ならず者医療(4) 「改宗」が退院の条件

 カルテには、主治医や理事長の理不尽な言葉があふれている。

 アヤコさんは入院当初、拉致という強硬手段で保護入院させた両親に「なぜこんなことをするの」などと真意を問う手紙を繰り返し送った。状況を考えれば当然の行動で、返事がなかったため何度か送ったのだが、両親は主治医に電話をかけ「毎日のように手紙が届いて困る」と訴えた。主治医は、アヤコさんのこの行動を病気ゆえの異様な執着と曲解し、「ご両親に謝らなければいけない」と要求し続けた。

 さらに主治医は、居心地の悪い実家にアヤコさんが長く留まっていたことも、「統合失調型障害」のためと解釈しようとした。カルテにはこう残っている(もとのままだと文章の意味が分かりにくいため、カッコ内に主語を追加した)。

 「どうも『両親と私は合わない。弟の妻もだめ』と(アヤコさんが)話す。こうした話を(主治医は)聞いていた。こちら(主治医)は『そんな風に両親と合わない、弟の妻が私を毛嫌いしているというなら、実家を出て独り暮らしを始めてはどうか。自分を養っていくだけの職業的技能を持っているのだから、なぜ実家にいるのか、あるいは何が実家に縛りつけているのか、こちらも理事長もそこが不思議だし、その縛りつけているものを解きたいと考えている。理事長がこれまでの出来事を書きなさい、というのはその手がかりをつかむためだ』と話す」

 

 これほど押しつけがましいことを言われたら、だれもが「いえ、結構です」と返したくなるだろう。だが、タチの悪い精神科でそんな自然な反応をしたら、「病識のないパーソナリティー障害」にされてしまうかもしれない。ご用心を。

 アヤコさんが実家に居続けた理由は極めてシンプルで、アトピー性皮膚炎が悪化して仕事ができず、独り暮らしをするための家賃が払えなかったためだ。「それでも拉致される直前にはだいぶ軽くなり、再び独り暮らしを始めようと思っていたところでした」。

 アヤコさんは、そのような説明を主治医や理事長に何度もした。文言がカルテにも残っている。だが、ハナから精神の病気と決めつけている(あるいは病気ということにしたいと思っている)主治医や理事長は十分な理解を示さなかった。

 入院して1か月が過ぎたころから、主治医の面接はハローワークのような様相も呈していく。主治医は記している。

 「あなたの技能を生かしていこうとなれば、英語塾を営むのが一案だろう。御両親は、給料取りと言えば役場の職員か、学校の先生しか思い浮かばない事だし。あるいは英語教室の講師に雇われるか、と話すと本人は『でも年齢制限に引っかかりそう』と言う」

 

 「患者」の社会復帰にまで目配りする姿勢は模範的だが、すぐに英語塾の経営や英語講師をやれるような人を、なぜ強制入院させているのか。前回、ベテラン精神科医も指摘したが、その理由がカルテからも読み取れない。

 両親の言動について、主治医が疑問を抱いたと見られる記述が各所にある。

 「本人が外出・外泊をしたい旨を家族に話したところ、父親から電話あり。『外出・外泊はさせられない』との事(父親の口調からは強い拒否を感じた)」

 

 結局、両親は実家での一時外泊を最後まで拒否し続けた。

 「両親のほうも、高学歴のいわゆるキャリアウーマンである患者本人に『スーパーマーケットのレジ打ちのパートでもいいから、仕事をしろ』など現実に即さない事を患者本人に言ったりもしている」

 「なかなか両親を交えての話し合いが持てない(家業の忙しさにかこつけて、両親は話し合いの時期を引きのばしている疑いさえ筆者は感じるが)」

 

 こうした疑問を抱きながらも、主治医や理事長は両親の話を信じようとした。理事長は一時、「あなたの話を聞けばきくほど、病気なのはあなたではなく、ご両親の方だということになってしまう。ご両親と会って話してみたい」と焦りをみせたことがある。そして両親に会ったのだが、「優しいまともそうな親」「やはり両親のいうことがどうみても正当」と結論づけた。

 アヤコさんがその判断の根拠を問うと、理事長は「精神科医としてたくさんの人に会ってきたから、人を見る目がある。あなたのご両親はまともな人達だ。だからあなたが妄想を持っているということになる」と言い切った。

 家庭内でありがちなもめ事の原因が、すべて1人にあると考えるのは無理があるが、主治医や理事長はアヤコさんのせいだと決めつけ、悔い改めさせようとした。彼らの、まるで尊大な教育者であるかのような、高度過ぎて意味が分からない説教の一部をカルテから抜き出してみよう。

 「『あなたは理屈だけで両親を納得させようとしている。しかし人間、智もあれば情もある。その情の部分で両親を納得させないといけない』と話す」

 「『結局、心から反省をしないといけない。反省をしているけれども、まだあなたが思っているほど十分ではない。例えば智の部分は足りているが、情や意の部分が足りない』と話す」

 「『考えるのではなく、思うという事はできないだろうか。考えるとなると、どうしても智の部分へ行ってしまう。思うということならば、情や意の部分へ進むのではないか。また世の中では理屈では正しくとも、そうは動いてくれないことがある。そういう部分が情や意で、その事を思うことができないだろうか』と話した」

 

 やがてアヤコさんに対する要求は、彼ら自身があれほど否定していた宗教的なニュアンスを帯びていく。

 「昨日、(アヤコさんは)理事長から『真理を見いだせないと退院は難しい』と言われ、どうしたらいいのか、と話す」

 「筆者(主治医)は『真理が分かるまで退院させない』とは確かに難問。僕なら『今の私には分かりません。それが唯一分かっている真理です』と話す。患者(アヤコさん)は『それじゃ認めてもらえない』と話す」

 

 この病院では、高僧のように悟りを開くか、一休さんのようにとんちを磨かなければ、退院できないのだろうか。

 さらに、宗教通を自認する理事長は『お天頭様』に愛着があるらしく、アヤコさんに何度も「改宗」を迫ったという。

 「日本人は古来から『お天道様』を信仰してきたが、本当の『お天道様』ではない。本当の『お天道様』の『とう』は『道』ではなく、『頭』と書く。この『お天頭様』は最高の神様で、神道の天照大神や仏教の大日如来よりもずっと上。真言宗の教えは真理ではないし、空海は悟っていない。真言宗や空海を信じてはいけない。『お天頭様』を信じなさい。あなたが『お天頭様』を信じると言わない限り、真理を悟ったとは言えない。真理を悟らなければ、退院させられない」

 カルテの隅に、理事長の書き込みがある。「御天頭様…簡単明瞭に本質を本物を求め続けること」。理事長は、アヤコさんへの対応でも「御天頭様」に胸を張れるのだろうか。

 統合失調症の誤診やうつ病の過剰診断、尋常ではない多剤大量投薬、セカンドオピニオンを求めると怒り出す医師、患者の突然死や自殺の多発……。様々な問題が噴出する精神医療に、社会の厳しい目が向けられている。このコラムでは、紙面で取り上げ切れなかった話題により深く切り込み、精神医療の改善の道を探る。

 「精神医療ルネサンス」は、医療情報部の佐藤光展記者が担当しています。
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2013年2月8日 読売新聞)

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