2013年6月24日、宇都宮健児弁護士(日弁連前会長)らを筆頭に、全国の弁護士152名が代理人となり、6月16日に東京都新宿区新大久保周辺で行われた「行動する保守運動」が主催した外国人排外デモ「桜田祭」の参加者による暴行、傷害の被害を受けた被害者2名(Kさん、Nさん)による告訴状を新宿警察署に提出し、受理されました。
Nさんは、告訴状提出後、記者会見にも出席し、「レイシズムは日本の恥だ!」、「差別からは憎しみ以外何も生まれない」、「歴史を学べ、歴史に学べ」というプラカードを掲げて排外デモに抗議していたところ、仰向けに転倒、その際に被告訴人から太ももを蹴りつけられる暴行を加えられた被害状況を説明しました。
また、加害者に対して「他人に暴力をふるったことは深く反省してほしいし、自分たちがやっていることを考え直してほしい」などとコメントしました。
【関連】新宿区新大久保地域で行われる外国人排撃デモについて(声明・東京都公安委員会へ申し入れ・人権救済申立/2013年3月29日付)
警視庁 新宿警察署 署長 殿
被告訴人の告訴の理由記載の所為は、刑法第204条(傷害罪)の罪に該当するので、厳重なる処罰を求める。
被告訴人は、平成25年6月16日、自らを「湘南純愛組・優」等と称して、「行動する保守運動」が主催する排外デモ「桜田祭」に参加していたが、同日午後4時38分、新宿区西新宿小滝橋通りにおいて、道路の反対側歩道から抗議の声を上げていた告訴人に腹を立て、車線を横切って反対側の歩道まで走り、歩道内において、告訴人に対し、その体に体当たりをして転倒させる暴行を加え、もって告訴人に全治1週間の頭部打撲の傷害を負わせたものである。
第1 告訴に至る経緯
1 当事者
(1)被告訴人
被告訴人は、「湘南純愛組・優」と称して、「在日特権を許さない市民の会(在特会)」を中心として構成される「行動する保守運動」に参加し、新大久保のコリアンタウンで同グループが行う在日朝鮮・韓国人を攻撃する排外主義デモ(排外デモ)に繰り返し参加していた。
犯行当日、被告訴人は、同グループが主催する排外デモ「桜田祭」に参加していた。
(2)告訴人
告訴人は、1985(昭和60)年■月■日生まれ、28歳の会社員であり、Twitterなどの呼びかけによる反原発デモで初めて政治的なデモに参加し、本年3月17日からは、同じくTwitterの呼びかけで「行動する保守運動」が行う排外デモに対して沿道から抗議する行動に参加するようになった。
犯行当日も、告訴人は、上記「桜田祭」に抗議するため、デモとは反対側の歩道から、「差別なんか止めろ」等と抗議の声を上げていた。
2 本件犯行状況
(1)排外デモの実施
上記「行動する保守運動」のグループは、犯行当日、排外デモ「桜田祭」を企画した。
「桜田祭」デモは、「新大久保通桜田祭実行委員会」主催、現場責任者桜田修成(新社会運動)とされているが、実際は、上記「行動する保守運動」とりわけ「在特会」のメンバーが行う排外デモであった。
デモ隊は、午後2時半に大久保公園に集合し、3時に出発して、職安通りから、明治通りを回って、新大久保駅、大久保駅の前を通過し、左折して小滝橋通りに入り、最後に柏木公園で解散することになっていた。
デモの趣旨は、主に日本に在住する在日朝鮮・韓国人を攻撃することにあった。デモ隊のプラカードは「5万人の売春婦は韓国に帰れ」「来ルナ帰レ死ネ 繰リ返ス来ルナ帰レ死ネ」「仇ナス敵ハ皆殺シ 朝鮮人ハ皆殺シ」という内容で、韓国の国旗をハエ叩きで叩きながらデモ行進する者もあり、「朝鮮人を殺せ」等と声を上げながら行進する光景は、明らかに常軌を逸していた。
(2)告訴人の行動
告訴人は、犯行当日、職安通り、大久保通り、小滝橋通りにおいて、排外デモ隊に対し、「差別なんかやめろ」「恥さらし」「この差別主義者」「さっさと帰れ」等と叫んで、差別的デモに対して抗議していた。
排外デモ隊は、道路の左側車道を通過していたが、告訴人は、常に道の反対側、すなわち右側の歩道において抗議を行っていた。したがって、告訴人と排外デモ隊との間は、1車線分の距離が常に開いていた。
