カテゴリ[科学に佇む2007年]
2007/11/09
これめちゃめちゃおもしろいですよ。
400年前の日本、リアル実況中継。

『イエズス会宣教師が見た日本の神々』
ゲオルク・シュールハンマー (著)
安田一郎 (翻訳) 青土社 (2007/07)
今をさかのぼることはるか昔の16世紀。
鎖国前の当時、海を越えてバテレンの宣教師たちが入れ替わり立ち替わり、はるばる日本にやってきた。
彼らは黄金の国ジパングの、珍しさにあふれた見聞記をあれやこれやと本国に書き送る。
その書きようは、4世紀前にぽろっとほうり込まれた現代人がわけわからず失礼な見解を記録しまくるかのような、たいへんあられもなくわかりやすくおもしろいドキュメント。
そこいらじゅうに信仰のお社(やしろ)が満ちあふれていた昔の日本。
江戸時代より前、織田信長たちの時代。
4世紀前の日本は「ありえなく、けがらわしく、滑稽な物語 (p.13)」に満ちあふれた異教が跋扈する珍妙な異国世界。
「65歳の老女の記憶にしたがって」。
このあられもなさに「プリンセスまさこ」に近いものを感じてしまう。ああ不遜。
... 以下つづき...
仏教が神道を駆逐し呑み込んだような状態であった16世紀当時であったけれども、みなのしゅうの信仰対象は神でも仏でもなく「おてんとうさま」だった。へぇ~。
ああもう、なんとあられもない報告であることか。
仏教で言うところの「万物万象は仮象(けしょう)」なんて理屈は宣教師には一切関係ないらしい。昭和の人間にもなじみがある古来の常識なのに、イエズス会宣教師の目には異国の文化は野蛮なドジンの習俗であるかのように映り記される。
おそらく今どきのそこらの現代人(平成の子)が当時を見聞して記すであろう報告も、こんなもんになるんじゃないかと思えてきたり。
ひええええ。400年前のリアル「奈良」。
徳川綱吉の生類哀れみの令以前に、奈良で鹿で死刑! うーむむ。知らんかった。
当時の日本を知らないのは、バテレンさんの出身国の人たちも、今の現代日本の我々も同じようなもの。
つまり、400年前の日本の世界を、時代を越えて異人さんが我々に実況中継してくれているわけだ。
400年前の奈良春日大社(かすがたいしゃ)のようすについてもあれこれ詳しく教えてくれる。
春日大社の前庭は芝が10cmくらいに刈りそろえられていて美しいんだよ、とか、本堂では「非常によい絹の衣服を着て」いる高貴な尼僧達が「日本全土からやって来る巡礼に飲み物を提供」してくれます、とか。
参道の両側に立ち並ぶ石塔の上には、漆黒に塗られた木製の灯籠が乗せられており、
電気のない400年前世界の闇深い境内を、毎夜、二筋のゆらめく灯りで参道を照らし出す、みごとな細工の灯籠(とうろう)たち。
おおおお、目に浮かびますよ、まじ400年前の世界が。

当時の人間が当時のありさまを書き記す場合、地元内部の人間が書いてしまうと、当時の常識を共有していないヨソモノには状況がわかりづらいことがある。古文書の解読で、あれがわからんこれがわからんともめるのは、当時の常識がわからないから。
そのへん、このバテレンの宣教師さんたちは、400年前の日本各地の寺社のようすから、「ハチマン・ダイボサツ(八幡大菩薩)!」と叫んで戦闘に臨む薩摩軍団ニュース、神仏を恐れぬ信長の残虐な行状レポートなど、妙に基本的なところをはしょらずに(当時の常識についてわからない人にもウケるように)、リアルに伝えてくれるんですよ。
うわあ。
織田信長が比叡山の焼き討ち皆殺しをやった頃のリアル当事者だし。そんな書きようがもう、なにやら新鮮で、400年前世界からタイムトンネルダイレクトに実況中継されているようで、ビンビンおもしろい。

本書の書名は
『イエズス会宣教師が見た日本の神々』。そも宣教師の人々のご報告集なわけで、キリスト教徒から見た異教の観察描写もたくさんございます。
このくだりもたいへんおもしろい。
これが、バテレンの教えに接したときの、16世紀日本における各宗派のリアクション。ほんとに仏道や土着民間宗教は融通無碍(ゆうづうむげ)でタフ。

