十一之巻「花開く蒼」
「十七代目蒼鬼、双柳寺創花! 見参!」
蒼鬼が構えた音撃管『烈光』が、夕日を反射してキラリと輝く。
「長ったらしい名前だねえ」
「小娘のくせにさ」
怪童子と妖姫が間合いを詰めようとしたその瞬間、蒼鬼は引き金を引いた。烈光から矢が放たれ、怪童子の胸に突き立つ。
「グウ!」
怪童子が唸り、後ずさりした。妖姫が蒼鬼に組み付こうとしてくるが、蒼鬼は後ろに退いてそれをかわし、背中の矢籠から矢を抜いて烈光につがえた。
再度向かってくる妖姫に、蒼鬼は至近距離で矢を放つ。声にならない悲鳴を上げて、うずくまる妖姫。
と、そこへ、怪童子が上げた片足が蛇のように伸び、蒼鬼の体を捕らえた。
「あっ!」
身じろぐ蒼鬼に、起き上がった妖姫が牙をむき出しにして向かってくる。
「やられるばかりではないぞ」
怪童子が言った。
「我らの毒は、しびれるぞ」
妖姫が続ける。
「……そう」
蒼鬼は、すう、と息を吸い込んだ。
「鬼法術、青バラの尾!」
蒼鬼が唱えると、ひゅうひゅうと風が舞い起こり、やがて竜巻となって彼女の周りを囲んだ。風の中には青い花びらが無数に舞っている。怪童子が巻きつけた片足は、その竜巻で引きちぎられる。
「こしゃくな……」
怪童子は片足を失ったが、それはすぐに根元から再生した。
竜巻に囲まれた中で、蒼鬼がそっと片手を上げる。すると風は蒼鬼の体の周りを離れ、彼女の腕の動きに従って宙に舞い上がった。
蒼鬼を包む風の防護壁が消えたことを見て取り、妖姫が飛び掛ってくる。蒼鬼は上げた片手をその妖姫に向けた。すると風は、ぎゅるぎゅると唸りを上げ、一直線に妖姫にぶち当たる。
「ウグウ!」
竜巻に押し飛ばされた妖姫が、地面に落下した。
風が流れた軌跡に沿って、青い花びらがひらひらと地面に舞い落ちる。
蒼鬼は、今度は腕を怪童子に向けた。青い花びらを交えた風が、蒼鬼の腕の動きに沿って軌道を変えてゆく。
「そんな風ごときがあ!」
怪童子は怯まず突っ込んできたが、ぶつかってくる竜巻を打破できず、じりじりと後ずさりをするしかなかった。
「かくなる上は、呼ぶしかないねえ」
「わが子を呼ぶしかないねえ」
怪童子と妖姫は言い合い、怪しげに手をパンパンと叩いた。
「ウワバミを?」
蒼鬼は風を打ち消し、烈光に矢をつがえて身構えた。
「ウワバミい? 違うねえ」
「我らの子はツチノコだよ」
「ツチノコ……!」
かすかに地面が揺れるのが感じられる。そして、その揺れは段々と強くなってくる。否、揺れが強くなっているのではない、揺れのもとが近づいている……?