なお、告訴人は、手にプラカードを持つこともなく、ハンドマイク等も持っていなかった。告訴人は、排外デモ隊に反対側の歩道から、声だけを上げて抗議していたにすぎないのである。
(3)本件犯行
排外デモ隊が小滝橋通りに入ると、告訴人は、周囲の抗議者から離れ、一人になってしまった。
排外デモ隊の最後尾にいた被告訴人は、告訴人の姿を認め、排外デモ隊から離れて反対の車道をわたり、告訴人のいる反対側の歩道まで走っていき、いきなり、告訴人に対し、前から体当たりをする暴行を行って告訴人を転倒させ、本件犯行に及んだ。
告訴人は、歩道のアスファルトに右側頭部を叩きつけ、意識を失い、救急車で病院に搬送された。告訴人は、被告訴人の上記暴行により、全治1週間を要する頭部打撲の傷害を負った。
なお、告訴人は、特に被告訴人個人に向けて抗議の声を上げたわけではなく、排外デモ隊全体に対して抗議していたので、なぜ、被告訴人が告訴人を狙って暴行を行ったのかは、不明である。
第2 事件の背景
1 「行動する保守運動」と「在特会」
(1)被告訴人が所属する「行動する保守運動」とは、従来の街宣右翼のように街宣車を連ねて抗議や街宣活動をするのではなく、一般的な市民運動と同様に署名活動やプラカードを掲げシュプレヒコールを叫びながらデモ行進する行動スタイルを持つ運動であり、主にインターネットで参加者を募っている。
「行動する保守運動」に参加する最大の団体は、「在日特権を許さない市民の会(在特会)」であり、2007年に結成され(会長・桜井誠(本名は高田誠))、1万2000人の会員を持つという。
(2)「行動する保守運動」は、中国や韓国のほか、日本に在住する在日朝鮮・韓国人の住民に対する攻撃を強めており、各地で街頭宣伝活動やデモを行ってきたが、その際、「朝鮮人を殺せ」「ゴキブリ」「叩き出せ」「朝鮮人はウンコ食っとけ」などの汚いヘイトスピーチ(暴力と差別を煽る表現を伴う言論)を使用し続けている。
「行動する保守運動」の中核である在特会は、2009年12月4日には、京都市南区にある京都朝鮮第一初等学校校門前において、拡声器によって「朝鮮学校、こんなものは学校でない」等の罵声を浴びせる事件、2010年4月14日には、徳島県教組事務所に乱入し、「朝鮮人の犬」「こら非国民」等とトラメガを使って叫ぶ事件を引き起こし、それぞれ逮捕者を出している。
(3)また、今年に入り、「行動する保守運動」に属する「神鷲皇国会(しんしゅうみくにかい)」の元幹部の少年(18歳)が、3月24日夕、大阪市北区の阪急百貨店前で、在日コリアンや朝鮮学校を非難する街宣活動に参加した際、近くの歩道橋上でこの街宣に抗議して「愛国を言い訳に差別を楽しむな」というビラを掲げた男子大学生(23歳)に詰めより、腹を殴る暴行を加えた容疑で逮捕されている。
2 本件団体による新大久保駅周辺のデモ実施状況
(1)「行動する保守運動」のグループは、これまでにも本件犯行現場である新大久保駅周辺において、以下のとおり、本件「桜田祭」と同様のコースで、排外デモを行っている。
1月12日「韓流にトドメを!反日無罪の韓国を叩きつぶせ国民大行進 in 新大久保」
2月9日「不逞鮮人追放!韓流撲滅デモ in 新大久保」
2月10日「北朝鮮は拉致被害者を即刻返せ! in 新宿」
2月17日「韓国を竹島から叩き出せ!in新大久保」
3月17日「春のザイトク祭り不逞鮮人追放キャンペーンデモ行進 in 新大久保」
3月31日「特定アジア粉砕新大久保排害カーニバル!!」
4月21日「日本人差別をなくせ!デモin新大久保」
5月19日「通名制度の悪用をなくせ!デモin新大久保」
また、同グループは、6月30日にも、「在日外国人犯罪者追放デモ in 新大久保」を予定している。
団体の主張を広げたいのであれば、このように同じ場所で繰り返しデモを行う理由は見出しがたい。周知のとおり、新大久保駅周辺には、韓国人料理店や「韓流」の店、韓国食材の店など、韓国にまつわる商店が多い。「行動する保守運動」は、これらの店及びその客をターゲットとして、いわば、在日朝鮮・韓国人に対する「嫌がらせ」として、新大久保駅周辺でデモを行っているのである。
