薬剤師の責任 戦う門前薬局
向精神薬の不適切処方を防ぐためには、薬剤師の力が欠かせない。薬剤師法はこう定めている。
第24条 |
こうした問い合わせを疑義照会といい、処方せんに不適切な用法用量や併用禁忌の組み合わせが見つかった時などに行われる。医師がこうした処方を意図的に行った場合は、薬剤師が納得できるように説明しなければならない。疑義照会を怠り、患者が被害を受けると、医師だけでなく薬剤師も責任を問われる可能性がある。
だが、プライドが高い医師との関係の中で、薬剤師が疑義照会を繰り返すことは容易ではない。特に門前薬局の場合、医師の機嫌を損ねると、とんだしっぺ返しを食らう恐れがある。首都圏で約30年間、調剤薬局を営む60歳代の薬剤師フジタさん(仮名)のケースを紹介してみよう。
フジタさんの薬局は、ターミナル駅近くの繁華街にある。すぐ近くに精神科のAクリニックができ、当初はそこから多くの患者が処方せんを持ってやってきた。だが数か月間、Aクリニックの患者と接するうちに、診断や処方の異常さに気付いた。
Aクリニックは、うつ病の診断数が周辺の精神科クリニックよりも明らかに多かった。一時的な落ち込みでもうつ病になってしまうようで、抗うつ薬の処方指示が絶え間なく続いた。初診時はSSRIの単剤処方だが、すぐに別のSSRIやSNRIなどが加わって抗うつ薬が2剤、3剤になり、半年もすると抗パーキンソン病薬なども追加され、8剤、9剤になる患者が多かった。それで改善に向かうのならいいが、その気配すらなかった。
目に余る過剰な投薬が始まった当初、疑義照会をした。すると院長は悪びれる様子もなく、言い放った。「うちはテーラーメード医療。処方は患者の状態に応じて独自の考えで行っているので、問い合わせは一切しないでください」
以後も疑義照会を繰り返したが、答えはいつも「そのまま出してください」。院長は電話に出ず、受付の職員がそう答えることも多かった。一方で、院長は患者に「薬局で用量が多いと言われるかもしれないが、そのまま出してもらいなさい」と言ったり、「うちは高い薬を使うので、(薬代の負担が1割になる)自立支援を申請してください」と求めたりすることもあったという。
このように、薬剤師が疑義照会を行っても、医師が処方の意図を十分に説明せず、「そのままでいい」と押し切るケースは少なくない。「調剤して本当によかったのか」。薬剤師たちは日々、葛藤している。
Aクリニックの患者は、地域性もあって若い人が多い。処方される多量の向精神薬の影響で太り、悩みを深める人が目立つようになった。30歳代の女性は、複数の抗うつ薬を飲み始めて1か月で体重が3キロ増え、その後も増加が続いて半年で10キロ増になった。この急激な肥満で女性は更に落ち込み、うつ状態が悪化していることが調剤中の会話で分かった。そこで、フジタさんは「薬を減らしたほうが良くなるかもしれません」と伝え、いつも納得できる処方せんを出す別の精神科クリニックの受診を勧めた。女性はそこで薬を減らし、すっかり回復した。
多量の向精神薬を服用する患者が「最近、動悸がして」と漏らした時には、すぐに総合病院の受診を勧め、心膜炎と分かったこともある。薬が心膜炎を引き起こした可能性は低いが、Aクリニックの院長は、不整脈を起こしてもおかしくないほどの多量の薬を処方し続けながら、患者の動悸の訴えすらもきちんと聞いていなかったのだ。
患者を守るため、こうした対応を続けていたある日、フジタさんの薬局の隣に、まるで当てつけのように別の薬局がオープンした。その日以来、Aクリニックの新規患者はこの新しい薬局に行き、フジタさんの薬局には一切来なくなった。Aクリニックの受付で、患者を新しい薬局に誘導しているようなのだ。これが事実だとすれば、Aクリニックは禁止行為を行っていることになる。
保険医療機関及び保険医療養担当規則 |
訪れる患者は減ったが、フジタさんに後悔はない。若いころ、ミドリ十字で働いたことがある。この製薬会社に根付く隠蔽体質に気付き、薬害エイズ事件が起こる前に辞めたが、以来、「薬害を防ぎたい」との思いで、患者に積極的に接するようになった。
今日も、Aクリニックの処方せんを持った太めの患者たちが、フジタさんの薬局には目もくれず、隣の薬局に吸い込まれていく。フジタさんはもう、こうした患者たちにアドバイスをする機会がないが、それでも「薬剤師として、あの患者さんたちを何とか救う手はないか」と考え続けている。
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統合失調症の誤診やうつ病の過剰診断、尋常ではない多剤大量投薬、セカンドオピニオンを求めると怒り出す医師、患者の突然死や自殺の多発……。様々な問題が噴出する精神医療に、社会の厳しい目が向けられている。このコラムでは、紙面で取り上げ切れなかった話題により深く切り込み、精神医療の改善の道を探る。 「精神医療ルネサンス」は、医療情報部の佐藤光展記者が担当しています。 |
(2012年12月4日 読売新聞)
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