(7)森林火災と伐採の現状
〜クラビツ族の村6・外伝〜
このコーナーでは、ちょっと趣を変えて、我々が訪れた前年から起きた世界的な森林火災について簡単にまとめておきたい。また森林伐採の現状についても触れておく。
森林火災が始まったのは、1997年の7月ごろとされています。インドネシアのカリマンタン(ボルネオ島南部)とスマトラ島の森林で大規模な火災が発生しました。その煙がマレーシアやシンガポールまで流れて問題となりました。しかし、実際にはジャワやスラウェシ島など多くの地域で火の手が上がっていました。さらに世界的に見ると森林火災はインドネシアだけではなくフィリピン、マレーシアなど東南アジア諸国はもちろん、ブラジルやコロンビアなど南米、ケニア・タンザニアなどアフリカ諸国でも起きていました。
これだけ世界同時多発的に森林火災が起きた理由は、エルニーニョ現象にあると言われています。太平洋の南米ペルー沖の海水の温度上昇に伴う現象で、多くの異常気象を引き起こしますが、東南アジア地域では少雨になりやすいのです。とくに今回のエルニーニョは50年来で最大の規模と言われました。未曾有の旱魃になり、火災が広
がりやすい原因となりました。もっとも直接の原因は、焼畑や農園開発のために人が森林に火を入れたことにあります。本来なら熱帯雨林は全体に湿っていて、火を付けてもさほど燃え広がらないものですが、異常乾燥中だったため誰も制御できなくなったのです。
日本でも、97年 9月ごろから火災とそれに伴う煙害(ヘイズ)がニュースになり始めました。観光で訪れるのを取り止めた人もいるでしょう。多くの空港が煙による視界不良のため閉鎖され、
9月25日にガルーダ航空の定期便がスマトラ北部で着陸寸前に墜落しました。またマラッカ海峡では船舶の衝突も起きた。住民の健康被害も甚大なものになったと言います。全土の焼失面積は、インドネシアだけで
170万から 200万haと推測されています。またアマゾンの火災も同規模以上でした。
このインドネシアの火災は、12月に入って遅く始まった雨期到来で鎮静化したかに見えました。この地域は熱帯雨林気候だから年中雨が降りますが、とくに11月〜
4月は雨期とされます。しかし12月に降り出した雨は、その後ピタリと止まり乾期以上に降雨がなかったのです。1月には東カリマンタンで森林火災は再燃し、今度はマレーシア側のサバ、サラワク州にも火は広がりました。前年以上の規模で森林が燃え出したのです。98年2月、3月にもっともひどい火災と煙害があったそうです。また水不足も極限に達したと言います。日本ではあまり報道されませんでしたが……。
長く続いたエルニーニョも、今年5月にようやく終息宣言が出ました。そして雨が降り出し、さしものの火災も鎮火しました。
このような後に、私は訪問しました。そしてサラワク上空を小型機で低空を飛び、下界のおそるべき光景を目にしたのです。一面焼け野原。くすんだ大地を立ち枯れした木々が並び、地面が透けて見える。川筋以外はみんな灰色、茶色になっている地域もありました。尋常の面積ではなく、所によっては地平線まで広がっています。下界は緑と茶色のどちらが多かったか悩むほどでした。
さて私が訪れた8月は、本来なら乾期です。ところがやたら雨が降っていました。それも一日中降り続く。乾期といえどもスコールと呼ぶ夕立がある土地柄ですが、これほど降るのは珍しい。これが別の不安を引き起こしていました。 それはラニーニャの到来です。ラニーニャとはエルニーニョと正反対の現象で、南米の太平洋側沖の海面温度が低下するもの。こちらも地球規模の気候変動を引き起こし、冷夏、厳冬、大雨などが起きます。もし東南アジアがラニーニャの影響で大雨が続くと、森林火災でむき出しになった土壌が流されて地滑りや洪水が多発しかねません。まだラニーニャが始まったという公式な報告はありませんが、マレーシア政府はかなり神経質になっているようでした。 地上の熱帯雨林の中も歩いてみました。完全に焼けた樹木は少なく、多くは立ち枯れになっています。だがよく見ると、幹が焦げており、枝葉が褐色に変化していました。幸い林床には草や稚樹が伸びつつありました。
