特集ワイド:パソコン遠隔操作事件、誤認逮捕次々 虚偽自白からの護身術
毎日新聞 2012年11月06日 東京夕刊
冤罪(えんざい)に詳しい秋山賢三弁護士は「軽微な罪ほど冤罪は起こりやすい」と指摘する。「取調官は『今認めれば罰金で済む』『すぐ保釈され家族にも会える』『意地を張っても裁判になれば有罪。早く認めて人生をやり直したほうが得だ』などと説得する。自白するしないは人間の強さと関係ない。もっと構造的な問題です」
横浜市のホームページに小学校襲撃の殺人予告を書き込んだとして逮捕された男性(19)は「認めなければ少年院に行くことになる」「否認すると長くなるぞ」と言われ、自白させられたとされる。
碓井教授は、虚偽自白をする主な理由に、(1)取り調べの苦しみから逃れる(2)自白したほうが得に思える(3)真実は後で明らかになるはずだと信じる−−を挙げる。「急に逮捕されるなど、突発的事態に際して人間には『正常性バイアス』が働きます。大地震の後、津波警報などが出ても『きっと大丈夫』と思い込んだ人がいたように、『警察が無実を信じてくれないわけがない』『冤罪が起こるわけない』と信じ込もうとするのです」
男性(19)の場合、逮捕から3日後に容疑を認め、上申書を提出した。田宮さんは「否認していた容疑者が自白を始めると、二度三度と供述が転じないよう上申書を書かせることが多い」と解説する。
この上申書には、誤認逮捕された男性が知るよしもない殺人予告の文言まで盛り込まれていた。「取調官が内容を教え、書かせたのでしょう。邪道です」(田宮さん)
秋山弁護士は、虚偽の自白をしてしまった容疑者や被告人が後で悔しがる姿を何度も見てきた。19歳の男性も上申書を提出した翌日には再び否認に転じている。「普通の人は、取り調べ中に供述調書の重みを実感できず、取調官の言うままに『はい』と相づちを打ち、取調官の作文に署名し、左手の人さし指で押印してしまう。それだけで、公判では自白調書の任意性から争わねばならないんです」
■
どうすれば自白せずに済むのか。日本弁護士連合会の山岸憲司会長は10月下旬、記者会見し、今回の事件で自白調書が作成された問題について「原因は密室で行われる現在の取り調べの構造的な在り方にある」と批判。取り調べの全過程の可視化を改めて訴えた。秋山弁護士は「IPアドレスを根拠にパソコン所有者に事情を聴いたまでは仕方ないにしても、その後が見込み捜査だったのではないか。日進月歩のIT絡みの犯罪は構造的に冤罪を招きやすいと認識し、慎重に取り調べるべきだ」と指摘する。