(2)「行動する保守運動」のデモ参加者は、在日コリアンを攻撃するため、以下のような差別と暴力を煽る言動(ヘイトスピーチ)を行いながらデモを行っている
「殺せ、殺せ、朝鮮人!」
「ゴキブリ、ゴキブリ、朝鮮人!」
「朝鮮人を叩き出せ!」
「朝鮮人を射殺せよ!」
(3)同時に、同グループのデモ参加者は、次のようなプラカードを掲げてデモ行進に参加している。
「よい朝鮮人も悪い朝鮮人も、みんな殺せ」
「韓国=悪、韓国=敵 よって殺せ」
「朝鮮人、頸つれ、毒飲め、飛び降りろ」
「5万人の売春婦は韓国に帰れ」
「来ルナ帰レ死ネ 繰リ返ス来ルナ帰レ死ネ」
「仇ナス敵ハ皆殺シ 朝鮮人ハ皆殺シ」
以上のような発言及びプラカードは、明らかに常軌を逸しており、周囲の環境に与える影響は計り知れない。付近の在日外国人は生命身体の危険を感じ、恐怖感を抱いた人たちも少なくない。沿道の買物客、観光客は恐怖し、小さな女の子が驚愕や恐怖からか泣き出す場面もあった。
(4)さらに、デモ行進参加者は、しばしば道路からはみ出して歩道に入り、商店や歩行者と衝突している。このため、機動隊員が周囲を取り囲むために歩道上の通行が不能になり、通行人の通行に重大な支障を生じさせている。
加えて、デモ行進者は、しばしば、沿道を歩く市民に対し、「こら、そこの朝鮮人」等と罵声を浴びせたり、脅迫的言辞を弄している。このため、現場周辺は一触即発の事態になっている。一度は、同団体のデモに抗議する女性が道に飛び出して警官隊に取り押さえられたり、主催者の桜井誠(高田誠)自身が沿道の罵声に激高して暴れ出し、警官隊に取り押さえられるという事態もあった。付近の在日外国人経営の飲食店、土産物店などの売上は著しく減少しており、その被害は甚大である。
(5)このように、同団体の激しいヘイトスピーチの結果として、新大久保駅周辺は毎週週末になると騒然とした状態になり、一部には暴力的事態まで発生している。
このような事態は、社会の関心を集め、本年5月7日には、参議院議員会館で「差別主義者・排外主義者によるデモに抗議する国会集会」が開かれた。この日行われた参議院予算委員会では、ヘイトスピーチデモに関する鈴木寛議員(民主党)の質問に対して、安倍首相が「一部の国、民族を排除しようという言動のあることは極めて残念なこと」、「他国を、あるいは他国の人々を誹謗中傷することによって、まるで我々が優れているという、そういう認識を持つのは全く間違っているわけでありますし、結果として我々自体が自分たちを辱めていることにもなる」との見解を示した。
新聞各紙も事態を取り上げ、ヘイトスピーチの法規制に踏み込むべきだとの社説を公表するものも現れている。
3 排外デモに抗議する市民
(1)本年2月17日ごろから、事態の悪化を憂慮した市民がインターネット(主にTwitter)を利用して集まり始め、「行動する保守運動」が行う排外デモに抗議を始めた。
(2)ある市民は、「(韓国と)仲良くしようぜ」「排外主義くたばれ」「差別はやめろ」等と書いたプラカードを持って沿道に立ち、排外デモ隊に抗議した。
(3)ある市民は、「憎悪の連鎖は何も生まない」等と書かれた横断幕を掲げて排外デモ隊に抗議した。
(4)ある市民は、沿道で、「差別主義者は帰れ」「在特会帰れ」等と、排外デモ隊に抗議の声をあげた。
(5)ある市民は、排外デモのコースを変更させ、新大久保を排外デモから守るために署名運動を始めた。
(6)ある市民は、通りのビルの大スクリーンに差別批判の識者の声を集めた映像を流し、排外デモ隊を批判した。
(7)ある市民は、沿道の店舗に向けて「これから差別デモが通過します。」等と書いたプラカードを見せて歩き、沿道の店で働く朝鮮・韓国籍の店員らに対し、差別は日本人の総意ではないこと、多くの市民が人種差別に反対していることをアピールした。
(8)ある市民は、「好きです。新大久保」等と書かれた風船を通行人に配り、排外デモのために殺伐とした街の雰囲気を少しでも柔らかなものにしようとした。