意外な後遺症も目にしました。直接燃えなくても枯れた木が多いのです。森林としてはどこにも火は付かなかくても、ほとんどの木が枯れている。近隣の火災の煙をもろに被ったためのようです。
ジャングルの中に倒木が多いのも感じました。どうやら水不足で枯れて、その後倒れるらしい。もともと熱帯雨林は、水不足に悩むことはあまりありません。樹木も耐乾性が低いのです。だから雨が降らない状況が長引くと、すぐ枯れる。巨木が倒れると、周辺の木もなぎ倒す。 そのため「昼なお暗い」はずの熱帯雨林に、意外と大きなギャップ(空隙)が各所に空いています。 樹木の損失は、今後も想像以上に広がるかもしれません。
ラニーニャは、現地住民に別の心配を起こしていました。サラワクは少数民族の多い土地ですが、多くは焼畑農耕を中心とした自給自足に近い生活行っています。乾期の終わりごろに森林を伐採して、雨期に入る直前に火入れ (それが昨年の場合、大規模な森林火災の原因にもなったのだが)して焼いた土地に陸稲や野菜などの種子をまくわけです。ところが昨年はエルニーニョの影響で、種子をまいても雨が降らなかった。そのため苗が全滅状態し、米も野菜も育たなかったのです。
ところが今度は雨ばかり。各所に伐採して火入れを待つばかりの所がある。ところが毎日のように降る雨で、伐採した木々や草が乾燥しないため火が付かないらしい。そのため焼畑ができず作付けも不可能になっているのです。 もしこのままだと、来年の収穫もなくなってしまうと現地住民は恐れていました。10月をすぎると害虫や病気が発生しやすくなるため、焼畑を行っても、まともに育たないそうです。
もし彼らの不安が現実化すると、来年早々サラワクに深刻な飢餓が広がる可能性があります。すでにインドネシアでは飢餓が発生しています。昨年はイリアンジャヤ(ニューギニア島)でしたが、今後どうなるか……。日本も食料援助を始めたようですが、日本自体も東北では不作になる気配ですからね。また米不足の再燃になりかねません。
森林伐採の現状についても報告したいと思います。
サラワク奥地のロングセリダンに行ったその際に林道を奥へ奥へと走った訳ですが、とうとう尾根に出て、峨々たる山々が連なる展望の地点にたどり着きました。思わず荷台の私は、運転席の天井を叩いて止まってもらいました。
標高が何メートルかわかりませんが、尾根が幾十にも重なり、見渡す限り続く熱帯雨林、ジャングルです。かつて子供の頃憧れた景色です。こんな所がまだ残っていたんだ、と思いました。
ところが、同乗のフジオカさんが指さす尾根を見て、愕然としました。そこをよく見ると、緑が削られ赤茶けた道があったのです。そして、目が慣れてくると、どの尾根にも林道が無残に引かれていることに気がつきました。この辺りはみんな伐採済だったのです。この森にシシ神はもういないでしょう。
フジオカさんが、以前日本から来た知人の女性を飛行機に載せて上空を飛んだとき、あまりの森の惨状に、同行の女性は泣きだしたそうです。その涙がフジオカさんの人生の転機にもなるのですが…。
すでにサラワクの森林伐採は、最終局面に入っているようです。現在伐採をしているのは、インドネシアとの国境付近で、あまりの山に林道も引けずヘリコプターで出材しているところも多いそうです。そういえば、我々が走っている林道では木材を積んだ車とは一度も合いませんでした。この地区の伐採は、ほぼ終了しているようです。いまや原生林が残っているのは、サラワクでは国立公園や野生保護区など一部だけでしょう。
もっとも、それならもう木を伐らないのかと言えばそうではなく、おそらく今後も二次林、三次林で伐られていくだろうし、植林地も含めて「林業」はサラワクの主要産業であり続けるのでしょうが…。
アニメ映画「もののけ姫」では、シシ神が消えた後に緑が復活します。しかし神のいない森です。私は、それを原生林が雑木林へと変貌する象徴のように捉えましたが、神はいず、畏敬もない、人と共生する優しげな森にボルネオも変わっていくのでしょうか。
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