ヒマラヤ山麓の小さな国、ブータン。
伝統や文化など精神的な豊かさを重んじる、「幸せの国」として知られています。
しかし、ブータンにも今グローバル化の波が。
経済発展とともに、物質的な豊かさを求める人々が急増しています。
女性
「洋服やアクセサリーが欲しいです。
買い物に夢中なんです。」
過熱する消費ブームは、さまざまな弊害を引き起こしています。
ジグメ・ティンレイ首相
「(過度な消費で)国が混乱している。」
“幸せの国”で今何が起きているのか?
現地からの報告です。
ヒマラヤ山麓の小さな国、ブータン。
伝統や文化など精神的な豊かさを重んじる、「幸せの国」として知られています。
しかし、ブータンにも今グローバル化の波が。
経済発展とともに、物質的な豊かさを求める人々が急増しています。
女性
「洋服やアクセサリーが欲しいです。
買い物に夢中なんです。」
過熱する消費ブームは、さまざまな弊害を引き起こしています。
ジグメ・ティンレイ首相
「(過度な消費で)国が混乱している。」
“幸せの国”で今何が起きているのか?
現地からの報告です。
傍田
「物質的な豊かさよりも、精神的な豊かさを重んじる国づくりを進めてきたブータン。
その独自の価値観は、世界の注目を集めてきました。」
鎌倉
「ブータンと言えば、去年(2011年)、ワンチュク国王夫妻が日本を訪れたことは記憶に新しいですよね。
そのブータンで、精神の豊かさを表す指標として取り入れられてきたのが、『GNH=国民総幸福』という考え方なんです。
具体的にはどういった指標なのか、黒木さんに説明してもらいます。」
黒木
「GNH=国民総幸福は、1970年代に、当時の国王が提唱したもので、『Gross National Happiness』の頭文字をとったものです。
国力や経済規模を表す指標としてよく使われるのが『GDP』ですが、ブータンではこの『GNH』、つまり国民の幸せを国づくりの理念としてきました。
その柱となるのは、『心の幸福』や『国民の健康』、『教育』や『文化の多様性』など9つの分野で、それぞれの項目を数値化し、低いところがあれば重点的に改善をはかってきました。
その結果、2005年の調査では、97%の国民が『幸せ』とこたえるようになり、4年前に施行されたブータンの新憲法の中でも、『国民総幸福に向け努力する』ことが明記されました。」
鎌倉
「そのブータンも、急速な経済のグローバル化の影響からは逃れられないようです。
新たな課題に直面するブータンの現状を、依田カメラマンが取材しました。」
豊かな自然に恵まれたブータン王国。
人口はおよそ70万。
その60パーセントが農業に従事しています。
国民のほとんどがチベット仏教を信仰し、国民総幸福も「足るを知る」という仏教の教えに根ざしています。
首都ティンプーの小学校です。
授業では「慎み」や「欲深くならない」ことが大切だと教えます。
「無制限に欲しがらず、今あるもので満足しましょう。」
しかし、この国にもグローバル化の波が押し寄せています。
インターネットとテレビが13年前に解禁され、海外からの情報が大量に流れ込むようになったことで、消費ブームが急速に広がりました。
街では民族衣装よりも、洋服を好んで着る若者が目立つようになりました。
大学2年生のカルマ・ヤンゾン・ドルジさん(20歳)です。
最近のお気に入りは韓国製の服です。
買い物に使うお金は多い月には3万円。
公務員の月給に相当しますが、商店を経営する親に払ってもらっています。
カルマ・ヤンゾン・ドルジさん
「この色にしようかな、デザインもすてきだし。」
欲しいものに囲まれた生活が当たり前となっているカルマさん。
オンラインショッピングにも夢中です。
最近も、インド製のアクセサリーを買いました。
カルマ・ヤンゾン・ドルジさん
「おしゃれが大好きで、欲しいものを買うと幸せを感じるんです。」
一気に過熱した消費ブームは、ブータンに、弊害をもたらしています。
住宅や自動車など高額な買い物のために、身の丈を超えたローンを組む人が急増。
焦げついた自動車ローンの金額は、3年前と比べ3倍にも膨らみました。
