◆拍手喝采
ロシアのサンクトペテルブルクであった国際スポーツアコードに行ってきた。国際オリンピック委員会(IOC)や国際競技連盟の代表者らが集まる年に一度の会議なのだが、今年は特別。2020年夏季五輪の開催地を決める最初の招致プレゼンテーションがあるからだ。
9月の候補地決定に向けてよいスタートを切りたいから、不退転の決意と情熱で乗り切ろうと、僕は少し肩に力を入れて出掛けた。
結論から言えば、拍手喝采のプレゼンテーションになった。新聞は現場にいながらこういう場面をなかなか生き生きと描かないから、触れておきたい。
◆準備万端
トップバッターのイスタンブールが終わり、東京の順番。実際に開催地を決めるIOC委員たちを前にすると、さすがに張り詰めた空気がみなぎる。東京招致委員会の竹田恒和理事長があいさつして、僕の出番が来た。持ち時間は3分。仕事の合間に何度も練習してきた英語のスピーチだ。治安のよさ、日本人の真面目さ、それから開催資金がすでに準備できていることを前面に出そうとお金の話をした。
「財布を落としても中に入っているキャッシュごと戻ってきます」。会場からどっと笑いが起きた。東京では年間、30億円の現金が持ち主の元に返る。開催準備資金はすでに4000億円、「キャッシュで銀行にある」と言うと今度は「オー」という驚きの声と笑いが交錯した。大イベントの費用は普通、開催が決まってから予算化されるが、東京は準備万端だと強調したかった。
お金にまつわる話は時に嫌みに聞こえるが、みな好意的に受け取ってくれた。会場全体の緊張が解けていくのが僕自身分かった。プレゼン後の会見では外国人記者から「あのスピーチはスピルバーグを雇ったのか?」と聞かれもしたし、まずは順調な滑り出しになったと安堵(あんど)している。
◆よい経験
今回の旅はいきなり試練に直面した。羽田から乗り継ぎ地のフランクフルトに向かう午前1時発の全日空機が故障。「あと1時間待って」が2時間になり、とうとう欠航。翌朝の便に乗り換えた。サンクトペテルブルクでは渋滞に巻き込まれて市長との会談に遅れそうになり、車を捨てて地下鉄で移動した。
けれど、そのおかげでよい経験もできた。飛行機の到着時刻が変わったため、夜中の11時、ようやく日が沈むバルト海をみながら、かつてレニングラードと呼ばれた歴史の街をジョギングできた。
サンクトの地下鉄は深度80メートルにあることも知ることができた。東京で一番深い大江戸線でも40メートル。沼地だから深く掘らないと水が入ってきてしまうようだ。そのために駅間も長い。地上のバスは各駅停車、地下鉄は急行のような役割分担ができていた。興味あふれる旅でもあった。
▼猪瀬 直樹(いのせ・なおき)作家、東京都知事。1946(昭和21)年11月生まれ。87年「ミカドの肖像」で第18回大宅壮一ノンフィクション賞、96年「日本国の研究」で文芸春秋読者賞。02年、小泉内閣で道路公団民営化推進委員を務め、道路公団の民営化を実現させた。その時の話をまとめた「道路の権力 道路公団民営化の攻防1000日」「道路の決着」。近著に「決断する力」「突破する力」「解決する力」。07年6月、石原慎太郎前知事から副知事に任命され、12年12月の知事選で当選。日本の選挙史上最高の434万票を集めた。ツイッターのフォロワーは33万人。趣味はテニスとジョギング。
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