「それじゃ、まさか……」
いよいよ振動が強くなり、地面にかすかにひび割れが生じた。その次の瞬間、地面を割って巨大な塊が勢いよく飛び出してくる。
「これが我が子だよ」
「よく育ったツチノコだ」
地中から現れたのは、太い胴体を持つ蛇の魔化魍、ツチノコであった。今まで地中深くに潜んでいたのが、怪童子らに呼ばれて地上まで出てきたのだ。
「魔化魍は二体いたってこと……?」
蒼鬼は戸惑いながらも、ツチノコに烈光の矢先を向ける。
その背後で、しゅうしゅうと唸る声が聞こえた。
「ウワバミか」
妖姫が呟く。
「えっ?」
蒼鬼がちらりと後ろを見ると、背後の木の上に魔化魍ウワバミが潜んでいるのが見えた。鋭い眼光が蒼鬼を見据えている。
「両親を失い、寂しいだろう」
「お前も我らの子にしてやろう」
怪童子らの言葉を受けて、ウワバミはシャアッと吼えた。そして鎌首を振るい、蒼鬼めがけて溶解液を吐き出す。
「!」
蒼鬼は咄嗟に横に飛びのき、溶解液をかわしたが、そこへツチノコが太い体を脈打たせて飛び掛ってきた。
「烈光!」
蒼鬼が引き金を引くと同時に、ツチノコの胴体に矢が突き立つ。しかしツチノコは怯まず体当たりし、
「うっ……!」
蒼鬼の体を突き飛ばした。背中から地面に突っ込み、そのまま仰向けに倒れる蒼鬼。
「二体に囲まれては、どうにもならないだろう?」
「締め付け、溶かし、呑み込んでやろう」
怪童子と妖姫が、すうっと右手を高く掲げる。ツチノコとウワバミが、両側からじりじりと蒼鬼に近づいてくる。
上体を起こした蒼鬼は烈光に矢をつがえ、身構えるが、そこへ怪童子が片足を伸ばして烈光を絡め取ってしまった。
「これが無くては何もできないねえ?」
二体の魔化魍がにじり寄ってくる。
「くう……」
万事休すと思われたその時、カアカアとざわめきながら飛んでくる鳥の群れがあった。
二体の魔化魍に群がり動きを遮ったそれは、ディスクアニマル、黒羽烏の大群だ。
魔化魍と同じように黒羽烏にまとわりつかれ、怪童子たちも慌てている。
「な、なんだい、これは」
「シキガミだ!」
魔化魍らが動きを封じられている間にと、蒼鬼は立ち上がった。そこへ今度は、一体の瑠璃狼が地を駆けてくる。瑠璃狼は怪童子と妖姫、魔化魍を飛び越し、蒼鬼の足元に着地して吼えた。
「さっき案内してくれた子?」
瑠璃狼はくるりと振り向いて、また吼えた。
黒羽烏たちの主、ムラサキが山道を駆けてくる。
「創花ちゃん!」
「室男くん」
ムラサキと蒼鬼は、怪童子や魔化魍らを挟んで向かい合った。
「さっきの地鳴りでまさかと思って、来てみてよかった」
ムラサキは、黒羽烏を一体、また一体と叩き落していく怪童子らを一瞥すると、変身音叉を手に取った。
「室男くん、ダメ! 怪我してるのに鬼に変わるなんて!」
「大丈夫だよ創花ちゃん。こんなの……」
ムラサキが変身音叉『音鏡(おんきょう)』を傍らの木に叩き付けると、キイン……と透き通った音色が辺りに響いた。
「どうってことないよ」
「室男くん!」
額に音叉をかざしたムラサキは、オーロラのような光に全身を包まれる。
「はあぁぁっ!」
一気に気合を込め、ムラサキは光の中で鬼へと変わってゆく。
「せあっ!」
輝くオーロラが霧となって消え、紫鬼が姿を現した。
「……ほらね、どうってことないだろ?」
紫鬼はそう言うが、右腕はまだ完全には治癒していない様子だった。
「ほんとに大丈夫?」
「創花ちゃん、二体同時に相手できるの」
「それは……」
「だから、ツチノコは俺に任せて。さあ、行くよ!」
紫鬼は、前の戦いで一本だけになってしまった音撃棒『極光』を抜き取ると、傍らの木の幹にカン!と打ち付けた。
それを合図に、怪童子や妖姫、魔化魍らを取り巻いていた黒羽烏たちが一斉に空に飛び立つ。
