児童施設と向精神薬(3) 小刻み歩行の子どもたち

「このままでは本当の精神疾患にされてしまう」。危機感を強めた精神科医は、施設長に訴えた。

「なぜ、こんな状態になる薬を与えているのですか」

「ここは情緒不安定の子が多く、2人にも早く落ち着いてもらう必要があると考えました。薬のことは、専門医に任せているのでよく分かりません」

「2人は統合失調症ではないし、落ち着かない原因も明確。薬は必要ない」

施設長はしばらく考え込み、答えた。「検討してみます」


 一週間後、施設と連携する精神科病院の判断で、投薬は中止された。2人は服薬期間が短く、量も増えていなかったため、すぐにやめられたが、もし長期に及んでいたら減薬に時間を要し、副作用の一部が生涯残る恐れもあった。

 兄は振り返る。「薬を飲むと苦しくて、だるくて仕方がなかった」。だが、職員や年長の入所者による服薬管理が厳しく、「逆らうよりも、飲んで寝ているほうがまだ楽だった」という。

 精神科医はこの施設で、2人のほかにも、抗精神病薬を投与されていると見られる子どもを目にした。小刻み歩行(歩行機能が衰え、小さな歩幅で不安定に歩く)などが現れていたのだ。小刻み歩行は、神経難病のパーキンソン病の症状として知られるが、抗精神病薬の副作用としても現れやすい。

 施設長への訴えの後、精神科医がケースワーカーを通じて得た情報では、施設全体で子どもへの投薬の見直しが行われたという。

 2人が通う学校の対応は、適切だったのだろうか。2人は服薬していた期間も通学していたため、担任らは状態の変化に気づく場面があったはずだが、学校は動かなかった。

 しかし、仮に担任が変化に気づいて施設に問い合わせても、「専門医の判断」と言われれば引き下がるしかない。このケースは精神科医が訴えたので説得力があったが、医療の素人や教育関係者の訴えだけでは、迅速な対応は期待できなかっただろう。

 児童養護施設の多くは、薬よりも教育を優先しているに違いない。だが、教育と精神医療の連携強化が進む中、子どもへの過剰投薬が増える恐れは十分ある。このケースのような異常に気づいた時、私たちはどう対応すればいいのか。

 「やれることはすべてやって欲しいが、精神保健センターに訴えても、話を聞くだけで何もしてくれないことが多い。現状では、医療問題に詳しい弁護士らに事態を伝え、施設と直接交渉するくらいしか方法がないのが、この問題の根の深さだ」と精神科医は指摘する。

 2人の母親は3か月で退院し、元の生活が戻った。兄弟は今、高校と中学に元気に通っている。


 統合失調症の誤診やうつ病の過剰診断、尋常ではない多剤大量投薬、セカンドオピニオンを求めると怒り出す医師、患者の突然死や自殺の多発……。様々な問題が噴出する精神医療に、社会の厳しい目が向けられている。このコラムでは、紙面で取り上げ切れなかった話題により深く切り込み、精神医療の改善の道を探る。

 「精神医療ルネサンス」は、医療情報部の佐藤光展記者が担当しています。
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2012年4月20日 読売新聞)

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