ならず者医療(3) ゴミ箱診断

 理事長がカルテに記した「統合失調型障害」(統合失調症型障害)とは何なのか。これは、統合失調症に類似の行動、思考、感情などが認められるものの、統合失調症には至っていないと判断される状態で、統合失調症に近いという考え方と、パーソナリティー障害(以前の人格障害)の一種とする考え方がある。いずれにしろ、統合失調症ではない。

 だが、アヤコさんの入院直後に作成されたカルテの病名欄には、統合失調症(Schizophrenia)を意味する『S』の文字が書き込まれ、医療保護入院の必要性や根拠を主治医がこう記している。「幻想妄想状態にあり、入院の要ありと判断するが、病識なく、同日医療保護入院。その際これまでの経過から不穏、衝動行為、迷惑行為があり得るため、隔離を行う」。

 主治医は当初、両親の話だけに基づいて、アヤコさんを悪化した統合失調症と見ていたのではないか。そのため入院時も、「幻想妄想状態」と書いた。だが、どんな状態だったのか具体的な記載はなく、「それほど崩れてもいない」との理事長の判断とも食い違う。「入院の要あり」の根拠となった「幻想妄想状態」が本当にあったのか、疑わしいのだ。そして診断は、密やかに「統合失調型障害としておく」に変更された。

 入院初日のカルテには、「当院に父母に付き添われ、民間搬送サービス車で受診、父や母の訴えについて否定ないし反論」ともある。しかし、アヤコさんは「入院当日、両親の姿は見ていません。両親と一緒に主治医の診察を受けたかのように書かれていますが、そんな事実は一切なく、いきなり保護室に入れられたのです」と証言する。

 「病識がない」との指摘もカルテに何度も登場する。これは、明らかに病気であるのに、病気の自覚がない状態をいうが、そもそも病気でなければ、病識など持ちようもない。アヤコさんは自分につけられた病名を知りたいと思い、主治医に繰り返し尋ねたが、「教えてもらえなかった」。自分の病気が何なのか教えてもらえないのに、病識がないから強制入院が必要、というのは酷な話だ。入院1か月半のカルテには、アヤコさんに薬の説明を求められ、答えた主治医の言葉がこう記されている。

 「今、飲んでいるのは、以前話したように睡眠薬と、いわゆる精神安定剤、専門用語で言えば抗不安薬、それと(リスペリドンという)思い込みや思い入れ、幻覚や妄想を抑える薬、こうした薬は統合失調症や躁うつ病でも使われるが、だからといってあなたがそうだという訳ではない。ただ薬の説明書にもそう書かれているかもしれないので、念のため説明した、と改めて話した。定期処方はこのままで」

 この時も、主治医はアヤコさんにつけた病名を明かさなかった。そこで後日、理事長に聞くと、「統合失調症ではないから、統合失調型障害とでも言うのかなあ」と軽い調子で言われたという。

 アヤコさんの10か月間の入院カルテは、ご本人の同意を得て、大学病院の精神科教授と精神科クリニックのベテラン医師に見てもらった。カルテは手書きで記されており、一部に判読が困難な文字がある。精神科教授は、一読した印象をこう語る。

 「一番気になったのは、医療保護入院の理由がよく読み取れないことです。入院した日のカルテには『幻覚(想)妄想状態にあり』と記載されていますが、文字を読める範囲では、それに関する明確な記載がないようです。『統合失調型障害としておく』とも書かれていますから、幻覚や妄想の内容や程度は詳しく書いて欲しい気がします」

 また、ベテラン医師はこうみる。「カルテには日々のやりとりが詳しく記されていますが、読んでも何のために入院させたのか分からず、そもそも医療を行う必要性が感じられない。カルテから伝わってくるのは、医師の戸惑いばかり。もう入院させてしまったし、すぐに退院させるのは家族が納得しないから、とりあえずパーソナリティー障害のような、精神科医の解釈次第でどうにでもつけられる診断名にして、しばらく置いておこうとしたと読むこともできる」

