり、点字をなぞっているところを見たりするようになって、全盲の方2人と弱視の方と僕の4人でサンフランシスコのステーキレストランで食事したこともありましたね。それに、全盲の人が全盲の人にパソコンを教える勉強会を見学したこともあるんですが、80歳過ぎのおばあちゃんが失明してしまってグーグルの使い方を一所懸命に習っていたのを見て、ウェブを障害を持っている人たちにとって、もっと使いやすくしていきたいという想いを強く持つようになりました。

加藤

5、6年前というとアクセシビリティに関して、いろいろ環境が整備され始めた頃ですね。

植木

米国ではリハビリテーション法508条が施行されて、日本ではJIS X 8341-3の策定が始まろうとしていた、そんなタイミングです。もともとJISというのは経済産業省の所管で、経済産業省としては電子政府、電子自治体の推進する上で、使える人、使えない人、いわばデジタルデバイドが出ないようにしたい。そこで主に官公庁、自治体が取り組むためにはどうしたらよいのか、それを日本工業規格にまとめたい、という流れがありました。欧米のアクセシビリティに関する取組みは公共分野からはじまってますが、実際JISが制定されて、日本では蓋を開けてみたら官公庁より企業サイトのほうが積極的でした。欧米の専門家たちと情報交換していても、おそらく日本が企業サイトの取組みにおいては世界をリードしているのではないかという話が出るくらいです。

加藤

JISのガイドラインの策定には制作サイドのお立場から関わっていらしたのですか?

植木

策定作業の最後の1年間だけ関わっていて、大学の先生とかメーカーの研究者、同業のコンサルタントなどと一緒に策定していました。僕がウェブ業界に入ったときは制作会社のディレクターをやっていまして、そのあと企業サイトのウェブマスター、そしてコンサルティング会社に転職したので、ウェブコンテンツを制作する側と、作ってもらう側、どちらでもない第3者的立場というのを渡り歩いてきました。JIS X 8341-3の策定に関わっていたメンバーやアクセシビリティの専門家の中では、そういうキャリアを持っているのは僕だけなんですよ。ですから、立場としては、コンサルタントになるんですが、気持ちとしては制作と運営の両方でしたね。標準化している現場とコンテンツ制作やサイト運営をしている現場との橋渡し、さらには日本のJIS X 8341-3と国際標準のWCAG2.0との橋渡し、そういうブリッジ的な役割が自分のミッションだと思ってます。

加藤

欧米と日本のアクセシビリティにはどんな違いがあるのでしょう?

植木

JISを作ったときに既存のガイドラインになかったものとしては、例えば、単語の間にスペースや改行を入れてはいけない、というのがあります。スペースや改行が入ってしまうと読み上げソフトからひとつの単語として認識されなくなるからです。WCAGワーキンググループで「日本ではこういう理由でスペースや改行を入れてはいけない、というガイドラインを作ったんだけど、英語や他の言語で同じ問題はないですか?」と訊いたところ、英語なんかでもスペースを入れたりすると単語ではなく、アルファベットで読み上げられるという同じ問題があったんです。他にも、形や位置だけで情報を伝えないとか、JISにはあってWCAGにはなかったガイドラインのほとんどが、今ではWCAG 2.0ワーキングドラフトの中に盛り込まれていますよ。WCAG 2.0が出た時点では、たぶん、言語に関係なく世界共通のものという感じになってくるんじゃないかと思います。

漢字の読みがなに関しても海外の人は理解できていなかったのですが、事例を交えて説明して日本語にはそういう問題もあるんだということを理解してもらって、それに関する項目もWCAG 2.0ワーキングドラフトに入っていますしね。WCAGワーキンググループも国際化、つまり特定の言語に依存しない、という方針があるので、日本からの提案や意見も取り上げられるようになっています。

植木真氏写真
(上記画像左側)インフォアクシア植木真氏
(同右側)アクセシビリティのポータルサイト、infoaxia(インフォアクシア)

