言葉を奪われた青年(5) 医者の良識はどこへ?
精神疾患と似た症状は、ホルモンを作る臓器の障害による内分泌代謝疾患や、神経系の病気などでも表れることがある。そのため、必要に応じて画像検査や脳波検査、血液検査などを行い、これらの病気ではないことを確認した上で、精神疾患の診断を行うのが原則とされている。
タクヤさんが、最初の精神科病院でこうした検査を受けたかどうかは定かでない。母親は「治療の進め方について、私たちにはまったく説明がなかった。検査をしたという話も聞いていない」という。
大学病院に移り、タクヤさんは頭部のMRI検査や脳波検査を受けた。結果的に、大きな問題は見つからなかったので良かったが、こうした検査を全く行わないまま、診断を確定する精神科医が今も存在するので注意が必要だ。精神科医の斉尾武郎さんは「最近、一般にも名がよく知られ、とても有力な精神科教授が率いる大学病院を退院した患者さんを診ましたが、入院中に脳波検査すら受けていなかった。大学病院でもこんなレベル」と指摘する。
タクヤさんはMRI検査で、脳の表面を覆うくも膜に直径2センチの「くも膜のう胞」が見つかった。これは、脳の画像検査の進歩でよく見つかるようになった髄液の袋で、多くは治療の必要はない。タクヤさんのくも膜のう胞も、精神科の主治医が「心配ない」と判断した。
だが、次第に大きくなって脳を圧迫する場合は、手術が必要になる。発達障害の人は、くも膜のう胞が見つかる確率が高いとの指摘(くも膜のう胞が発達障害の直接の原因とはされていない)や、くも膜のう胞による脳の圧迫で統合失調症様の症状が出たという報告もあり、今後の詳しい調査が待たれる。
最後に、今回のケースでまた浮き彫りとなった精神科の診断と治療の問題に対しての、斉尾さんの「嘆き」を紹介する。
統合失調症の診断の基礎を築いたエミール・クレペリンら昔の研究者は、知的障害の患者さんが幻覚妄想状態になると、統合失調症が合併したと考えて、これを接枝統合失調症(接枝分裂病)などと呼んでいました。それが最近は、知的障害や発達障害の人は環境への適応能力が低いので、しばしば困難な事態では解離性障害を起こすのだ、という考え方に変わってきたようです。 ところが、こうした考えは日本では広まっていない。今の日本の精神科医のお粗末な診断の背景には、幻聴があったら統合失調症だ、というあまりにも単純な思考があるのです。発達障害の人は精神的に余裕がなく取り乱しやすいので、それが幻聴や幻視のような形になって現れるのだろうという、ごく常識的な考え方をすればいいのに、それができない。 幻聴はいろいろな原因で起こります。自分の思考がゆえなく他人に知られている感覚(自我障害)とか、周りの人たちが自分に対して危害を加えるといった関係被害妄想的なニュアンスが幻聴になければ、統合失調症の幻聴と考えるのは無理があるのですが、精神科医ならば当然できなければいけないそういう判断が、できない人が多い。つまりは、基本的な診断能力がほとんどないのです。 薬の問題も同様です。抗精神病薬は抗幻覚作用や鎮静作用くらいしか期待できないし、SSRIなど新しいタイプの抗うつ薬は、こだわりをなくす作用で気持ちが楽になるのを助けるものだし、実のところ、精神科の薬は病気の症状の一部にしか効いていないのです。そこを理解せず、病気全体を治している気になったり、対症療法として種々雑多な薬をごちゃまぜにしたり、というのが精神科医の現実だろうと思います。 最近も、不適切な治療を受けた双極性障害の患者さんと出会いました。有名な大病院の精神科医が、この患者さんの強迫症状を抑えようと、なんと躁状態であるにも関わらず、SSRIの大量投与を行っていたのです。SSRIには確かに抗強迫作用がありますが、気分を上げるので、躁状態にある双極性障害の患者さんに使うと当然のことながら躁状態が増悪します。で、これを抑えるために、鎮静効果を期待してロドピンをはじめとする強力な抗精神病薬を浴びせかけるように使っていた。処方のしかたがむちゃくちゃなのです。 そもそも双極性障害の患者さんに強迫的な言動が現れた場合、それは強迫性障害の合併とは限りません。同じ行動を延々と意味もなく繰り返す常同行為の場合もあるし、躁状態でよくみられる行為心迫(次から次へと新しいことに手を出す状態)の可能性もある。そういった症状の鑑別が必要なのですが、そういうこともしていない。 このケースでは、主治医が強迫性障害と考えた症状は実際には行為心迫でした。となれば、単純に躁病として治療すればいいわけです。抗うつ薬を躁病に投与して悪化させつつ、抗精神病薬で鎮静するという馬鹿げた処方はしなくて済んだはずなのです。双極性障害に強迫性障害が合併することはありますが、基本的な勉強ができていれば、双極性障害の治療を優先する方法とか、両者が合併した場合に非定型抗精神病薬の使用にのみ弱いエビデンスがあるとか、そういうことが分かるはずなのです。 いずれにせよ、精神科医が現実の患者を治療する戦略を全く勉強しておらず、場当たり的な対応に終始しているからこそ、多剤大量投与になると思います。青少年に関する薬物療法は、そもそも思春期の人たちの症状は移ろいやすく一過性だ(ほとんどが病気ではない)という基本を認識していれば、そう簡単に踏み切れるものではないです。基本を勉強せず、適当に診療しても怖くない精神科医がなぜこれほど多いのか。精神科の治療ではすぐには死なないので、間違った治療に対する罪の意識が薄いのでしょう。薬物療法を深刻にとらえすぎて、治療できない精神科医というのも困りますが、良識があれば、治療効果が出ない時は軌道修正するはずです。ところが今は、軌道修正する精神科医のほうが珍しい。 |
暴走する精神科医たちが、良識と学識を取り戻す日は来るのだろうか。
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統合失調症の誤診やうつ病の過剰診断、尋常ではない多剤大量投薬、セカンドオピニオンを求めると怒り出す医師、患者の突然死や自殺の多発……。様々な問題が噴出する精神医療に、社会の厳しい目が向けられている。このコラムでは、紙面で取り上げ切れなかった話題により深く切り込み、精神医療の改善の道を探る。 「精神医療ルネサンス」は、医療情報部の佐藤光展記者が担当しています。 |
(2012年11月26日 読売新聞)
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