(9)ある市民は、ゲイパレードのような恰好で、排外デモ隊の前で踊りを踊り、排外デモ隊をからかうようにして抗議した。
(10)また、ある市民は、「なかよくしようぜ」のプラカードを貼った車を排外デモ隊の後に走らせ、明るい音楽を流しながら、スピーカーで「人種差別はいけません。人と人は国籍に拘わらず仲良く生活するべきです。」などとアピールした。
(11)以上のように、Twitter等で自然発生的に集まった市民は、「行動する保守運動」が行う排外デモに、人種差別があることを敏感に感じ取り、それぞれの創意工夫を活かした方法によって抗議をしている。
このような市民の活動は、「対抗言論」の法理に照らせば当然是認されるものであって、「無許可・違法デモ」等と「行動する保守運動」側から批判される謂れは微塵もない。
むしろ、市民の行動は、排外主義・人種差別主義から日本の良心を守ろうとするものであり、民主主義の防波堤であるとすらいうことができる。
4 抗議する市民と排外デモとの衝突
このように、排外デモに抗議する市民が沿道に集まるようになり、その数は徐々に増え、排外デモを参加者数で圧倒するようになった。
これに対し、排外デモ側も「無許可の違法デモだ」等と反発を強め、しばしば非難の応酬となり、両者の緊張は高まっていた。
本件犯行は、このような中で行われたものである。
第3 本件告訴の意義
1 以上のとおり、「行動する保守運動」による排外デモ行進においては、暴力や差別を煽る言動が行われ、沿道に大混乱を引き起こしている。これらの行為により、付近の在日外国人は生命身体の危険を感じ、恐怖感を抱いた人たちも少なくない。
ヨーロッパのドイツ、フランスなどにおいてはかつて外国人排撃運動に対し、社会のしかるべき対応が行われなかったことから外国人の生命が奪われ、また放火等重大な犯罪に発展したとの歴史的事実があることも銘記されるべきである。事態が深刻な発展を遂げているにもかかわらず警察の対応も充分とはいえない。
このような事態を受け、市民の抗議活動が始まるのは当然であり、市民の抗議活動は、日本人の良心の現れであり、民主主義の防波堤だというべきである。
2 「対抗言論」の法理に照らせば、排外デモ隊のヘイトスピーチに対し「言論」で攻撃することは当然許される。告訴人は、デモ隊に対し、「差別なんかやめろ」と言論で対抗していたにすぎないのであって、「言論の自由」の正当な行使である。
排外デモ隊側はしばしば抗議活動に対して「違法な無許可デモである」「デモ妨害だ」等と批判しているが、明らかに誤りである。
3 「対抗言論」の法理に照らせば、言論で抗議した告訴人に対して暴力を振るった被告訴人の行為は、意見の対立を暴力で解決しようとするものであって断じて許されてはならず、厳重なる処罰を求める。
4 なお、そうではあっても、意見対立(反原発にせよ、反TPPにせよ、オスプレイ配備問題にせよ)があっても、デモの現場がここまで混乱し、暴力事件にまで発生することは普通ありえない。今回、ここまで事態が悪化している原因は、意見対立の存在そのものではなく、意見の表現方法すなわち、「ヘイトスピーチ」にあるというべきである。「死ね」「殺せ」といった、差別と暴力を煽るヘイトスピーチが、反対派市民の反発を招き、ここまでの混乱を招いている。
そうである以上、「行動する保守運動」側は、「死ね」「殺せ」「ゴキブリ」「叩き出せ」といったヘイトスピーチデモのスタイルを反省し、改めるべきである。少なくとも、本年6月30日のデモは自粛し、デモの方法態様について、きちんと検討・総括するべきである。
本件告訴がその契機になることを切に希望する。
警視庁 新宿警察署 署長 殿
被告訴人の告訴理由記載の所為は、刑法第208条(暴行罪)の罪に該当するので、厳重なる処罰を求める。
被告訴人は、平成25年6月16日、自らをノアと称し、「行動する保守運動」が主催する排外デモ「桜田祭」に参加していたが、同日午後4時16分、東京都新宿区百人町1-18-3先歩道上において、歩道からプラカードを上げてデモに抗議していた告訴人が仰向けに転倒したことに乗じ、告訴人に対し、その左太もも外側を蹴りつける暴行を加えたものである。