本書の中、カギカッコ部分は400年前の宣教師たちが当時記した言葉。
そこに注釈をつけ編集して紹介をするのは、1882年生まれのドイツ人神父である著者。
著者はこの本を明治時代に書き残した。今より80年くらい前の話だ。
本書の後半は、著者自身が日本を訪れ各地の有名寺社を訪れたときの紀行文と写真が収録されている。写真だよ。明治時代の各寺社の写真や、明治時代の祇園祭の写真、これもまたたいへん興味深い、味わい深い。ほんと見ていて気分は「うわー、まじ!?」

訳者は過去にアストン「神道」、バチェラー「アイヌの伝承と民俗」などを訳した経歴を持つ東大心理学科卒の自称「好事家」。
民俗学や神道の専門家というわけでは、ないのかな。
ちょっと気になった箇所が一個だけあったのだが。
あれ?
自分は、庚申(こうしん)信仰は「星の信仰」だと思っていたのですが。
庚申信仰は宿曜道(すくようどう 宿曜術)のひとつの宿「庚申」を元にしたものであり、宿曜道はさらに元をたどれば発祥はインドの占星術。
インド系の占星術を『宿曜経』の形ではじめて日本にもたらしたのは、かの有名な弘法大師さん。宿の一つには「牛宿」もある関係で、異国から渡来した牛頭天王信仰も、宿曜道の星の神と習合していった。というか、庚申様は陰陽道にもつながる「星」の信仰だったというのは当時的に常識だったんじゃなかったろうか。
自分もこのへんあまり詳しくはないのだけれど、どうなんでしょね。
庚申信仰で参照した書籍:
日本妖怪学大全』 小学館 2003年 石井明「怪談噺の誕生」p.329
『日本人の宇宙観 飛鳥から現代まで』 荒川紘著 紀伊国屋書店 (2001/10) p.110
『異神:中世日本の秘教的世界』 山本ひろ子著 筑摩書房 1998年 p.507
『西洋占星術 科学と魔術のあいだ』 中山茂 講談社現代新書 1992年 p.84

【昔の日本のリアル写真】
昔の日本のリアル写真が拝める本としては、これがおもしろかった覚えがある。
『開化異国(おつくに)助っ人奮戦記』
荒俣宏 著
小学館 1991年
明治時代の、まだまだ江戸時代の習俗風景が色濃い当時の日本が、さまざまに写真で収録されている。明治時代に日本を跋扈した変な外人さん(北大のクラーク先生含む)たちの話もたくさん、というか、そっちがメイン。常識はずれや目からウロコがいろいろ並べてあって、たいへん乙だったのでした。

★ 追記:こんな本もみつけたよ。
『モンスーン文書と日本 十七世紀ポルトガル公文書集』
高瀬弘一郎 訳註
八木書店 2006年
これの感想はこちら
2008年6月 『 モンスーン文書と日本:ポルトガル国王とジパング 』
日本も下手すると、ポルトガルの植民地になっていたかもしれないんだね!

