学校と精神科(4) 高校生のオーバードース
京都大学大学院医学研究科准教授の木原雅子さんらが定期的に続けるWYSHプロジェクト高校生全国調査(2009年)で、高校2年の男子の3%、女子の6・6%が、抗不安薬や睡眠薬などの向精神薬を服用していることが分かった。常用量でも薬物依存に陥るベンゾジアゼピン系薬剤や、それに類似した作用の薬剤が長く処方されるケースもあり、深刻な状況だ。
子どもの側が、向精神薬の大量服薬(オーバードース)を目的に、診断能力の低い医師を利用するケースがあることも、全国高等学校PTA連合会などの調査過程で分かってきた。精神科や内科で「眠れない」「落ち込む」「人前で緊張する」などと訴えると、向精神薬が簡単に手に入るため、これをためて一気に飲むのだ。
「オーバードースは一種の自傷行為。リストカットを行うような感覚で大量に薬を飲む子が目立ってきている」と木原さんは危機感を募らせる。
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最後に、子どもの精神疾患予防の動きについてふれておこう。心の不調を訴える子どもは確かに増えている。木原さんは「1日に保健室を訪れる子どもの数は、平均30~40人にもなる。50人を超える学校もあり、養護教諭の対応の限界を超えている。子どもをすぐに精神科につなげたり、以後のフォローがしにくかったりする背景には、そうした事情もある」と指摘する。
だが、教育的な支援を差し置いて精神医療が優先されると、これまで取り上げたような様々な問題や悲劇が生じかねない。
10代後半から20代に発症する統合失調症は、「前兆の段階」で見つけて早期に薬物治療を始めると、脳の萎縮が抑えられるという報告がある。早期発見を推進する医師や製薬会社はこれを強調するが、一方で、抗精神病薬を長期服用すると脳の萎縮が進むという報告もある。現代の精神医療では、「前兆の段階」を事前に、正確に見抜くことはできず、対応を誤ると病気ではない子どもたちに一生消えない深刻な障害を与える恐れもある。
子どもの「うつ病」に早期対応しようという動きも根強い。発達途上で、感情の起伏が大きくなりがちな子どもに、安易に「うつ病」のレッテルを張るべきではないが、もし対策を施すとしても、まずは教育的支援や家庭環境の調整だろう。
抗うつ薬で症状の多くが改善する患者は、大人でも3割ほどだ。抗うつ薬は軽症や中等症のうつ病には効果がなく、効くのは重症の患者だけ、という分析もあり、そのような薬に過度の期待を抱くことはできない。子どもへの投薬を拡大したい人々が展開する「子どもの精神疾患キャンペーン」に踊らされてはいけない。
木原さんは今、子どもたちの心の不調が深刻化する前に、教育的にサポートする一次予防対策に力を注いでいる。「ストレスに弱くなった」とされる現代の子どもたちを、どう支えればいいのか。
「今の子どもたちは、友達とのトラブルまで教師に仲裁を求めるような、指示待ちの姿勢が非常に目立つ。こうした子どもたちは、自己決定力や自己解決力が弱く、自己肯定感も低いため、ささいな問題でもストレスを抱えてしまう。家庭とも連携しながら、子ども自身の力を育む教育を広げていきたい」
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統合失調症の誤診やうつ病の過剰診断、尋常ではない多剤大量投薬、セカンドオピニオンを求めると怒り出す医師、患者の突然死や自殺の多発……。様々な問題が噴出する精神医療に、社会の厳しい目が向けられている。このコラムでは、紙面で取り上げ切れなかった話題により深く切り込み、精神医療の改善の道を探る。 「精神医療ルネサンス」は、医療情報部の佐藤光展記者が担当しています。 |
(2012年6月5日 読売新聞)
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