土屋

今アクセシビリティで問題になっているのはどこですか。

植木

日本でいうと読み上げソフトの問題ですね。日本語の音声ブラウザやスクリーンリーダーの機能が、英語の製品なんかと比べるとかなり物足りないという点です。それがコンテンツを作る側の足かせになっている側面があって、何とかしていかないと日本だけ世界から取り残されるのではないかという危機感があります。

たとえば、見出しをマークアップしましょう、というのがありますけど、英語のスクリーンリーダーは見出しだけを拾い読みして読み上げることができるんですが、日本の主要なスクリーンリーダー、たとえば「PC-Talker」や「XP Reader」、新しいところでは「Focus Talk」などは、まだそういう機能を持っていません。

それに、もっと深刻なのは、Ajaxなどを使用したリッチなアプリケーションですね。W3Cでは、WAI-ARIA(Accessible Rich Internet Application)といって、Ajaxなどのウェブアプリケーションのアクセシビリティを確保するための仕様群の策定が進んでいます、英語のスクリーンリーダーでは、早速その仕様に沿って作られたものを読み上げられるものが出てきています。でも、日本のスクリーンリーダーは、果たして対応していってくれるのかな、というのを心配しています。そういったアクセシビリティを、コンテンツ制作者やサイト運営者だけじゃなくて、スクリーンリーダーの開発者、ベンダーにも働きかけていかないと、使いたい新技術が使えないジレンマに陥ってしまうので、何とかしなければいけないと思っています。

土屋

日本でデフォルトの読み上げソフトというと…

植木

音声ブラウザではIBMのホームページリーダー、スクリーンリーダーは個人的な感触ですがPC Talkerあたりのユーザーが多いですね。ホームページリーダーは機能的によいのですが、IE7とWindows Vistaに対応しないことを発表しているので、これからどうなるのか。海外には高機能なJAWSというスクリーンリーダーがありまして、日本語版もあるのですが価格が15万円くらいします。海外はJAWSがデフォルトで、JAWSで使えればOKという感じなのですが、日本では一部の人しか持っていないので、JAWSを基準とするわけにはいきません。かなり機能の劣るスクリーンリーダーをベースにしなければならず、それがコンテンツ側の足かせになる可能性があるのです。

土屋

とはいえJAWSはちょっと手が出ないですね。制作する側が検証用として用意するとしたら、やはりホームページリーダーですか。

植木

僕がおすすめしているのは、HTMLのチェックだったらホームページリーダー、FlashだったらPC Talkerですね。ホームページリーダーは、画面にも表示されるので初めてでも使いやすいと思います。PC Talkerなどのスクリーンリーダーは、画面が全く変わらないので、慣れるまでは使いにくいかもしれません。ホームページリーダーも、最新版の3.04でFlashに対応しているのですが、バグがかなり多くてちゃんと読まなかったり、途中でフリーズしたりするので、前バージョンの3.02をそのまま使っているユーザーも少なくないようです。

土屋

全盲の人がスクリーンリーダーを使い始める、というところで壁があるような気がします。フリーのスクリーンリーダーが出ないかなと思うのですが。

植木

ちょうどいま、オープンソース化の波がアクセシビリティにも来ていて、スクリーンリーダーも無料、かつオープンソースのものが出てきています。実はそれを日本語化しようという動きも既にあるんですが、機能はJAWSに似せているので、それが日本語でも使えるようになれば機能的にも十分ですし、ユーザーの経済的な負担もかなり軽くなるでしょうね。もしそれが実現できれば、国内のベンダーさんにとっても良い刺激になるんじゃないかなと思っています。またIBMさんもIBMさんで、ちょっと違うレイヤーというか、違う切り口で考えていらっしゃるので、決してアクセシビリティ関連の取組みを止めたということではないようですよ。

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※インタビューに掲載されている企業・団体様の活動と弊社は一切関わりがございません。

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