頻発する患者の死(1) 多量の薬剤投与…入院9日後に心肺停止
2007年6月28日、北海道の病院で当時38歳のアキラさん(仮名)の心肺が突然停止した。アキラさんの病名は統合失調症。任意入院して9日後のことだった。この間、尋常ではない量の薬が投与された。
アキラさんは以前、歯科医を目指して関東地方の大学に通っていた。成績はトップクラスで、解剖学の教授に目をかけられ、研究に没頭した。その最中の1994年、おかしなことを言い出した。「首にがんができている」。心配になった両親が、地元の北海道でMRIなどの検査を受けさせたが、異常はなかった。アキラさんは「触るとしこりがある」と訴えたが、何もなかった。
下宿に戻ると、アキラさんの言動はますます混乱した。「追手が俺を狙っている」「電話のベルに妨害されて勉強できない」などと、両親に度々電話をかけてきた。それが病気の始まりだった。
東京都内の病院2か所に計1年近く入院し、薬物治療を受けた。症状は落ち着き、デイケアに通い始めた。だが、発症前と比べて集中力が低下し、大学の復学は断念した。
実家に戻り、近くの総合病院の精神科外来に通いながら、静養を続けた。幻聴や妄想で混乱することはほとんどなくなり、歯科医の父親は「どんな形でもいいので、医院を手伝って欲しい」と考えた。アキラさんも、父親の仕事を手伝いたいという気持ちが強く、歯科技工士の技術を学び始めた。
アキラさんの趣味は音楽や映画の鑑賞で、レンタルビデオショップに頻繁に通っていた。2007年6月初めに借りた「宇宙戦艦ヤマト」を非常に気に入り、何度も見た。主題歌を口ずさんだり、動作が兵士のようにきびきびしたり、父親に敬礼したりするようになった。18日早朝、雲間から差し込む光を窓越しに見ながら、父親に言った。「あそこに宇宙戦艦ヤマトがきている。隊員になって地球を救わねばならない」
これは、再発した妄想なのだろうか。好きな映画に影響され、言動を真似ることはだれにもあることだ。判断に悩んだ父親は、翌日、病院に相談に行った。この1年ほど前からアキラさんを担当するようになった主治医は、本人を診ることなくあっさりと告げた。「妄想が出ているな。入院になりますね」
父親は自宅に戻り、アキラさんに主治医の判断を伝えた。アキラさんは少し考え込んだが、穏やかな口調で言った。
「分かった、早く治さないとね。すぐ帰るから」
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統合失調症の誤診やうつ病の過剰診断、尋常ではない多剤大量投薬、セカンドオピニオンを求めると怒り出す医師、患者の突然死や自殺の多発……。様々な問題が噴出する精神医療に、社会の厳しい目が向けられている。このコラムでは、紙面で取り上げ切れなかった話題により深く切り込み、精神医療の改善の道を探る。 「精神医療ルネサンス」は、医療情報部の佐藤光展記者が担当しています。 |
(2012年1月18日 読売新聞)
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