あの時に噛まれた跡が、まだ一か所だけ残ってる。
右の太ももの内側で
いちばん強く長く噛まれた場所
ユイ子じゃないよ、あいつは
あの方に対抗して左の太ももを噛んでたから。 w
右側の、あの方の噛み跡は
内出血どころじゃなくて、
少しだけ血が滲むくらいに強くてちょっと涙が出た。
いま残ってるけど、もう前に比べてすごく薄くなった。
あれからまだ数週間なのに
わたし何かあるたびに噛み跡を触っちゃう癖がついてる。
目が覚めてひとなでして
食べ終わって、ひとなでして
休憩にひとなでして
洗う時もひとなでして
眠るときはもうずっとそこに手を置いてる。
彼が与えてくれたものはたくさんあるけど、
目に見えて、かたちに残っているものはこれだけ
わたしが彼のモノだったっていう証拠。
だから、最初は「なくなってほしくない」っていう気持ちで
そこから「さみしい」になって
「嫌だ」になって
「こわい」になった。
もう一生
噛んでもらえないかもしれないのに、
この傷はそんなのおかまいなしに癒えていく。
癒えて、消えて、わたしとあの方の一晩があったことを
証明するものがなくなっちゃう。
そういうのが怖くて、わたしはもう一日中考えてる。
もしもわたしが生きるのをやめたら
この噛み跡は永遠にわたしの中に残って
彼との交わりがあったことが、
その証が消えることもなくなるんだなあって。
このただ一つの噛み跡のためだけに
というか、この一つの噛み跡のためだからこそ
自分のすべてを投げうって、自分のいのちをおしまいにすることは
ある意味まっすぐで、純粋で、素直で、綺麗で、簡潔に思えるの。
自分の中にはじめてそういう新鮮なきもちを自覚してる。
大げさだって、頭がおかしいって笑われるかな。
笑われるのも軽蔑されるのも同情されるのも馬鹿にされるのも、
この数日で全部経験したけど
これはリアルにわたしの心が感じていること。
「彼氏を好きすぎて死のうとしたことがある」って、
わたしの知り合いの方がわたしに教えてくれたことがある。
その時一瞬かんがえたけど
今はなんとなく、自分にも似たようなものを感じる。
だれかの理屈じゃない世界を自分が考えるとき、
それを理解することは重要じゃない。
ただふうん、って許容することが、というか
自分にはそれしかできない。
とにかく
たぶんわたしはこの噛み跡のために
あの方との記憶のために
あの方のために死ねる。