続々と運び込まれる大量の資材。敷地一帯を覆う為に必要な資材が揃ったので、悠介はさっそく石畳の敷き詰め作業を開始した。作業といっても予め作っておいたマップアイテムデータを呼び出し、一塊に纏めた石材を材料にして建設予定地に反映するだけである。
「実行~」
ぽちっと実行ボタンを押すと、辺り一面に光のエフェクトが広がリ始めた。資材置き場に積まれていた大量の石材が光に包まれて消えて行く。薄暗い湖畔に現われる光の大地。その場にいた誰もが目を奪われる幻想的な光景。
暫しの後、光の粒が舞い消えると、広範囲に渡って敷き詰められた石畳の床が広がっていた。まだ建物が無いので街の中心を街道まで抜ける広い大通りや噴水のある広場、プチ岬が並ぶ埠頭、縦横に路地が伸びる宿場通り予定地など、街の端から端までが見渡せる。
建物を建てる前に細かい部分のチェックをする為、敷地内は一応まだ立ち入り禁止だ。悠介はアユウカスと連れ立って街中を散策し、実際に歩いてみて街の雰囲気を掴みながら、広場や通りの休憩場所にベンチを設置するなど微修正を加えていく。
まだマップデータの閲覧しか出来ていないが、カスタマイズメニューを出せるアユウカスが協力してくれると作業効率も良い。
「ほう……これは見事なものじゃな」
「どうも。このくらいなら朝飯前ですよ」
網目状のお洒落なベンチや、ギミック機能を使った広場の噴水を間近で見て感嘆の呟きを漏らすアユウカスに、悠介は軽く笑って答える。――そこへ、白い従者服姿のスンが手を振りながら二人の所に駆け寄って来た。
「ユウスケさん、アユウカス様、朝食の準備が出来ましたよ」
「ん、今行く」
「おお、飯か」
本当に朝飯前だった。
空になった資材置き場に再び石材が山積みになる頃には、ガゼッタの港街建設を聞きつけてか広大な石畳が広がる建設予定地にチラホラと旅の行商人や交易商人等の姿が見られるようになっていた。
港街が完成すれば、各建物にはガゼッタの交易商人が優先的に入れる事になっている。
トレントリエッタやフォンクランクからも見物に来た気の早い他国の商人達は、建物の空きや敷地内の余った土地があれば是非、入居ないし店舗を構える許可が欲しいと交渉を持ちかけて来ているようだ。
ガゼッタの港街には通商協会の支部を置く段取りで進めているので、彼等には通商協会の活動が始まってからそちらで正式な手続きを踏んでくれと通達が出された。
「サンクアディエットの様子ですが、隊長がこっちで港街の建設やってる話は商人達を中心に広まってるようですぜ」
「通商協会が動いてるみたいっすねー。この前から敷地近くの街道脇で露天やってる連中は、抜け駆け狙いってとこでしょう」
「そっか。例の一派の動きとかは分かるか?」
「はい、今の所は特に動きは、ないそうです」
悠介邸の関係者に対する護衛にはヴォーマル達の部隊からそれぞれ選出した衛士を付けているので、何かあれば直ぐにヴォレットが動いてくれるし、連絡も来るように手配してある。
闇神隊によるガゼッタの港街建設支援について、反闇神隊派に何らかの行動を起こすような兆候は今のところ見られないようだ。
「対岸の港街にも商人が大勢集まって来てるみたいですぜ」
「ふーむ、なら港の部分だけでも利用可能にしようか? 直ぐにでも交易再開できるように」
「ほうほう、埠頭の先行開港か。良いかもしれんのう、ガゼッタの代表として支持するぞ」
「舟が足りねーですよ舟が、元々渡し用の小さいやつしかねーっしょ」
物を運ぶにも人を運ぶにも、今フォンクランクの港街にある舟では数も規模も足りない事をフョンケが指摘する。
「ああ、そう言えばそうだったな。じゃあちょっと大きめの船でも二、三隻造っておこうか」
「……隊長が言うとすげー簡単な事みたいに聞こえるっすね」