400年前の日本、リアル実況中継。
『イエズス会宣教師が見た日本の神々』
ゲオルク・シュールハンマー (著)
安田一郎 (翻訳) 青土社 (2007/07)
今をさかのぼることはるか昔の16世紀。
鎖国前の当時、海を越えてバテレンの宣教師たちが入れ替わり立ち替わり、はるばる日本にやってきた。
彼らは黄金の国ジパングの、珍しさにあふれた見聞記をあれやこれやと本国に書き送る。
その書きようは、4世紀前にぽろっとほうり込まれた現代人がわけわからず失礼な見解を記録しまくるかのような、たいへんあられもなくわかりやすくおもしろいドキュメント。
『イエズス会宣教師が見た日本の神々』 p.7
ケンペルは一六九〇年におおげさに、こう書いている。「日本には、一つ、あるいは多数の太陽の社がないような町や村は一つとしてない」と。
そこいらじゅうに信仰のお社(やしろ)が満ちあふれていた昔の日本。
江戸時代より前、織田信長たちの時代。
4世紀前の日本は「ありえなく、けがらわしく、滑稽な物語 (p.13)」に満ちあふれた異教が跋扈する珍妙な異国世界。
『イエズス会宣教師が見た日本の神々』 p.13
神道の神話の主要な史料をなすものは、711年に65歳の老女の記憶にしたがって編集された『古事記』という最初の本と、720年に刊行された『日本紀』という二巻の第一巻である。
「65歳の老女の記憶にしたがって」。
このあられもなさに「プリンセスまさこ」に近いものを感じてしまう。ああ不遜。
... 以下つづき...
『イエズス会宣教師が見た日本の神々』 p.7の大意:
「彼らは神ではなく太陽に誓います。彼らは動物の形の偶像には祈らず、哲学者のように生きた昔の人々を信仰します。多くの人は太陽を崇拝しますが、月を崇拝する人もいます」。
仏教が神道を駆逐し呑み込んだような状態であった16世紀当時であったけれども、みなのしゅうの信仰対象は神でも仏でもなく「おてんとうさま」だった。へぇ~。
『イエズス会宣教師が見た日本の神々』 p.7の大意:
「太陽と月は、この世のすべてを創ったから神さまなのであり、また神さまが作ったものはすべて、同じように神さまですと彼らは言います。悪魔さえも神の創造物であり、すなわち神だから崇拝します。偉い呪術師たちはたくさんのお金をかせいでいます。彼らは非常に無知で、論駁しやすいです」。
ああもう、なんとあられもない報告であることか。
仏教で言うところの「万物万象は仮象(けしょう)」なんて理屈は宣教師には一切関係ないらしい。昭和の人間にもなじみがある古来の常識なのに、イエズス会宣教師の目には異国の文化は野蛮なドジンの習俗であるかのように映り記される。
おそらく今どきのそこらの現代人(平成の子)が当時を見聞して記すであろう報告も、こんなもんになるんじゃないかと思えてきたり。
『イエズス会宣教師が見た日本の神々』 p.50の大意:
「奈良は、カスンガという名の悪魔の一つの社(春日大社のこと)に従属しています。
カスンガには湖があり、無数の魚が上になり下になりして、泳いでいます。魚は偶像に奉納されたものですから、だれもそこから、魚を取りません。取ると、癩病になると信じられています。
カスンガに属する山〈春日山〉には、非常に多数の鶏がいますが、だれもこの鶏を殺しません。というのは、鶏殺しは殺人や盗みよりはるかにに重い罪だとみなされているからです。
通りには多数の鹿がいます。この鹿は偶像に所属しており、スペインの犬とまったく同じように、通りを走り回っていて、だれもこの鹿にさわりません。鹿をいじめた人は重罰を受けます。鹿を殺したら、全財産没収の上、死罪です。たまたま鹿がある通りで死に、病気で死んだという確証がないならば、その通りは打ち壊され、住民の財産は没収されます。このように、住民は悪魔の支配下に生きています」。
ひええええ。400年前のリアル「奈良」。
徳川綱吉の生類哀れみの令以前に、奈良で鹿で死刑! うーむむ。知らんかった。
当時の日本を知らないのは、バテレンさんの出身国の人たちも、今の現代日本の我々も同じようなもの。
つまり、400年前の日本の世界を、時代を越えて異人さんが我々に実況中継してくれているわけだ。
400年前の奈良春日大社(かすがたいしゃ)のようすについてもあれこれ詳しく教えてくれる。
春日大社の前庭は芝が10cmくらいに刈りそろえられていて美しいんだよ、とか、本堂では「非常によい絹の衣服を着て」いる高貴な尼僧達が「日本全土からやって来る巡礼に飲み物を提供」してくれます、とか。
参道の両側に立ち並ぶ石塔の上には、漆黒に塗られた木製の灯籠が乗せられており、
『イエズス会宣教師が見た日本の神々』 p.52
