保護入院の闇(2) 抵抗したら「統合失調症」
前回に続き、タカオさんの入院以前の背景を説明しよう。
タカオさんの母親は、自宅近くの2か所の保健センター(以後A、Bで表記)を訪れ、「息子が精神疾患で暴力をふるう」などと被害を訴え始めた。最初に対応したA保健センターの保健師は、母親の訴えを信じて嘱託の精神科医に面接を依頼した。
この医師は、大学病院に長く勤務したベテランだったが、母親の話だけでタカオさんを「人格障害(パーソナリティー障害)」と決めつけ、「統合失調症の疑いがある。措置入院(いわゆる強制入院)させたほうがいい」と勧めた。さらに保健師は、「(本人の同意がなくても母親など保護者の同意で行える)医療保護入院という方法もある」と母親に説明したという。
タカオさんの問題発生後、B保健センターに赴任し、経緯を詳しく調べた元センター長は、「母親は最初、措置入院や医療保護入院の制度を知らなかったが、精神科医や保健師の不適切な対応で、さらに深刻な問題が引き起こされた」とみる。
だが、母親を途中から担当したA保健センターの別の保健師は冷静だった。改めて違う嘱託の精神科医に依頼し、実家でタカオさんを直接診てもらった。結果は「明確な妄想は認められない。見識もはっきりしている」。精神疾患は否定された。
この保健師は、母親の訴えの真偽を探るため、警察署にも問い合わせた。刑事課の担当者は「110番が頻回にあり、その都度出動したが、本人は冷静に対応できており、措置(措置入院)にはならなかった」と答えた。これらの調査から、この保健師は「母親側に問題がある」と判断し、母親に口頭で注意をした。だが、母親の行動は止められなかった。
◇ ◇
話をタカオさんの入院時に戻そう。救急隊員の記録では、搬送時のタカオさんの意識は「清明」で、主訴は「めまい、全身の痛み」とある。幻覚や妄想、興奮などの記述はどこにもない。
救急車を降り、D病院に入ったタカオさんは、異様な雰囲気を察した。両脇と背後に男性看護師3人が立ち、タカオさんを取り囲んだのだ。ここで初めて、精神科病院であることに気づいた。
「オレは精神病じゃない!」
診察室を出て行こうとすると、看護師3人が力づくで抑え込んだ。体の自由を奪われながら、タカオさんは叫んだ。
「(母に)自作自演されている!」 「母がオレの人生をめちゃくちゃにした」
やぶ蛇だった。対応したD病院の精神科医は、タカオさんの必死の訴えを被害妄想と判断し、統合失調症と診断した。暴れれば暴れるほど、重症と判断される悪循環。腕に多量の鎮静剤が注射され、隔離室へ。この間、わずか10分だった。
1時間後、タカオさんは処置室に運ばれた。全身麻酔をかけられ、電気ショック(電気けいれん療法)。その日から10日間、手足を拘束され続けた。両腕、両脚を開いた状態でベッドに縛り付けられ、カテーテルで導尿が続けられた。
電気ショックは計6回に及んだ。
◆
統合失調症の誤診やうつ病の過剰診断、尋常ではない多剤大量投薬、セカンドオピニオンを求めると怒り出す医師、患者の突然死や自殺の多発……。様々な問題が噴出する精神医療に、社会の厳しい目が向けられている。このコラムでは、紙面で取り上げ切れなかった話題により深く切り込み、精神医療の改善の道を探る。 「精神医療ルネサンス」は、医療情報部の佐藤光展記者が担当しています。 |
(2011年12月14日 読売新聞)
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