抗不安・睡眠薬依存(2) ベンゾジアゼピンの害
ベンゾジアゼピンの薬物依存は、犯罪を誘発する恐れもある。
奈良県は6月18日、奈良市の38歳の男性を麻薬取締法違反(向精神薬処方箋偽造)容疑で書類送検した。ベンゾジアゼピン系のベンザリンと、非ベンゾジアゼピン系だが同様の作用があるアモバンを、カラーコピーした処方箋で不正入手した容疑だ。「通常量では足りなかったのでコピーした」と容疑を認めているという。
奈良県薬務課によると、男性は今年2月13日から5月8日の間に、3か所の医療機関(すべて内科)が発行した処方箋を偽造した疑い。同市内など16の薬局で計28枚を使用し、ベンザリンとアモバンを不正に入手したという。各744錠ずつ、計1488錠が処方された。
事件の発覚時、男性はすでにこの薬の多くを飲み終えていた。男性は若いころにうつ病と診断され、治療を続けたが不眠症がひどくなり、薬の量が増えていったようだ。同課の担当者は「不眠の悩みだけでなく、薬が減ると体調不良が起こるため、薬を欲する気持ちが強くなったようだ」と話す。
この男性は、明らかに薬物依存だ。向精神薬の依存は、不正入手から始まる違法薬物の依存とは異なり、医師の合法的な処方から始まる。この男性の不正行為を責めるだけでなく、薬物依存の被害者としての検証が必要だろう。
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英国のニューカッスル大学神経科学研究所教授ヘザー・アシュトンさんが、ベンゾジアゼピン離脱クリニックでの経験などをもとに、ベンゾジアゼピンの作用、副作用、離脱症状、減薬法などをまとめた「アシュトンマニュアル」(9か国語に翻訳済み)の日本語版が、7月からインターネットサイト(http://www.benzo.org.uk)で無料公開される。詳しくはそちらを参考にして欲しいが、行数が限られる夕刊記事では書ききれなかった部分を補うため、アシュトンマニュアルの記述に基づき、ベンゾジアゼピンの長期服用で起こりうる副作用や離脱症状を簡単にまとめておきたい。
作用 ベンゾジアゼピンは、抑制系の神経伝達物質GABAに作用し、鎮静効果を発揮する。そのため、不安障害や睡眠障害などの患者に処方される。だが一方で、ノルアドレナリン、セロトニン、アセチルコリン、ドーパミンなど脳内の興奮系神経伝達物質の働きを低下させる。興奮系の神経伝達物質は、注意力、記憶、筋緊張、情緒反応、内分泌作用、心拍数、血圧コントロールなど多くの身体機能に関係するため、ベンゾジアゼピンによって、これらの機能が損なわれる可能性がある。
耐性 ベンゾジアゼピンは、常用すると効果が薄れる耐性がつきやすい。当初の服用量では効果がなくなり、次第に薬の量や種類が増えていく。特に、睡眠作用に対する耐性は早く形成される。抗不安作用の耐性はゆっくり形成されるが、数か月服用しても薬の効果が持続するという科学的根拠はほとんどない。逆に、長期服用で不安障害を悪化させることもある。ベンゾジアゼピンの断薬を希望してアシュトンさんのクリニックを受診した患者50人でみると、このうち10人が、ベンゾジアゼピンの服薬後に、初めて広場恐怖症(電車やバス、エレベーター、人ごみなどを過度に恐れる)に陥っていた。クリニックで減薬治療を受け、服用をやめると、これらの患者の広場恐怖症はなくなった。
依存 数週間、あるいは数か月の連続的な常用で薬物依存が形成される。「日常生活を送るために、ベンゾジアゼピンを徐々に必要とするようになっている」「当初の症状が消えたにも関わらず、ベンゾジアゼピンを摂取し続けている」「体内で作用する時間が短いベンゾジアゼピン(短時間作用型)を服用すると、次の服薬までに不安症状が表れたり、次の服薬を渇望したりする」「服用を続けているにもかかわらず、不安症状、パニック、広場恐怖、不眠、抑うつ、身体症状の増加がある」などの特徴にいくつかあてはまる人は、薬物依存に陥っている可能性がある。離脱症状のために服薬中止が困難な人は、多くの研究で、長期服用者の50~100%にのぼるとされる。