 パーソナリティー障害について、補足しておこう。この障害は、うつ病や双極性障害、PTSDなどと同様に過剰診断が問題視されてきた。性格的な偏りのために、若い頃から社会生活上の様々な問題が生じ、本人も周囲も苦しむケースなどは治療が必要だが、この診断名が怖いのは、精神科医の考え方や感じ方、周囲の受け止め方次第で、性格の特徴や個性までもが病気とされる恐れがあることだ。「パーソナリティー障害は、病名をはっきりとつけられない人に対して、精神科医が分かったふりをするためにつける診断名。いわばゴミ箱診断だ」と批判する声もある。

 アヤコさんの入院中、主治医との面接が繰り返し行われた。理事長の面接も時々あった。アヤコさんはその際、「宗教の知識で私の右に出るものはいない」と胸を張る理事長に仏教の教義などを聞かれ、勉強した内容を詳しく話した。すると理事長や主治医は、アヤコさんが「因縁」や「悟り」などの宗教的な言葉を使ったことが気になったらしく、以後、「因縁」などについて執拗に質問するようになった。

 入院10日目のカルテを見てみよう。まず、アヤコさんが主治医に語った言葉が記載されている。「人間は生まれた時から一生の役割というものがあると思う。私の場合、小説家になって『因縁』というものを明らかにする事だと思う」。

 小説家になるのは、アヤコさんの以前からの夢だった。アヤコさんによると、この時、主治医にさらにこう伝えたという。「なんとなく事件がおきて、なんとなく終わるような小説ではなく、仏教の縁起説にヒントを得た、因果のつながりを明確に表現した小説を書きたい」。

 簡単にまとめると、アヤコさんは「小説家になって因果を背景にした作品を書きたい。それが私の役割だと思う」と主治医に話したのだ。これに対し、主治医が答えた言葉がカルテにこう記されている。

 「(私も理事長も)因縁というものにあなたがこだわるのかが、まず分からない」

 「『因縁』『因縁』というが、自分からその『因縁』にしがみついているよう。また『因縁』『因縁』というが、その事に囚われ過ぎている。後ろ向きになっている。もっとこれからのことを考える、前向きのことを考えてもいいのではないか。このように話したが、本人自身はまだ分からないようだった」

 意味が分からない。因縁因果をテーマにした小説を書こうとすることが、なぜ後ろ向きなのか。なぜ因縁へのしがみつきになるのか。

 アヤコさんは言う。「因縁という言葉は仏教ではふつうに使う言葉ですし、仏教の考え方についてあれこれ聞かれたから話しただけです。日常的に因縁などの言葉を使い続けてきたわけではありません。主治医や理事長は、因縁という言葉を本来の仏教的な意味ではなく、なぜかオカルト的な意味で解釈しようとしていました。私は、仏教の縁起説の意味で使っただけなのです。あらゆる現象には必ず原因があるというのは当たり前のことで、因果律を否定するなら科学さえも成り立ちません」。

 統合失調症型障害の一つである統合失調症型パーソナリティー障害の人は、迷信や超常現象などを信じやすい傾向があるとされる。主治医と理事長は、こうした診断に結びつけようとするあまり、高野山真言宗に対するアヤコさんの信仰心までもオカルトで、病気の証と決めつけたのではないかとさえ感じられる。

 以後、主治医や理事長の面接は理不尽さを増していった。次回報告する。


 統合失調症の誤診やうつ病の過剰診断、尋常ではない多剤大量投薬、セカンドオピニオンを求めると怒り出す医師、患者の突然死や自殺の多発……。様々な問題が噴出する精神医療に、社会の厳しい目が向けられている。このコラムでは、紙面で取り上げ切れなかった話題により深く切り込み、精神医療の改善の道を探る。

 「精神医療ルネサンス」は、医療情報部の佐藤光展記者が担当しています。
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2013年1月23日 読売新聞)

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