「まあ実際、隊長にとっちゃ簡単な事なんだろうけど……」
「では、ワシも手伝うとするかの」
そろそろ太陽の昇っている時間も長くなリ始めた今日この頃。朝食を終えた悠介は一緒にいる事が当たり前になりつつあるスンと、カスタマイズ能力の使い方を覚える気満々なアユウカス、それにソルザックを伴って近くの森まで木材の調達に向かうのだった。
闇神隊がガゼッタの港街建設支援を始めてから十四日目。
悠介は大型の運搬用いかだにギミック機能で自走機能を付けた交易船二隻を湖に浮かべて渡しに使わせ、まだ建物や施設のない平坦な港街の埠頭を一部の商人達に開放して少数ながらフォンクランクの港街との直接交易を開始させた。
特に流通の滞っていたガゼッタ産の薬品類が優先的に扱われる。
ガゼッタに不足しているフォンクランク製の丈夫な陶磁器や金物がこちら側の港街に届けられると、その材料となる良質の土や鉄などが折り返し向こう側の港街へと送られた。
帆も櫓も使わず進む不思議な船を目の当たりにした商人達からは早速、通商協会を伝って闇神隊長に造船の依頼やら受付販売など取り扱い全般の委託申し入れやらが殺到したが、悠介は今回のような交易船は暫らく造る予定は無いと全て断った。
造船業もそれに関連する多くの人々に仕事を与え、街の活性化に一役買う大事な要素なのだ。
「俺の力で折角の需要を潰してしまう訳にはいかないからなぁ」
「中々考えが行き届いておるのう。感心なことじゃ」
悠介が交易船を造る様子を一度見ただけで、対象を変形させるカスタマイズとギミック機能の一部だが使い方を覚えたアユウカスが、戯れに木の枝から小さな船の置物などこしらえながら悠介の判断を評価した。
「……とうとうそんな使い方まで覚えてしまいましたか」
「ふふ……安心せい、どうせお主の近くにおらねば使えん力じゃ」
直接交易による商隊の第一陣がサンクアディエットに到着する頃にはガゼッタの港街建設に必要な資材も揃い、諸々の施設が建ち並んで街全体が完成すると、一斉に移動してきた商人達によってフォンクランクとガゼッタの港街は人と物で溢れかえった。
今まで滞っていた分、互いの国内に燻っていた大量の輸出用商品が一気に市場へと流れ込み、枯渇しかかっていた流通は怒涛の勢いで潤いを取り戻す。両国間の直接交易が本格的に動き始める様を見届けつつ、闇神隊は一旦パトルティアノーストへと移動した。
一応ガゼッタの王宮にて形式的にだがシンハ王との謁見を済ませて置く為だ。それが終われば即帰国の予定である。
流石に親善大使が相手国の首都にも訪れず、殆ど未開拓だった港街建設予定地の野営地で短い交渉と建設支援作業だけして帰るという訳にはいかない。
「うーん、せっかくここに来るならシアも連れて来てやれば良かったかな」
彼女を囲う檻では無くなった故郷を見せてやるのも一興か。砦のような構造の城塞都市、その広い通路を宮廷区画に向かう馬車に揺られながら呟く悠介。
「四大国が皆仲良くなるなら、きっとまた来る機会もありますよ」
初めてのパトルティアノーストにきょろきょろと興味津々な様子のスンは、悠介の呟きにそんな言葉を掛けて微笑んで見せる。確かにその通りだなと悠介も微笑み返した。
「あ~なんか久し振りっすねー、ルヴォマーヌちゃんとかシャイヤちゃんとか元気にしてるかなー」
「今回は直ぐに帰国する予定なんだから、ふらふら遊びに行くんじゃないぞ?」
「前に来た時は宮廷区画までしか入れなかったが、謁見は神義堂で行なわれるらしいな」
「二千年以上も昔の古代建築ですよ! この街だけでも凄いのに、古代文明の遺産と言われる中枢塔の空中庭園……実に興味深い」