「たあっ!」
紫鬼は怪童子に飛び掛かり、敵の右腕に極光を振り下ろす。
「グ!」
怪童子が唸り、その手に握った蒼鬼の烈光を取り落とした。紫鬼は怪童子を蹴り飛ばしてから、烈光を拾い上げると、蒼鬼に駆け寄る。
「はい、創花ちゃん」
「ありがとう。それに、さっき助けてくれたことも……」
「お礼なんていいよ」
紫鬼が極光を構えるのを見て、蒼鬼も烈光をウワバミに向けた。
二人の鬼と、男女の怪人、そして二体の大蛇。誰も動かない。オレンジ色の空が夜の闇に染まってゆく頃、一人が動き、そして戦いが始まった。
* * *
出雲。
夕暮れの土手を並んで歩く二人がいた。要平と沙弥だ。
「要平さんと二人で話すのは久しぶりよね。私達が猛士に来てから、二ヶ月くらい経つのかな」
「俺、もう二ヶ月も経ったのかって思う時もあるし、まだ二ヶ月しか経ってないのかって思う時もあるんだ。ここに来てから、それまで無かったことばかりで……」
「私も。今日の合同練習だって、あんな雰囲気の練習は初めて。私、中学の頃から音楽やってるけど、合奏の練習はいつだって張り詰めた空気だったの」
「そうなんだ」
今日の合同練習は、和気藹々とした楽しい雰囲気の練習だった。指揮の草間は、的確な指示を細かく出しながらも、決して厳しい物言いをすることがなかった。
「草間さん、聞いてた以上に凄い人だったなー」
「聞いてたって?」
「草間さんは、私がいた音大の卒業生なの。よく噂を耳にしてた」
「そっか……」
「ね、要平さん、音楽は楽しい?」
沙弥が尋ねてくると、要平は迷わず「楽しいよ」と返した。
「まだ全然上手く吹けないけど、なんていうか、吹くたびに楽器を気に入っていく感じで。楽器を好きになるってのはコナユキさんの教えでもあるんだけど」
「素敵な先生ね、コナユキさんって」
「尊敬できる師匠だよ。沙弥さんの方はどう?」
「私の師匠も、とても尊敬できる人。よく二人で一緒に演奏するんだけど、いつも褒めてくれるの。『俺には何も教えられないな』って」
「へえ……沙弥さん、ほんとに楽器が上手いんだなあ。俺もいつか上手くなれるかな」
「二人で頑張りましょうよ」
沙弥の言葉に、要平は力強く頷く。
* * *
夜の山に、戦いの声が響いていた。
「トオッ!」
紫鬼が突き立てた鬼ヅメで、怪童子が爆散する。
「おりゃあっ!」
続いて紫鬼は妖姫に飛び蹴りを見舞い、これも撃破した。
一方、蒼鬼は風の渦を巻き起こして魔化魍ウワバミを翻弄し、的確に烈光の矢を撃ち込んでゆく。
鬼石の鏃を持つ矢が、一本、また一本と、ウワバミの図体に突き立つ。
「シャアア!」
ウワバミは溶解液を吐き出すも、遠く離れた蒼鬼には届いていない。そしてまた蒼鬼が一本の矢をつがえた。
かたや紫鬼は、魔化魍ツチノコと対峙したかと思うと、一気に飛び出して空中で一回転。そのまま落下して極光の一撃を叩き込む。
「シュウ……」
ツチノコが振り回した尾が紫鬼に迫る。紫鬼はそれを右腕で受け止め――
「ぐっ!」
癒えていない右腕に鞭のような一撃を喰らって、紫鬼は一瞬怯んだ。そこへ間髪入れず、ツチノコの突進が襲う。
「うああ!」
突き飛ばされる紫鬼。左手の極光も取り落とし、地に倒れる。
「室男くん!」
蒼鬼が叫んだ。
「俺は大丈夫……」
紫鬼が体を起こそうとしたところへ、またもツチノコが突っ込む。
「ぐあっ!」
「室男くん!」
蒼鬼はウワバミに背を向け、ツチノコに向けて引き金を引いた。矢がツチノコの片目をかすめ、地面に突き立つ。ツチノコの目に傷が刻まれ、ツチノコは一声吼えた。
「そ、創花ちゃん……」
「室男く――」
「後ろ!」
「!」
蒼鬼が振り返らんとした瞬間、彼女の右脚に激痛が走った。ウワバミが吐き出した溶解液だ。
