男女の自殺率格差でのすり替え問題
日経サイエンスのサイトに、「特集 自殺は防げる データで見る日本の自殺」がある。詫摩雅子はそこの「自殺に関する“誤解”」で「必ずしも誤りではないが,全体像を考えるとやや的外れと思われる表現を耳にすることがある。以下に挙げてみた」として、以下のことを挙げている。
男性に自殺が多い:これもまったくその通りで,ほとんどの国で男性の方が女性よりも自殺率が高い。日本でも男性の自殺者は女性の2.5倍である。現在のように中高年の男性自殺者が急増する前(例えば1997年)はだいたい2倍だった。男性が女性の2倍というのは世界的に見ると小さな数字だ。先進国ではやや特殊な部類に入る。米国では男は女の4.2倍,英国は3.6倍だ。日本では女性の比率が高いことがわかる。実際,WHOが把握している99カ国の自殺率を男女別に比較すると,日本は男性では世界12位,女性では5位になる。日本でも男性の方が自殺者は多いが,日本は女性の自殺率が高い国といえる。
自殺問題は人命問題だ。人権で最も重要なものが人命だ。男女の自殺率の格差問題も、当然に人命問題だ。しかし、詫摩雅子はその人命問題である自殺率の男女格差問題さえも、日本女性の自殺率の高さに論点をすり替えている。現在の男女の自殺率格差が問題であるのに、なぜ、2倍と言っているのだろうか。2003年の日本の男女の自殺率格差は3倍くらいあった(自殺対策白書のPDF)。
この文章の論理に従うと女性問題の話をしている時に、「世界的に見ればその事柄は小さな数字であるから」というすり替えが可能になる。例えば、日本女性への強姦の問題を論じている時に、「日本の強姦率は世界的に見ると小さな数字だ。世界的に見ても特殊な部類で、日本は女性への強姦率がかなり低い国といえる」と言って、強姦問題をうやむやにするようなものだ。
あるいは、殺人率だ。日本の殺人率は世界的に見ても最も少ない部類で、他の国はこれだけ殺人率が高いと言い、日本男性による日本女性への殺人の問題を他のことにすり替えているようなものだ。日本の殺人事件の検挙率は95%以上と非常に高い数値を維持してきたので、特に殺人率で考えるといいだろう。
詫摩雅子の論理に従えば、日本男性の日本女性への殺人問題の時に、世界的に見てどれだけ日本男性の殺人率が低いのかを指摘し、戦後一貫して減少してきた日本男性の殺人率を指摘し、日本男性の日本女性への殺人問題をうやむやにするのも何ら問題にはならない。
このような女性問題に対するすり替えを行った時には、どういう反論がされるのだろう。目に見えるような反論は、「他の国がどれだけ強姦率が高いか、殺人率が高いかは関係ない」というものだ。そんなことよりも、日本国内の女性問題をもっと考えろというものだろう。それと同じく、男女の自殺率格差も考えられないのだろうか。
詫摩雅子は、論理のすり替え以前に、そもそもの問題認識が間違っている。実際に、世界的に見て、日本女性の自殺率が日本男性の自殺率と比べて、そんなに順位が高いと強調するほどのことなのかという問題もある。
男性の自殺率が特段に高い旧ソ連諸国は女性については男性ほどほど水準が高くないためである。日本は男性も、女性も同様に自殺率が高いのであり、女性だけが特に高いわけではない。
つまり、旧ソ連諸国での男性の自殺率のあまりの高さに比べると、旧ソ連諸国の女性の自殺率が不均衡すぎるほどに少ないことに理由がある。
図録▽世界各国の男女別自殺率にある順位で、女性の自殺率の高い順の15位までは、以下の通り。単位:人/10万人。
- スリランカ(96)16.8
- 韓国(04)15.0
- 中国本土(99)14.8
- リトアニア(04)14.0
- スロベニア(04)13.9
- 日本(04)12.8
- 香港(04)12.4
- ガイアナ(03)12.1
- ハンガリー(03)12.0
- ベルギー(97)11.4
- スイス(04)11.3
- ロシア(04)10.7
- ユーゴスラビア(02)10.4