「社まであと50エレの所に、両側に、一列の非常に上手に切られた石柱が立っています。それらの四角の土台は、同一の石からできており、よく細工されています。どの石柱にも、黒く塗った木製の灯籠がついています。灯籠は金めっきした真鍮の枠組みがまわりをぐるっと取り巻き、浮き出た装飾がたくさんついています。灯籠の上には、土台のスタイルに応じた石でできた屋根がついているので、石細工のために瓦で覆われているように見えます。それで、水も風も光を損なうことはできないでしょう。なかには、非常に高価な細工をし、金めっきをした金属からできているものもありました。柱の中央には、それをここに立てさせた領主の名前が金の文字でいたるところに彫られていました。それは道の両側に50以上あり、夜中火がともっています。」
電気のない400年前世界の闇深い境内を、毎夜、二筋のゆらめく灯りで参道を照らし出す、みごとな細工の灯籠(とうろう)たち。
おおおお、目に浮かびますよ、まじ400年前の世界が。
当時の人間が当時のありさまを書き記す場合、地元内部の人間が書いてしまうと、当時の常識を共有していないヨソモノには状況がわかりづらいことがある。古文書の解読で、あれがわからんこれがわからんともめるのは、当時の常識がわからないから。
そのへん、このバテレンの宣教師さんたちは、400年前の日本各地の寺社のようすから、「ハチマン・ダイボサツ(八幡大菩薩)!」と叫んで戦闘に臨む薩摩軍団ニュース、神仏を恐れぬ信長の残虐な行状レポートなど、妙に基本的なところをはしょらずに(当時の常識についてわからない人にもウケるように)、リアルに伝えてくれるんですよ。
『イエズス会宣教師が見た日本の神々』 p.36
「私がニキジョウ[日乗上人]の迫害にあい、ウォアリ[尾張]の王、ノブナンガ[信長]の助けを求めるために[一五六九年に]旅行しているときに、これらの寺は旅の途中にあったので、すべて遍歴しました。」
うわあ。
織田信長が比叡山の焼き討ち皆殺しをやった頃のリアル当事者だし。そんな書きようがもう、なにやら新鮮で、400年前世界からタイムトンネルダイレクトに実況中継されているようで、ビンビンおもしろい。
本書の書名は
このくだりもたいへんおもしろい。
『イエズス会宣教師が見た日本の神々』 p.89-90
「センゴジュ〈真言宗の人〉は、われわれ〈宣教師たち〉が彼らのデニチ〈大日〉を教えた〈説教した〉と言います。ジェンス〈禅宗の人〉は、われわれのデウスは彼らのフォンベン〈方便〉だと言います。フォケソ〈法華宗の人〉は、われわれのデウスは彼らのミオ〈妙法〉だと言います。ジョンドス〈浄土宗の人〉は、われわれのデウスは彼らのアミダだと言います。またシント〈神道〉の宗派の人々は、それ〈デウス〉は自分たちが信仰しているコクジョ〈虚空蔵か〉だと言います」。
これが、バテレンの教えに接したときの、16世紀日本における各宗派のリアクション。ほんとに仏道や土着民間宗教は融通無碍(ゆうづうむげ)でタフ。
本書の中、カギカッコ部分は400年前の宣教師たちが当時記した言葉。
そこに注釈をつけ編集して紹介をするのは、1882年生まれのドイツ人神父である著者。
著者はこの本を明治時代に書き残した。今より80年くらい前の話だ。
本書の後半は、著者自身が日本を訪れ各地の有名寺社を訪れたときの紀行文と写真が収録されている。写真だよ。明治時代の各寺社の写真や、明治時代の祇園祭の写真、これもまたたいへん興味深い、味わい深い。ほんと見ていて気分は「うわー、まじ!?」
訳者は過去にアストン「神道」、バチェラー「アイヌの伝承と民俗」などを訳した経歴を持つ東大心理学科卒の自称「好事家」。
民俗学や神道の専門家というわけでは、ないのかな。
ちょっと気になった箇所が一個だけあったのだが。
『イエズス会宣教師が見た日本の神々』 p.37
コーシン(庚申)の祭のとき、熱心な信者は、庚申の星を崇拝して、夜通し過ごす。
訳者註:〈大阪四天王寺の庚申堂は、全国庚申信仰の本山。星の崇拝というのは、誤りでないか〉。
あれ?
自分は、庚申(こうしん)信仰は「星の信仰」だと思っていたのですが。
庚申信仰は宿曜道(すくようどう 宿曜術)のひとつの宿「庚申」を元にしたものであり、宿曜道はさらに元をたどれば発祥はインドの占星術。
インド系の占星術を『宿曜経』の形ではじめて日本にもたらしたのは、かの有名な弘法大師さん。宿の一つには「牛宿」もある関係で、異国から渡来した牛頭天王信仰も、宿曜道の星の神と習合していった。というか、庚申様は陰陽道にもつながる「星」の信仰だったというのは当時的に常識だったんじゃなかったろうか。
自分もこのへんあまり詳しくはないのだけれど、どうなんでしょね。
庚申信仰で参照した書籍:
昔の日本のリアル写真が拝める本としては、これがおもしろかった覚えがある。
荒俣宏 著
小学館 1991年
明治時代の、まだまだ江戸時代の習俗風景が色濃い当時の日本が、さまざまに写真で収録されている。明治時代に日本を跋扈した変な外人さん(北大のクラーク先生含む)たちの話もたくさん、というか、そっちがメイン。常識はずれや目からウロコがいろいろ並べてあって、たいへん乙だったのでした。
★ 追記:こんな本もみつけたよ。
高瀬弘一郎 訳註
八木書店 2006年
これの感想はこちら
日本も下手すると、ポルトガルの植民地になっていたかもしれないんだね!