保護入院の闇(4) 悪用防ぐ改革を

 医療保護入院の問題にふれる前に、精神科の入院制度について簡単にまとめておきたい。

 精神保健福祉法が定める精神科の入院制度は、3つに大別される。患者本人が入院に同意する「任意入院」、患者の保護者の同意で行う「医療保護入院」、都道府県知事の権限で行う「措置入院」だ。

 患者に治療の意志がある任意入院が、最も好ましい入院形態であることはいうまでもない。だが、統合失調症を初めて発症した患者は、自分が病気であることを自覚できず(病識がない)、入院を拒む例が少なくない。そこで、患者が入院に同意しない場合でも、保護者の同意で入院治療を行える医療保護入院制度が生まれた。

 

 ここでいう保護者とは、配偶者、親権者、扶養義務者、後見人または保佐人を指す。国の研究班が2007年度に行った調査では、実際に保護者を務めた人の内訳は、兄弟姉妹31%、両親26%、配偶者17%、子15%などとなっている。保護者を務められる人がいない場合は、市町村長が保護者になる。入院中に病状が改善し、本人の同意が得られるようになれば、任意入院に切り替える。

 最後が、いわゆる強制入院として知られる措置入院だ。精神疾患が悪化し、自分や他人を傷つける恐れがあると判断された患者を、都道府県知事が自らの権限で入院させる。治安維持的な側面を持ち、判断を誤ると人権を著しく侵害する恐れがあるため、通常は、精神保健指定医(一定以上の臨床経験があり、レポート提出で認定を受けた精神科医)が2人以上診察をし、入院が必要と認めてはじめて実行される。

 措置入院は、1991年(各年6月30日時点)には1万人を超えていたが、人権意識の高まりなどもあり、2007年には1849人となった。一方、医療保護入院は1998年には9万2千人だったが、以後増加が続き、2007年には12万人を超えた。このうち、統合失調症の患者は毎年約7万人。数を押し上げているのはアルツハイマー病などの認知症患者で、2007年には2万3千人となった。

◇          ◇

 医療保護入院制度の問題点は、国の検討会でも多く指摘されている。たとえば、「保護者の負担が大きすぎる」こと。病識のない患者は、入院させた保護者を恨み、退院後、関係が悪化するケースが目立つ。そのため、第三者機関を設けて入院の是非を判断する案なども出ている。ただ、費用や迅速性の問題などもあり、実現へのハードルは高い。

 保護者の選任が、比較的簡単な手続きで行われていることも、時に問題を生む。家庭裁判所が必要書類をもとに審判を行うが、ある精神保健指定医は「裁判所の審判はまさにザル。必要書類がそろっていれば認める」と指摘する。統合失調症の母親を医療保護入院させたことがある東京都の男性は「簡単に保護者になれることに驚いた。母親は特に病状が悪化したわけではなかったが、私が対応に疲れたので入れてしまった。入院をきっかけに症状が悪化し、今は後悔している」と話す。

 断っておかなければならないが、医療保護入院の多くは適正に行われているはずだ。この男性に悪意があったとも思えない。保護者の選任手続きを必要以上に複雑にして、対応に悩む家族をさらに追い込んではいけない。だが、今のままでは悪用も可能で、それが問題なのだ。

 「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」は、次のような場合は保護者になれないと定めている。「当該精神障害者に対して訴訟をしている者、又はした者並びにその配偶者及び直系血族」。しかし、両者の複雑な関係性までは考慮されない。そのため精神科医が、悪用を止める防波堤にならなければならないが、十分な対応が行われているとは言いがたい。

 岡山県精神科医療センター理事長の中島豊爾さんはこう指摘する。「統合失調症や認知症の患者を入院させたいと来院する家族の中には、神経質過ぎる人や、患者よりもある意味で病的という人がいる。家族にカウンセリングなどを受けてもらい、状況が好転した例もある。患者だけでなく、家族の言動にも注意を払うことが重要で、精神科医の力量が問われる」

 国は、医療保護入院制度の見直しに向けた検討を進めている。よりよい制度にするためには、患者や家族、そしてタカオさんのような「被害者」が、もっと声を上げていく必要があるだろう。


 統合失調症の誤診やうつ病の過剰診断、尋常ではない多剤大量投薬、セカンドオピニオンを求めると怒り出す医師、患者の突然死や自殺の多発……。様々な問題が噴出する精神医療に、社会の厳しい目が向けられている。このコラムでは、紙面で取り上げ切れなかった話題により深く切り込み、精神医療の改善の道を探る。

 「精神医療ルネサンス」は、医療情報部の佐藤光展記者が担当しています。
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2012年1月6日 読売新聞)

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