- フィンランド(04)9.4
- クロアチア(04)9.8
図録▽世界各国の男女別自殺率にある順位で、男性の自殺率の高い順の15位までは、以下の通り。単位:人/10万人。
- リトアニア(04)70.1
- ベラルーシ(03)63.3
- ロシア(04)61.6
- カザフスタン(03)51.0
- ハンガリー(03)44.9
- スリランカ(96)44.6
- ウクライナ(04)43.0
- ラトビア(04)42.9
- ガイアナ(03)42.5
- スロベニア(04)37.9
- 日本(04)35.6
- エストニア(05)35.5
- 韓国(04)32.5
- フィンランド(04)31.7
- ベルギー(97)31.2
男女の自殺率を見ると、その幅に明らかに違いがある。女性の自殺率は、15位のクロアチアと1位のスリランカの差は±7だ。一方、男性の自殺率は15位のベルギーと1位のリトアニアの差は38.9もある。
男性の自殺率は、15位のベルギーの2倍の自殺率でも1位のリトアニアの自殺率にはならない。一方、女性の自殺率は15位のクロアチアを2倍にすると1位のスリランカ以上になる。男性の自殺率の1位から15位までの幅は女性の約5.6倍もある。
リトアニアのように70.1と14.0というあまりに不均衡な自殺率の男女格差があり、女性の自殺率は順位が下がっても男性ほどに変わるわけではなく、そもそもの自殺率の数字自体が男性の自殺率よりかなり少ない。男女の自殺率格差のありようには、かなりの違いがあるのだ。
日本女性の自殺率の順位が日本男性より高くなっている主原因の旧ソ連諸国について、東欧の警察によって、多くの殺人が自殺として不正に処理されているのではないのかということが、wikipediaに書いている([citation needed]とあるが)。
List of countries by suicide rate
Also, due to the highly corrupt police forces in Eastern Europe, many murders are written off as suicides.
ベラルーシ、ロシア、ハンガリー、ウクライナのような東欧諸国のあまりに不均衡な男女の自殺率格差は、東欧のいい加減な警察が自殺として処理したから、男性の自殺率が跳ね上がり、女性の自殺率との格差が開いている可能性があるのかもしれない。
日経サイエンスの詫摩雅子のように、男女の自殺率格差の話をしているのに、女性の自殺率の高さにすり替え、他の国ではもっと格差があると言い出し、女性問題にしてしまえというのは非常にあくどい手法だ。それだけではなく、詫摩雅子は基本的な男女の自殺率格差のありようの違いの知識自体も不足している。
日本女性の自殺率の順位が6位でも、1位のスリランカと4の差があるだけだ。一方で、東欧の男性の自殺率があまりに高いために日本男性の自殺率の順位が6位以下になっているだけで、日本男性の自殺率が非常に高いのは言うまでもない。男性の自殺率で6位以上になると、自殺率が50くらいになってしまう。男女の自殺率の統計上の違いを無視して、単に順位で比較する詫摩雅子のような者は、ただのど素人だ。
男女の自殺率格差問題で、日本女性よりも日本男性のほうが深刻な問題を無痛化したい心理が働くと、詫摩雅子のようなことを言い出す。ジェンダーの問題になると論理破綻を起こす者がよくいるが、詫摩雅子もその典型的な一人だ。
男女の自殺率格差で男性の自殺率が自殺総数の70%を超えているのは、人命問題であることを考えると非常に重大な問題だ。だが、男女共同参画予算では、男性の人命問題の予算が全くない。人命問題に比べると、些細な他の女性問題が優先されている。
男女の自殺率格差という重大な人命問題が全く考えられずに、「男女の自殺率格差の拡大問題よりも、他の女性問題が先」ということが続くのなら、それだけ女の周縁化も続くことになる。
2007年12月掲載