抗不安・睡眠薬依存(10) 窃盗や当て逃げ誘発も
ベンゾジアゼピン系などの処方薬で陥る薬物依存は、薬の使用者には落ち度がない点で、違法薬物の依存とは大きく異なる。だれもが被害者なのだ。それゆえ、漫然処方を続けた医師や、何ら対策を講じて来なかった厚生労働省への怒りは強い。このコラムを読んだ女性は、電子メールにこう書いた。
「ベンゾの離脱症状に苦しんでいます。今はあまりにも辛く長文が打てません。まだまだ離脱症状など存在しないという精神科医がほとんどです。苦しんでいる人は沢山います。自殺を考えるほど酷いです。私は精神科医を絶対に許せません。厚生労働省も」 |
今後、被害者の怒りはますます強まるだろう。だが現状では、依存性のある薬を、減薬の技術を持たぬまま安易に処方し続ける医師が減る気配はない。米国では性犯罪などに悪用され、麻薬扱いとなっているベンゾ系フルニトラゼパム(ロヒプノール、サイレースなど)も、日本では睡眠薬として漫然処方され続けている。アシュトンマニュアルを持参し、減薬の相談をする患者に「そんなものを読んでいるならもう診ない!」と、お得意の逆切れをかます精神科医も出てきたようだ。
首都圏の病院に勤務し、安易な薬物治療に警鐘を鳴らす大学教授(精神科医)は憤る。「ベンゾの漫然処方を続ける医師は、悪質なサラ金業者と同じ。返済計画を立てぬまま『使え、使え』と患者を駆り立てて追い込み、あとは知らんぷり」。一部の良心的な医師が、無責任きわまりない医師たちの漫然処方の尻ぬぐいをして、患者の減薬を行う。こんないびつで不公平な状況は、早急に改めなければならない。
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依存症治療が専門の赤城高原ホスピタル(群馬県渋川市)では、他院の処方薬や市販薬で依存や乱用に陥った患者の割合が、違法薬物の依存治療で受診した患者の割合を上回る状況が生じている。
院長の竹村道夫さんは「ダルクなどの民間施設の努力で、違法薬物依存の治療体制は改善してきたが、処方薬や市販薬の依存は支援施設がほとんどなく、うちの病院を頼って来る患者が目立つ。このような深刻な状況にもかかわらず、不適切処方は相変わらず続き、10種類超の向精神薬を服用する患者に出くわすことが今も珍しくない」と話す。ちなみに赤城高原ホスピタルでは、減薬の際のベンゾの置換薬として抗精神病薬などを使うことがある。アシュトンマニュアルの方法とは異なるが、「経験にもとづき、独自に続けている方法」だという。
処方薬依存の危うさを物語る調査がある。万引きなどを繰り返す窃盗癖の治療のため、赤城高原ホスピタルを受診した患者132人(男性40人、女性92人)のうち、男性で30%(12人)、女性で29%(27人)が薬物依存・薬物乱用の状態で、このうち約90%が処方薬の依存(主にベンゾジアゼピン系)に陥っていたというのだ。
「これらを詳しく検証すると、明らかに処方薬の影響で酩酊状態になり、窃盗行為に至ったと判断できるケースが見られた」と竹村さん。酒で酩酊状態になり、万引きをしたのであれば酒臭さなどですぐに分かるが、処方薬による酩酊状態は、本人ですらその原因に気づかないことが多い。そして、すべてが本人の責任となり、「なぜあの人が……」という周囲の驚きと共に、仕事や家庭を失うなどしてどん底にたたき落とされる。
さらに竹村さんは「処方薬の依存・乱用者は、自動車事故を繰り返し起こしていることが多い」と指摘する。詳しい調査はこれからだが、竹村さんは処方薬の乱用で生じる判断力低下や記憶障害に、大きな懸念を抱く。
「帰宅後、車を見るとボコボコにへこんでいるのに、運転中の記憶が全くないという人もいる。そんな状態では物損事故にとどまらず、人をはねても分からないだろう」
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統合失調症の誤診やうつ病の過剰診断、尋常ではない多剤大量投薬、セカンドオピニオンを求めると怒り出す医師、患者の突然死や自殺の多発……。様々な問題が噴出する精神医療に、社会の厳しい目が向けられている。このコラムでは、紙面で取り上げ切れなかった話題により深く切り込み、精神医療の改善の道を探る。 「精神医療ルネサンス」は、医療情報部の佐藤光展記者が担当しています。 |
(2012年9月11日 読売新聞)
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