「うっ……」
崩れ落ちる蒼鬼。
「創花ちゃん!」
叫ぶ紫鬼の元にも、ツチノコの攻撃が再度迫っていた。
「がはっ……」
地面を滑り、後ろの木に叩きつけられる紫鬼。
「くそお……!」
木に手をかけて立ち上がり、
「覇あぁああっ!」
紫鬼は両腕を胸の前で構え、雄叫びを上げた。
「アアアア……」
オーロラが彼の全身を包む。夜の山が眩い光で照らされる。
「うおおおりゃあああああっ!」
紫鬼が一気に両腕を広げ、光の幕を切り払った。
「紫鬼、紫苑(しおん)!」
全身を鮮やかな紫色に染めて、紫鬼が見得を切る。体内の気を最大限に高めることで発現できる、強化形態だ。
「つっ……」
その直後によろめき、片膝をつく紫鬼だったが、すぐに気合を入れなおしてツチノコと対峙した。
「行くぞっ!」
ツチノコに飛び掛かる紫鬼。オーロラを纏ったパンチを頭部に撃ち込み、ツチノコを一気に怯ませる。
蒼鬼は、溶解液を浴びた脚に気を込めるが、鬼の回復能力をもってしても完全に傷を癒すことはできない。そんな蒼鬼へ、ウワバミが牙を剥いて襲い掛かる。
「創花ちゃん!」
ウワバミと蒼鬼の間に、紫鬼が横から割って入った。ウワバミにパンチ、キックを連続して撃ち込んでいく紫鬼。
「室男くん、その姿……」
「創花ちゃん、今の内に体勢を!」
「う、うん、でも……」
「『紫苑』は体力を使うけど、でもこれ以上やられるわけにはいかないだろ!」
紫鬼の回し蹴りがウワバミに炸裂する。
「室男くん……」
蒼鬼はさらに脚に気力を込め、よろめきながらも立ち上がった。そして矢籠から矢を抜き、烈光につがえる。
ウワバミが溶解液を吐いた。紫鬼は跳躍してそれを避け、そこへ蒼鬼が矢を放つ。ウワバミの片目が潰れた。
「シャアアッ!」
白い血を撒き散らして、首を振り回すウワバミ。
紫鬼はウワバミから離れ、再びツチノコへと向かった。
「とりゃあーっ!」
渾身の力でドロップキックを撃ち、反動で紫鬼は地面に転がる。ツチノコは、バタバタとのた打ち回っていた。
「ふーっ……」
紫鬼が大の字に転がると、その体が再びオーロラに包まれ、『紫苑』の姿から元の姿へと戻った。
「はーっ、こっからが本番かあ……」
紫鬼はゆっくり起き上がり、傍らに落ちている極光を拾い上げた。それから、装備帯から音撃鼓『磁空盤(じくうばん)』を取り外すと、
「よし!」
気合を入れてツチノコに飛び掛かる。ツチノコの背に磁空盤を押し付けると、それはしゅるしゅると巨大化し、紫色の鼓となって広がった。
「はあ!」
極光を握った左手を、磁空盤に振り下ろす。
ダン!
その一撃が、ツチノコを一気に沈静化させた。
そして、もう一発。今度はさらに激しい一発が、ダアン!と響いた。ツチノコは苦しそうに唸りを上げる。
「ふう……」
紫鬼は一息つくと、極光を手元でクルクル回し、振りかぶった。
「音撃打!」
紫色の音撃棒が、幾度となく磁空盤を震わせる。その度にツチノコは痙攣し、口を開閉させる。
「まだまだあ!」
極光の持ち手を両手で握り、さらに連打を続ける紫鬼。太鼓の音色が山間を縫って響き、清めの音が魔化魍の全身を駆け巡る。
「白夜夢幻(びゃくやむげん)の型!」
とどめの一発が振り下ろされた。ツチノコの体が膨張を始め、紫鬼はそこから飛び退く。次の瞬間、ツチノコの体が破裂し、葉っぱと土くれに変わって跡形もなく消え去った。
「ふうーっ……もう無理」
地面にばたりと倒れ込む紫鬼。それと同時に顔の変身が解かれる。そこへ、音撃鼓がくるくると飛んで戻ってきた。
一方、ウワバミは蒼鬼の放った矢に両目を潰され、体中にも矢を突き立てられて、もはや息も絶え絶えだった。