記憶障害 ベンゾジアゼピンは、健忘症を引き起こすことが以前から知られている。最近の出来事や、その出来事が起きた時の状況、その後の経過を思い出せないなど、エピソード記憶に大きな影響が出る。長期記憶の想起など、その他の記憶機能は損なわれない。
ストレス ベンゾジアゼピンは、急性ストレス症状を抑える目的でも処方される。症状は一時的に和らぐが、数日以上服用すると、心的外傷の正常な回復を妨げることがある。喪失や死別に直面した時、ベンゾジアゼピンは正常な悲嘆の過程を妨げ、かえって苦しみを長引かせる恐れもあるのだ。認知行動療法など、ストレス対処法の学習を妨げることもある。
興奮 経口摂取でも、発作的な激怒や暴力的な振る舞いが起こることが報告されている。服用者が怒りっぽくなったり、論争好きになったりすることは多く確認されている。こうした反応はアルコールの影響と似ており、不安傾向の強い人、攻撃的な人、子ども、高齢者に最も顕著に表れる。幼児虐待や妻への暴力、高齢者虐待でも、ベンゾジアゼピンが原因となったケースがある。
抑うつ ベンゾジアゼピンの長期服用は、抑うつを発症させたり、悪化させたりする。不安と抑うつが混在した患者が服用した場合、自殺のリスクを高める恐れがある。1988年、英国の医薬品安全性委員会は「ベンゾジアゼピンは抑うつや抑うつに関係する不安の治療に単独で用いるべきではない。そのような患者においては自殺を引き起こすことがある」との勧告を出した。また、喜びや苦痛を感じにくくなる「感情まひ」も、長期服用者がよく訴える症状として知られる。
離脱症状 ベンゾジアゼピンの長期服用は、上記した様々な症状を引き起こす恐れがある。しかし、急に服用をやめると、今度は様々な離脱症状が表れる。イライラ、不眠、悪夢、不安増大、パニック発作、幻覚、抑うつ、強迫観念、攻撃性、集中力低下などの精神症状や、頭痛、筋硬直、皮膚がピリピリする感覚、疲労感、眼痛、耳鳴り、光や音の過敏性、吐き気、嗅覚異常、月経異常などの身体症状だ。離脱症状の数や程度は、服用期間や服用量、個人差で大きく異なり、減薬は医師に相談しながら慎重に進める必要がある。
減薬、離脱法 服用量をゆっくり減らすのが原則。特に高用量を長く飲んでいた人が急速な減薬を行うと、激しい精神症状など深刻な離脱症状が表れることがあるので要注意だ。ベンゾジアゼピンの服用を減らすと、神経系の過度の興奮が引き起こされ、これが離脱症状の根本原因になっていると考えられている。短時間作用型のベンゾジアゼピンを服用していた人は、長時間作用型の別のベンゾジアゼピンに替え、一定の血中濃度を長時間保てる状態にしながら、服用量をゆっくり減らすなどの方法がある。減薬に必要な期間も個人差が大きく、半年、1年かかる場合もあるが、焦らず、ゆっくり進めることが大切だ。
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佐藤記者が担当した「抗不安薬・睡眠薬依存… 離脱症状減らす『やめ方』」(医療大全・うつ病)はこちら
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統合失調症の誤診やうつ病の過剰診断、尋常ではない多剤大量投薬、セカンドオピニオンを求めると怒り出す医師、患者の突然死や自殺の多発……。様々な問題が噴出する精神医療に、社会の厳しい目が向けられている。このコラムでは、紙面で取り上げ切れなかった話題により深く切り込み、精神医療の改善の道を探る。 「精神医療ルネサンス」は、医療情報部の佐藤光展記者が担当しています。 |
(2012年6月22日 読売新聞)
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