めちゃくちゃにされた人生(4) 「暴行」ビデオを見た

 「抗不安・睡眠薬依存」編は引き続き取材を重ねていくが、今回と次回は「めちゃくちゃにされた人生」編の続報として、ケイジさん(34)のその後の状況などを報告する。

 ケイジさんは2012年1月、精神科病院で首を骨折する不可解な重傷を負った。緊急入院した総合病院で自発呼吸が戻り、療養型の病院に転院したが、6月末にはタンが詰まり、一時危険な状態に陥った。肩や上腕は少し動くが、下半身は動きを止めたまま。鼻から管を入れて栄養を補給してもやせ細る一方で、180センチ弱の身長に対し、体重は小学6年生並みの40キロほどになった。家族の心配は尽きない。

 警察の動きとは別に、家族は今後の裁判に備えて証拠保全を行い、病院のカルテや保護室の監視カメラ映像などを確保した。7月下旬、ケイジさんの実家でこの動画を見せてもらった。そこには、誰が見ても暴行と判断するであろう衝撃的場面が確かに記録されていた。

 2012年1月1日午後4時過ぎ。保護室天井の中央に設置され、部屋の隅々を真上から映す監視カメラが、病院職員2人の入室を捕らえた。床に座り、入り口とは逆の格子付き窓に体を向けていたケイジさんの肩に、後ろから来た職員が手をかけ、引き倒してあおむけに寝かせた。この時、普通であれば横たわったケイジさんの顔は真上のカメラの方を向き、はっきり写るはずだが、映像では頭頂部あたりしか見えない。以前の多量服薬の影響で、ケイジさんの首は激しく前傾(斜頸)し、あごが鎖骨につくほどの状態で固まってしまったためだ。床に寝ても、頭がずっと上がったまま動かないのだ。

 この状態で、職員らは栄養食らしきものをケイジさんの口に含ませ、おむつ交換に取りかかった。交換自体は手慣れた様子ですぐに終わったが、ズボンをはかせようとした時、問題が起こった。ケイジさんがあおむけのまま両脚をしきりに動かし、抵抗したのだ。

 この時、職員はケイジさんの右側(右手側)と左側(左手側)に1人ずついた。かがみながら2人がかりでズボンを両脚に通そうとするが、うまくいかない。職員がさらに力を込めると、怯えたように胸の上に置いていたケイジさんの右手が、「やめて」と言わんばかりに腰にのびる。この手を右側の職員が抑え、胸の方に戻す。その時、ケイジさんの脚がさらに激しく動き、左側の職員の腹か胸のあたりに、ケイジさんの左足が蹴るような形であたったと思われる。

 次の瞬間、左側の職員は腹を立てた様子で突然立ち上がり、ケイジさんの頭部に近づいて右脚を激しく動かした。靴を履いた足先が頭部に当たったかどうかは、この職員の体に遮られてよく分からないが、ケイジさんの頭部が急にのけぞったように見える。

 さらに、右脚がもう一度激しく動いた。この場面は、カメラが足先までしっかりと捕らえていた。右足が頭の上方に蹴りこまれ、衝撃でケイジさんの髪がひどく乱れた。続いて、右足を軸にケイジさんの頭部をまたぎながら、左足で顔面のあたりを踏みつけた。この動作もカメラにはっきりと写っている。

 この後、右側の職員がケイジさんの上半身に自分の体重を浴びせて抑え込み、暴行した職員はケイジさんの片足を踏みつけた。そこに3人目が現れてズボンをはかせ、間もなく職員全員が保護室から出て行った。

 あおむけで床に横たわった状態で、残されたケイジさん。ここでカメラは不自然な現象を捉えた。ケイジさんの顔が、真上のカメラの方を向いているのだ。あれほどひどかった斜頸が、すっかり治ったかのように。

 この病院の院長は当初、ケイジさんの負傷の原因を「自傷行為」と説明した。だが、1月1日以降のビデオに自傷行為は写っておらず、「自傷行為はなかった。原因不明」と説明を変えた。そうであれば、首の骨折と体の麻痺はこの暴行で生じたと考えるのが自然だが、院長が以前語ったように、ケイジさんは暴行を受けた後も立ち上がったことが映像で確認できた。苦しそうにかがむ場面や、首を手でおさえて気にするような様子は写っているが、元日の夜も体は動いていた。

 床に布団を広げて横向きに眠るケイジさん。翌2日の朝も、布団の上で脚が動いた。午前9時半過ぎ、職員4人が入室。ケイジさんをあおむけにした後、1人が頭を手で軽く抑えるなどして栄養食を口に入れ、別の職員がおむつを確認した。ケイジさんの体に明らかな異変が起こったのは、この時だ。脚の動きがぱたっと止まった。だが、職員たちは気にする様子もなく、決まった手順を済ますと保護室から去った。

 以後、カメラは無情にも、不随になったと思われるあおむけのケイジさんを記録し続けた。脚はだらりとしたまま動かず、時折、手がけいれんしたように震える。顔はやはり天井を向いている。病院がケイジさんの異変に気づいたのは、翌3日の朝だった。



 統合失調症の誤診やうつ病の過剰診断、尋常ではない多剤大量投薬、セカンドオピニオンを求めると怒り出す医師、患者の突然死や自殺の多発……。様々な問題が噴出する精神医療に、社会の厳しい目が向けられている。このコラムでは、紙面で取り上げ切れなかった話題により深く切り込み、精神医療の改善の道を探る。

 「精神医療ルネサンス」は、医療情報部の佐藤光展記者が担当しています。
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2012年8月1日 読売新聞)

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