言葉を奪われた青年(3) 「誤診」明かし消えた主治医

 タクヤさん(仮名)の精神科病院での入院は1年に及んだ。この間、多感な少年は多剤大量投薬を受け続けた。「僕には薬は効かない。薬じゃ治らないんだ!」。いくら叫んでも、主治医は聞き入れてくれなかった。両親もまた、息子よりも精神医療を信じてタクヤさんの必死の叫びを聞き流した。母親は今、「おかしいのは私たちの方だった。後悔してもしきれない」と悔やむ。

 クロルプロマジン、レボメプロマジン、ルーラン、セロクエル、ジプレキサ、リスパダールなどの抗精神病薬が、一度に複数使われた。この中には、タクヤさんが陥った常同行動などの強迫症状をさらに強める恐れが指摘されているものもある。発達障害に詳しい精神科クリニックの医師は指摘する。

 「発達障害の可能性がある人に強迫症状が出た場合、少量のオーラップ(神経系用剤)か、少量のエビリファイ(抗精神病薬)などで様子をみるのが一般的。同時に家庭や学校のストレス因子を突き止め、生活環境の改善をはかる。しかし発達障害が眼中にない精神科医は、すぐに統合失調症と診断するので、リスパダールやジプレキサなどを最初から出して、かえって強迫症状を強めてしまう。そして薬がどんどん増えていく」

 結局、タクヤさんは主治医にさじを投げられた。「薬は全て使ってみましたが、効果がない。これ以上は無理です。残念ですが、交通事故にあったようなものだと思ってください」。

 さらに主治医は、タクヤさんの退院直前に、こう言って姿を消した。「統合失調症ではないかもしれない。強迫性障害かもしれない。自信がなくなったのでアメリカかどこかで勉強し直します」。精神科では、医師のこんな無責任な言動もまかり通る。学習材料にされ、症状悪化のまま放置された患者はたまったものではない。

 主治医は変わったが、外来でも相変わらず多剤大量投薬が続いた。タクヤさんの体調はすぐれず、近所の内科で安静時の脈拍が140もあることが分かった。内科医は「このままでは危ない。薬が多すぎる」と危機感を抱き、精神科病院に電話をかけたが、以後も薬は減らなかった。

 退院の一年後、強迫性障害の治療に定評があった別の精神科病院に通い始めた。ここで診断が「適応障害」になり、薬をどんどん減らしていった。すると、全身の筋硬直や気分の激しい波は収まってきた。もともとあった常同行動は減薬が進むにつれて目立つようになったが、カナダの姉の家にホームステイしている間はすっかり治まるなど、リラックスできる環境にいると改善することが分かった。

 20歳で自動車の運転免許を取得し、単位制の高校にも通い始めた。買い物に行くと、バッグや靴、帽子ばかりを買い、すぐに返品するなど変わった行動も見られたが、順調に回復してきたタクヤさんに、父親が度々愚痴を言うようになった。「俺は18歳の時には働いていたぞ」。

 サッカーをやめて以来、父親との関係がうまくいっていないタクヤさんは、急き立てられるようにバイトに打ち込んだ。慣れない仕事で度々ミスをして上司に怒られると、家でひどく落ち込み、「俺はニートだ。親に申しわけない」とつぶやいた。目をしきりにパチパチさせるチックのような症状や、自分の顔や腰、太ももなどを叩き続ける行動が表れた。音に対して非常に過敏になり、小さな生活音にも苦しんだ。家にいても立ちっぱなしで過ごすようになり、脚がパンパンに腫れ上がった。再び飲食をやめてやせ細り、自宅近くの3か所目の精神科病院に緊急入院した。22歳の時のことだ。

 ここでまた、診断名が「統合失調症」となった。だが、抗精神病薬を増やすだけでは改善の見通しが立たず、電気ショック(ECT・電気けいれん療法)を勧められて実施できる大学病院に移った。回数は計10回(週に1、2回実施)。7回目までは、受けた直後に受け答えがはっきりして、「効果があるように思った」と母親。だが8回目以降は目立った変化は表れず、固まったまま動かなくなるなど状態はかえって悪化した。「これ以上、手の施しようがない」と言われ退院した。

 自宅で立ちっぱなしの状態が続いた。時々、下を向いて足踏みをしたり、手を突っ張ったりした。このころはまだ、家族との会話はできていたが、放っておくと、食べたり、歯を磨いたり、シャワーを浴びたりしないため、母親の世話が必要になった。

 24歳の春、また飲食をしなくなり、再び大学病院に入院。鼻から管で栄養を入れるようになった。電気ショックが計13回行われ、1回目の直後から、左手に小刻みな震えが起こるなど体の異変が表れた。回数を重ねるにつれて、右手の指が内側に曲がって動かなくなるなど、両手の硬直がひどくなった。

 この症状について、同じ大学病院の整形外科医は「薬の影響だけでなく、ECTの後遺症の可能性がある」と母親に告げたが、精神科の主治医は「原因は分からない」と繰り返した。以後、手の硬直は1年以上続いた。そればかりか、13回の電気ショックが終わるころには、タクヤさんは言葉を話せなくなっていた。


 統合失調症の誤診やうつ病の過剰診断、尋常ではない多剤大量投薬、セカンドオピニオンを求めると怒り出す医師、患者の突然死や自殺の多発……。様々な問題が噴出する精神医療に、社会の厳しい目が向けられている。このコラムでは、紙面で取り上げ切れなかった話題により深く切り込み、精神医療の改善の道を探る。

 「精神医療ルネサンス」は、医療情報部の佐藤光展記者が担当しています。
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2012年11月16日 読売新聞)

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