ならず者医療(2) 「それは拉致です」と厚労省
精神科を受診したことのない女性が、事前の医師の診察もないまま見知らぬ男たちに簀(す)巻きにされ、強制的に精神科病院に送られた。人身の自由が憲法で保障される国で、こんなことがあっていいはずがない。アヤコさんの入院は、以前の「保護入院の闇」編でも問題を指摘した医療保護入院(文末に解説)として行われた。精神保健福祉法は、その際の移送についてこう定めている。
(医療保護入院等のための移送) 第34条 |
「指定医による診察の結果」とはっきり書いてある。これは、移送先の病院での指定医の診察とは異なる。厚生労働省精神・障害保健課は、事前の診察のない医療保護入院の強制移送について、こう断言する。
「それは拉致ですね」
だが、アヤコさんが今日に至るまで「拉致」の被害を繰り返し訴えても、公的機関は全く動かなかった。みな見て見ぬふりなのだ。精神科で生じた問題は、どこに訴えてもまともに取り合ってもらえないケースが目立つ。アヤコさんはどこにどう訴え、公的機関はどう突き放した(あるいは無視した)のか。これは後日、詳報する。その前に、入院の経緯と退院までの経過を引き続きたどっておこう。
取材は病院にも申し込んだ。だが「患者さんのプライバシーに関わるため、一切お答えできない」との回答だった。「取材は(アヤコさん)ご本人の希望でもある」と繰り返し伝えたが、病院の姿勢は変わらず、取材できなかった。そこで、アヤコさんが2012年に開示請求で取り寄せたカルテと、アヤコさんの証言をもとに病院の対応を検証していく。
アヤコさんが連れ去られる8か月前の2007年6月、両親が病院に相談した記録がカルテに残っている。それによると、アヤコさんは怪しげな宗教団体に出入りし、仕事は何をやっても続かず、家に引きこもって家族に暴力を振るったり、嫌がらせのメールを送ったりするなど、迷惑行為を続けてきたという。カルテには更にこうある。「意味不明な読経をあげる等、迷惑行為多発、病識欠如し、無為自閉生活が5~6年続く」
実際はどうか。アヤコさんは大学を卒業後、大手企業に就職して14年間勤務した。「激務に疲れて退職」し、自然が豊かな地域に移り住んだ。そこで、得意の語学を生かしてフリーの立場で通訳や翻訳の仕事を始めるつもりだったが、持病のアトピー性皮膚炎の再発で計画が狂ってしまった。
実家に戻り、体調を回復させて新たな仕事を始めようとしたが、同居する義妹などとの関係がギクシャクして、ストレスをためた。そのためか、アトピー性皮膚炎がますます悪化し、外出もままならぬようになった。義妹に対する悩みをメールに書いて、義妹の夫である弟に送ると、両親からも非難されるようになった。
それでも、体調がよい時は大手企業で翻訳などの仕事をしたが、技能を生かせる職種はみな短期契約だった。「怪しげな宗教」にはまったこともない。実家でお経をよんだことはあるが、「意味不明」ではなく、般若心経などだった。高野山真言宗の教義に興味を持ち、関連の本を読んだり、独自に勉強したりしていたのだ。
「両親は、私が危ない宗教にのめり込んでいると思い込んでいました。高野山真言宗だと何度説明しても、分かってもらえなかった。派遣社員という仕組みも理解できなかったようで、契約通りに数か月の仕事をしているのに、人間関係がうまくいかず、すぐに会社を辞めさせられていると思い込んでいた。そうした誤解をそっくりそのまま、精神病院に伝えたのです」
「暴力をふるわれた」との両親の訴えも、アヤコさんは否定する。「母親はステロイド剤の副作用で骨粗しょう症が進んでいるので、暴力をふるったりしたら、寝たきりになってしまう。そんなことをするわけがない」
話を病院到着直後にもどそう。看護師に呼ばれ、主治医が再び保護室にやって来た。その際、アヤコさんはこう訴えたという。
「診察もしないで、人に暴力を振るったり暴れたりしたわけでもない一般の人間を、精神病院に監禁するなどということが許されるんですか。先生は、私の親の一方的な話を聞いただけで私を病気だと決めつけたのかもしれませんが、私は暴力的な手段で精神病院に監禁されなければいけないような人間ではありません。私が在籍していた学校の先生や、職場の上司や、友人に問い合わせていただければ分かります。まず客観的に私を評価できる人に電話をしてください」
すると主治医は困惑した顔になり、「僕はあした休みなので、あさってまで診察できません」と言ってそそくさと保護室を出て行った。夕刻、ナースステーションに呼ばれてこの病院の理事長に会った。隣には主治医もいた。理事長はアヤコさんを見るなり「あなたは体格もいいし、統合失調症じゃないよ。統合失調症の人はこういう体をしているんだよ」と言い、肩をすぼめてうつむいて見せたという。主治医は黙って下を向き、アヤコさんと目を合わせなかった。
理事長はさらに、アヤコさんにこう伝えたという。「今日はもう遅いし、今からご両親に電話して『娘さんは病気ではないので迎えに来てください』と言っても納得しないかもしれないから、少しの間、ここにいなさい」。アヤコさんは「ここにいる理由はないので、すぐに出してください」と何度も訴えたが、理事長ははぐらかし、看護師に「この人は保護室にいる必要はないから、大部屋にベッドを用意して」と指示を出した。
この日のカルテには、理事長の意見がこう記されている。「これまでの病歴要約を読む限りでは『統合失調症』としてもよいが、本人と話をすると、それほどくずれてもいない」
ここでいう病歴要約とは、両親の話だけに基づいて作られた仮の「病歴」だ。それだけで「統合失調症」としてよいはずはないだろう。さらに、アヤコさん本人に初めて会って「くずれてもいない」と判断したのに、入院を続けろと言い、統合失調症の幻覚や妄想を抑える抗精神病薬(リスぺリドン)などを処方し続けた。数日後、理事長はカルテの隅にこう記した。
「統合失調型障害としておく」
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医療保護入院 本人から入院の同意が得られない場合、両親ら保護者の同意と精神保健指定医1人の判断で、精神科病院の管理者が行うことができる強制的な入院の一種。この制度は問題が多く(一部見直しが行われている)、家族が身内を懲らしめるために入院させたり、認知症などの人を入院させて財産を奪ったりするなど、悪用される恐れがある。精神保健指定医が、常識的な判断力を持ち合わせていれば悪用は防げるはずだが、保護者の話だけをうのみにして、入院の必要がない人や、精神疾患ですらない人を長期入院させるケースが繰り返されてきた。病院が医療保護入院を行う場合、都道府県の精神医療審査会が個々の入院の適否を判断するが、この組織も機能不全を起こしており、アヤコさんのケースでも全く機能しなかった。 |
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「精神医療ルネサンス」は、医療情報部の佐藤光展記者が担当しています。 |
(2013年1月16日 読売新聞)
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