ヴォーマルに街唱遊びは控えるよう釘を刺されているフョンケ。ノスセンテス時代は王族の者ですら立ち入りを許されなかった神義堂にそれなりの興味を持つシャイードと、中枢塔に入れる事をかなり楽しみにしているらしく興奮を隠せないソルザック。
エイシャとイフョカは以前来た時に利用した化粧品店がまだ残っているのか気になっているようだ。
宮廷区画にある来賓用の中でも最高級の部屋を宛がわれた闇神隊一行は、陣頭指揮から戻ったシンハ王との謁見を済ませてバタバタと慌しく帰国の途に就くまでの二日間を、それなりに有意義に過ごしたのだった。
ヴォルアンス宮殿の上層階にある宮殿衛士隊宿舎の一室にて、まだギミック機能を備えていない作り掛けの試作品を弄っていたヴォレットは、主の居ないこの部屋をぼんやりと見渡す。ガゼッタからの連絡では、後二日もすれば帰国するとの事だ。
「ここでしたか、姫様」
「クレイヴォルか」
「例のお話について、王が御呼びです」
「うむ」
頷いたヴォレットは何だかよく分からない形をした道具らしきモノをテーブルに戻すと、一度振り返ってから悠介の自室を後にする。悠介を親善大使としてガゼッタへ送るにあたり、ヴォレットは父エスヴォブス王と重鎮達も交えて一つの約束を取り交わしていた。
闇神隊長がシンハ王との交渉に成功して大きな功績を立てた場合。イヴォール派の動揺を抑え、もしくは暴走を牽制する為に、婚約者候補組の中から一年前倒しで正式な婚約者を選定する。
各名家から選出されている婚約者候補達の中には当然イヴォール派に属する家の者も含まれており、彼等は闇神隊長がヴォレット姫の婚約者という立場に就く事を恐れ、それに足る身分を得る事に懸念を懐くという面で意見の一致を見ている。
――姫様のお気に入りである英雄とは対立しない方が良い。公爵家の家督で今や戦功もある自分が居る限り大丈夫。下手にちょっかいを出して我々が姫様の不興を招こうモノなら、相対的に闇神隊長と姫様の距離は近くなってしまう。
これまでは候補筆頭にあったヒヴォディルが彼等を説得してどうにか上手く取り成して来たが、今回の闇神隊によるガゼッタ親善訪問がもたらせた成功は、婚約者候補組がヒヴォディルに見ていた対闇神隊長への優位性すら霞んでしまう程の功績である。
流石にこれ以上はヒヴォディルにも彼等の不安を抑えきれないだろうと判断された。
「しかし、成功も成功、大成功な結果じゃったのう」
「そうですね」
宮殿の廊下を並び歩きながら、ヴォレットとクレイヴォルは闇神隊のガゼッタ親善訪問がもたらせた結果を語り合う。
ガゼッタとフォンクランクの直接交易によって両国の景気が良くなってしまい、闇神隊長をガゼッタ絡みで誹謗する流言はサンクアディエットの街から跡形も無く吹き飛んだ。
フォンクランクの英雄はガゼッタとの外交を成功させて多くの富をもたらせたと、またもや民の間で名声が高まる。特別討伐隊の失敗以降、魔獣被害に有効な対策も打てず流通は滞る一方で、街中に閉塞感が漂っていただけに、そこからの開放感は何倍にも増した。
更に、五族共和構想への参加を表明したシンハ王は、その意思を示すべくガゼッタから各国に魔獣討伐隊の派遣を決定。無技の戦士達の働きによって魔獣問題は一気に終息へと向かいつつある。おかげでガゼッタに対する民衆の不信や猜疑心も拭われていった。
識者ぶった民は、闇神隊長は前々からガゼッタと水面下で色々交渉していたに違いないとか、以前の噂はそれが関係していたのだろうとしたり顔で語っては酒場の聴衆から喝采を浴びたりしている。
「わらわの相手は、やはりヒヴォディルかのう」
「……血筋、家柄、功績共に申し分ないかと」
淡々と答えるクレイヴォル。
今年で十五歳を迎えるヴォレットはそうかと呟き、小さく息を吐いた。
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