建築資材や自動車などのほとんどを輸入に頼っているブータン。
隣国インドからの輸入額は5年前の3倍近くにまで増えています。
その結果、今年に入って支払いにあてる国内のインドルピーが底をつきました。
ブータンでは、市民がルピーを日常的に使っています。
手に入らなくなることを恐れた人たちが、銀行の窓口に殺到する騒ぎになりました。
過熱する消費にブータン政府は強い危機感を抱いています。
首相も異例の演説で自制を呼びかけました。
ジグメ・ティンレイ首相
「(過度な消費で)国が混乱している。
生活スタイルを改めなければならない。」
今年4月には、自動車の輸入が当面の間禁止され、新規のローンを組むことも、認められなくなりました。
国営放送ではこんなニュースも放送されました。
国営放送ニュース
「国王陛下自ら自転車で街を走りました。」
自動車の乗り入れを規制する日を設け、自動車の急激な増加を抑えようというのです。
消費についての市民の意識を変えようというテレビドラマの制作も始まりました。
制作を任されたのは、ブータンの中央銀行に勤務する日本人、高橋孝郎(たかはし・たかお)さん(30歳)です。
コンサルタント会社で、金融改革や消費問題に取り組んだ経験が買われました。
ドラマの主人公は、最新の液晶テレビを購入したため、家賃が払えなくなった男性です。
友人に借金を頼みます。
主人公:「お金を貸してよ。」
友人:「それは無理だね。」
主人公:「頼むよ、すぐ返すから。」
友人に勧められ、主人公は家計簿をつけるようになります。
国民に、計画的なお金の使い方を学んでもらおうというのが、このドラマの狙いです。
高橋孝郎さん
「今回のドラマを見た人々がお金の使い方に関してもう少し慎重になったり、もう少し将来を見据えたつきあいかたをするような、そんな変化がブータンの人たちの中に起きればいいなと思います。」
社会が大きく変化する中、精神的な豊かさと物質的な欲求とのバランスをどうはかるのか。
“幸せの国”の模索は続きます。
傍田
「現地を取材したニューデリー支局の依田カメラマンに先ほど話を聞きました。」
傍田
「ブータンでも消費行動が活発になるにつれて、『幸せ』に対する考え方も多様化しているようですね。」
依田記者
「政府が予想したよりもはるかに速いスピードで消費文化が浸透してしまい、対策に追われているというのが、取材していて受けた印象です。
ブータンでは特に若者の考え方が変化してきているように見えます。
都市化によって、今までのように3世代、4世代の大家族で生活する機会が少なくなっているため、仏教に基づいた伝統的な価値観が、受け継がれにくい環境になってきていることが背景にあります。
そして、深刻なのが若者の就職の問題です。
若者の失業率は、都市部で13%あまりと高い状況が続いています。
ティンプーで若者に話を聞くと、地方の学校を卒業した後、あてもなく首都にやってきて仕事のないまま友人や親戚の家に泊まり続ける人が大勢いました。
こうした状況のもと、おととし行われた調査では「幸せ」と答えた国民の比率は5割を下回りました。
このまま不安定な雇用状況が続けば国民総幸福を掲げる政府の方針に反発する若者が増える可能性もあります。」
鎌倉
「ブータン政府は国民総幸福に根ざした政策を今後どのように進めていくのでしょうか。」
依田
「国民総幸福の推進は、憲法でも明記されており、今後も国づくりの根幹であることに変わりはありません。
ブータン政府は自動車や家具、酒などのぜいたく品の輸入の規制や、増税によってコントロールしながら国民の消費を抑える政策を進めていくものと見られます。
そして見逃せないのは、国民に心から幸せを実感してもらうという高い理念を実現するためには経済的な裏付けも必要だという現実です。
ブータンは、現在、歳入の4割を外国からの援助に頼っています。
大規模な水力発電、それに観光業など自前の産業を育成し、外国からの援助に頼らない自立した経済を築くことが急務です。
ブータン政府には、『慎み深さ』や『足るを知る』という伝統的な価値観を維持しながら、並行して経済発展も進めていくという難しい国の舵取りが求められています。」