■ 今日は大学の入学式です。私は約30年前でした。歳をとったからなのか、ミステリを読んでいると、主人公の年齢がとても気になります。自分が若い頃ならば、なんとなく、探偵でも警察官でも、ミステリの主人公は、たいてい自分より上だし、〈おっさんだなぁ〉ぐらいにしか思いませんでした。しかし、自分の年齢がかなり〈いっちゃってくる〉と、主人公の年齢が自分より上なのか下なのかが、妙に気になります。ただ、多くのミステリには、主人公の年齢が〈××歳〉と書かれていなくても、妻子がいるかとか、職業の階級が何かといったことから推測できます。
しかし、
岡嶋二人さんの『あした天気にしておくれ』(講談社文庫・1986年)の主人公〈私〉の年齢が今ひとつつかめない。結婚して8年というから、たぶん30代でしょう。では、アラサーなのか、アラフォーなのか。子どもは、〈私〉の希望から作らないと夫婦で決めたのでいない。そこから推測することもできない。前職は、
競馬記者であり、現在は、牧場を経営する社長に引き抜かれて、サラブレッドと牧場の管理を任されている。
競馬をやらない私は、そのためにどの程度の〈経験値〉が必要で、そのためにはどのくらいの年数が必要かわからない。そして、〈私〉は、雇われている社長に対しても、かなり言いたいことを言う。なので、社長との年齢差がどのくらいなのかも読めない。〈私〉の年齢がわからないので、どうも主人公の〈私〉に感情移入できず、本書を読んでいても何となく落ち着きません。
■ しかし、そんなことはどうでもいいほどに、本書は面白い。すばらしい血統をもつサラブレッドの〈セシア〉に付けられた値は、3億2000万円。この馬を4人の男が、8000万円ずつ出して購入します。ところが、牧場を移す際にトラブルがあって、足を骨折します。骨折は治るとしても、サラブレッドとして期待通りに走ることはおそらくできない。この事故は、4人の馬主の1人の牧場で起こったもので、その牧場の管理をしていたのが〈私〉でした。〈私〉は、この牧場とそこで働く牧夫たちを守ろう決め、この事故を隠蔽するために、馬の〈誘拐〉事件をでっち上げます。
身代金は2億円。〈セシア〉の馬主たちも、まだ一度も走っていないサラブレッドに、3億に加えて2億も払うとは思えない。そう〈私〉は踏んでいたのですが、〈セシア〉は日本
競馬の宝であるとして、身代金を払うべきだと強硬に主張する馬主が出てきて、事態は複雑な様相を呈してきます。そして、〈私〉と社長のところに、別な脅迫状が届きます。〈私〉が計画した〈誘拐事件〉を別人が乗っ取ろうとしている。〈私〉としては、〈セシア〉が殺されたと世間に思いこませるのが目的ですから、はなからこの狂言誘拐を成功させるつもりはない。しかし、〈私〉と社長を脅迫する謎の人物は、実際に、2億を奪取しようとしている。この脅迫者は、
競馬ファンの集まる東京
競馬場を舞台に、いったいどのような手段を使って身代金を強奪しようというのか。
競馬に詳しい〈私〉にもわからない。
■ 本書は、一見したところ倒叙物ですが、〈私〉は、絶対に誘拐を成功させるつもりはないから、完全犯罪の倒叙物ではない。むしろ、〈私〉は、この誘拐事件を失敗させるために奔走することになります。ミステリの謎は、〈私〉を脅迫する者が誰か、そして、〈私〉が絶対に成功する見込みはないと考える身代金の受け渡しをいかにして成功させるつもりなのか、という点にあります。〈誘拐事件〉の背後にもう1つの〈誘拐事件〉があり、〈脅迫者〉の後ろに便乗する何人も〈脅迫者〉が登場して、ラストまで筋が読めません。〈私〉は、自分で計画した〈誘拐事件の失敗〉に成功することができるのか。このツイストが面白い。続けて
岡嶋二人さんを読んでよかったです。
テーマ:推理小説・ミステリー -
ジャンル:本・雑誌