蒼鬼は、はあはあと息を吐きながら傍らの木にもたれかかり、烈光を変形させた。ボウガンの開いた部分を閉じ合わせてベルに。銃身は本体、持ち手は吹き口の部分となり、アルトサックスの形が完成する。
次いで、装備帯のバックル部にセットされたリードケースから、音撃木片『花弁(かべん)』を一枚抜く。それをマウスピースに取り付けて、蒼鬼は烈光を構えた。
「音撃射、威風一閃」
蒼鬼が息を吹き込むと、金色に輝く音撃管は美しい音色を周囲に響かせる。ウワバミに突き立てられた矢の鏃が赤く光り、清めの音を増幅していく。
ウワバミは最後の悪あがきとばかりに、溶解液をがばっと吐き出した。そして、その長い体は痙攣を始め、やがて爆発して自然に還元されたのだった。
蒼鬼は木にもたれたまま、すとんと腰を下ろし、うなだれて顔の変身を解いた。
戦いが終わり、山は静かだ。
どこからかフクロウの鳴き声が聞こえた。
* * *
ムラサキが、彼自身もよろめきながら、ソウキの肩を担いでベースまで歩いてきた。
「大丈夫か!」
ムラサキのサポーターが席を立ち、彼の傍に駆け寄る。ソウキの付き添いの二人も、「お嬢さん」「ムラサキさん」と口々に声を発して、立ち上がった。
「あんま大丈夫じゃないかも……」
ソウキを長椅子に寝かせると、ムラサキは操り人形の糸が切れたように仰向けに倒れる。
「魔化魍は済んだよ……」
それだけ言うと、彼はその格好のままで眠ってしまった。サポーターの男性が急いでテントから毛布を持ってきて、彼に被せるのが早いか、その全身の変身が解けた。
長椅子に横たわるソウキに、付き添いの男性の一人が声をかけた。
「お嬢さん、大丈夫ですか」
「……右脚が……鬼の力で治せなくて……」
もう一人の男性がソウキの足を見やり、「手当てしないと」と焦る。
「変身、解きますね……」
そう言うソウキに、ムラサキのサポーターが「嬢、ムラサキのテント使って下さい」と示した。
「はい、ありがとうございます……」
ソウキは長椅子から起きて、ふらつく足取りでテントに向かった。
* * *
翌朝、『白梅号』は出雲へ戻る高速道路に乗っていた。
「今回は大層疲れたでしょう。帰ったらゆっくり休んで下さい」
助手席の男性がソウキに言う。
ソウキは右脚に包帯を巻かれ、後部座席に座っていた。
「はい」
「じゃあ、いつもの音楽掛けますね」
男性がカーナビのパネルを操作し、静かなクラシックが鳴り始める。
窓の外を眺めるソウキの表情は、どこか寂しげだった。
* * *
一方、山ではムラサキのサポーターがせっせとベースの片付けをしていた。ムラサキは、新しい包帯を腕に巻かれて、椅子に座っている。
「あまり無茶するなよな。鬼に変わるだけならともかく、『紫苑』になるなんて」
「……」
「まあ、無茶してでも突っ込むところが、お前の長所なんだろうけど」
テントを畳みながら、サポーターの男性が言った。
「……」
「どうした、ムラサキ?」
畳んだテントを車に積み込んでから、男性はムラサキのほうを見る。ムラサキは空を見上げて何か考えている様子だった。
「……」
「ソウキの嬢か」
「……ま、待てよ、何をいきなり」
慌てるムラサキ。
「ムラサキ。いくら幼馴染でも、お前の家は双柳寺の分家だろ」
「だ、だから、いきなり何の話してるんだよ」
「お前はいずれ、村野家を継ぐんだろ。ソウキの嬢は婿を取って双柳寺を継ぐ。まあ、俺もはっきり言って時代錯誤だとは思うけど」
男性が、バタン!と車のトランクを閉める。
「受け継ぐ歴史……か」
ムラサキは呟くと、椅子から立ち上がった。
連綿と繋ぐ歴史を背負い、新たな時代に咲き変わる花。
鬼たちの物語は続く……。
(十一之巻 完)
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