抗不安・睡眠薬依存(5) 薬ばらまき睡眠キャンペーン?
国はベンゾジアゼピンの常用量依存問題について、有効な対策を講じてこなかった。それどころか、今もなおベンゾのばらまきを推奨しているかのようだ。
内閣府が展開する「睡眠キャンペーン」のインターネットサイト(http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/suimin/index.html)を見ていただきたい。このキャンペーンは、うつのサインとされる「2週間以上続く不眠」がある中年男性を、早く医療につなげて自殺を減らそうという取り組みだが、受診した精神科や心療内科の医師が、労働環境や運動不足が複雑に絡む睡眠障害に、きちんと対応できるとは限らない。睡眠薬や抗うつ薬の投薬だけで終わるケースが多く、「キャンペーン開始後、かえって自殺者が増えた」と指摘される地域もある。
キャンペーンの有効性は日を改めて検証するとして、今回は睡眠キャンペーンサイトの文面に注目したい。「日本睡眠学会に聞く!睡眠に関するQ&A」のページを開き、「Q15 眠れないときには、市販の睡眠薬を飲めばよいのですか」の回答を読んでいただきたい。ここでは一部を抜き出してみよう。
(市販の睡眠薬は)一過性の不眠には有効ですが、慢性の不眠症などで連日服用すると効果が薄れ、服用量が増えたり(耐性)、中止しようとするとイライラしたり不安になり長期間の服用(依存性)につながることがあります。医師が処方する睡眠薬はベンゾジアゼピン系作動薬であり、耐性や依存性が出現しにくいなど副作用が少なく、より安全な薬です。 |
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おかしくないだろうか。市販の睡眠薬については、耐性や依存性を問題視しているのに、ベンゾジアゼピンの耐性や依存性には全くふれていないのだ。
「Q16 睡眠薬の副作用はありますか?」も見てみよう。ここではまず、過去に使われた睡眠薬(バルビタール製剤、サリドマイドなど)を取り上げ、呼吸器・循環器への悪影響や、催奇性などの深刻な副作用があったと指摘している。続いて、ベンゾの安全性を昔の睡眠薬と対比させる形で主張し、「(ベンゾは)大量服薬しても生命にかかわることは極めて少なくなっています」と強調している。これは、昔の薬よりも安全だからベンゾはとても安全、と言う短絡的な論理展開で、ベンゾ固有の欠点を無視したあまりにも安易な決めつけではないか。回答はさらに続く。
しかしながら、ベンゾジアゼピンないしその作動薬に属する薬剤でも、比較的作用時間の長い薬剤では、翌日に眠気が持ち越す可能性があります。通常の用量なら、昔の薬剤のような強い依存性(飲みだすとやめられなくなる)は無いのですが、急に服用をやめると、服用前以上の不眠が数日間続くことがあります |
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世界的に問題視されているベンゾの常用量依存を、この回答は大胆にも否定している。服用期間の長短に関わらず、離脱症状は数日間(あるいは数週間)で終わると主張する医師の不誠実な態度に、田中涼さんら患者がいかに苦しめられてきたかは、すでに書いた。国がこのような回答をサイトに堂々と掲載している限り、患者は救われず、新たな依存患者が生まれ続けるだろう。
ベンゾは、短期間の服薬では効果が得られても、長期化すると害が増えていく。服用者が知るべき情報を隠したまま展開される睡眠キャンペーンは、一体誰のために行われているのだろうか。
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ベンゾジアゼピンで導かれる眠りは、自然の眠りとは質が異なることが知られている。田中さんが日本語訳をしたアシュトンマニュアルにはこう書かれている。
「ベンゾジアゼピンによってもたらされる睡眠は、最初はリフレッシュされる感覚があるかもしれませんが、正常な睡眠ではありません。ベンゾジアゼピンは夢を見る睡眠(レム睡眠)および深い睡眠(徐波睡眠)の両方を妨げます。ベンゾジアゼピンが追加的にもたらす睡眠とは主に浅い睡眠であり、ステージ2睡眠と呼ばれています。レム睡眠および徐波睡眠とは最も大切な2つの睡眠ステージであり、健康のために非常に重要です」
国内の製薬会社が作成した資料でも、ベンゾによる睡眠は「鎮静型睡眠」(ノックアウト型)で、「自然睡眠とは質的に異なる」と書いてある。さらにこの資料では、ベンゾの有害作用として、記憶障害、運動障害、依存性、乱用性、リバウンド(服用を止めると不眠がひどくなる)などが列記されている。
この製薬会社は、良心に基づいてこのような資料を作ったのではない。ベンゾ系以外の睡眠薬を売り込むため、ベンゾの問題点を正直に指摘しただけだ。常用量依存を起こす睡眠薬を販売する別の製薬会社が、過去に配布した患者向けパンフレットにはこう記されている。
抗不安薬・睡眠薬を続けて服用することは体に悪いと心配する人は少なくありません。しかし、医師の指示に従って正しく服用していればそのような心配はありません |
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そして、医師の指示通りにベンゾを飲み続けた人たちが、次々と常用量依存に陥った。
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統合失調症の誤診やうつ病の過剰診断、尋常ではない多剤大量投薬、セカンドオピニオンを求めると怒り出す医師、患者の突然死や自殺の多発……。様々な問題が噴出する精神医療に、社会の厳しい目が向けられている。このコラムでは、紙面で取り上げ切れなかった話題により深く切り込み、精神医療の改善の道を探る。 「精神医療ルネサンス」は、医療情報部の佐藤光展記者が担当しています。 |
(2012年7月10日 読売新聞)
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