第1 告訴に至る経緯
1 当事者
(1) 被告訴人
被告訴人は、自らを「ノア」と称して「在日特権を許さない市民の会(在特会)」を中心に構成される「行動する保守運動」に参加し、新大久保のコリアンタウンで同グループが行う在日朝鮮・韓国人を攻撃する排外主義デモ(以下「排外デモ」という。)に繰り返し参加していた。
犯行当日、被告訴人は、同グループが主催する排外デモ「桜田祭」に参加していた。
(2) 告訴人
告訴人は、告訴人は、60歳になる初老の女性(昭和27年■月■日生)であり、自営で宅配荷物の配達業を営んでいる。夫から、インターネット動画に流されていた、本件同様の「行動する保守運動」などが行っている排外デモを見せてもらい、デモ参加者が、あまりにも酷い人種差別的・排外主義的言動やそれを超えた在日朝鮮・韓国人の殺人や強姦を扇動する発言を繰り返していることを知り、本年5月19日から、このような排外デモに対して沿道からプラカードを持って抗議する行動に参加するようになった。
2 本件犯行状況
(1) 排外デモの実施
上記「行動する保守運動」のグループは、犯行当日、排外デモ「桜田祭」を企画した。
「桜田祭」と称される排外デモは、「新大久保通桜田祭実行委員会」主催、現場責任者桜田修成(新社会運動)とされているが、実際は、上記「行動する保守運動」とりわけ「在特会」のメンバーが行うデモであった。
デモ隊は、午後2時半に大久保公園に集合し、3時に出発して、職安通りから、明治通りを回って、新大久保駅、大久保駅の前を通過し、左折して小滝橋通りに入り、最後に柏木公園で解散することになっていた。
デモの趣旨は、主に日本に在住する在日朝鮮・韓国人を攻撃することにあった。デモ隊のプラカードは「5万人の売春婦は韓国に帰れ」「来ルナ帰レ死ネ 繰リ返ス来ルナ帰レ死ネ」「仇ナス敵ハ皆殺シ 朝鮮人ハ皆殺シ」いう内容で、韓国の国旗をハエ叩きで叩きながらデモ行進する者もあり、「朝鮮人を殺せ」等と声を上げながら行進する光景は、明らかに常軌を逸していた。
(2) 告訴人の行動
告訴人は、犯行当日、当初は、大久保通りにおいて、「レイシズムは日本の恥」、「歴史を学べ、歴史に学べ」と記載されたプラカードを掲げて、差別的排外デモに対して抗議していた。排外デモ隊は、道路の左側車道を通過していたが、告訴人は、反対側、すなわち右側の歩道において抗議を行っていたのである。
排外デモ隊が小滝橋通りに入ると、告訴人は、左側歩道に入った。そのとき、歩道は、抗議をする人々でいっぱいになっていた。
それでも、告訴人は、声を上げて抗議をしたわけではなく、上記プラカードを掲げて、デモ参加者の良心に訴えようとしていたにすぎないのである。
(3) 本件犯行
デモ隊が小滝橋通りに入ると、告訴人は、靴の紐がほどけていることに気づき、プラカードをガードレールに立てかけ、紐を結ぼうとしゃがんだ。
ふと気づくとプラカードがなく、そのとき、告訴人は、デモに参加していた被告訴人と目があった。取られたかと思った告訴人が被告訴人に近づこうとした直後、告訴人は、人波に押され仰向けに転倒してしまった(実際に被告訴人がプラカードを取ったかどうかは不明である。)
この時、被告訴人は、転倒した告訴人に対し、ハイヒールの踵で、告訴人の左太ももの外側を蹴りつける暴行を加えた(告訴人は直接目撃していない)。周囲の警察官が暴行を目撃し、被告訴人を逮捕した。
被告訴人が告訴人を蹴りつけた部位は痣になり、現在も歩行する際に痛みを感じる状態である。
なお、告訴人は、特に被告訴人個人に向けて抗議したわけではなくデモ隊全体に対して抗議していたので、なぜ、被告訴人が告訴人を狙って暴行を行ったのかは、不明である。
第2 事件の背景
1 「行動する保守運動」と「在特会」
(1) 被告訴人が所属する「行動する保守運動」とは、従来の街宣右翼のように街宣車を連ねて抗議や街宣活動をするのではなく、一般的な市民運動と同様に署名活動やプラカードを掲げシュプレヒコールを叫びながらデモ行進する行動スタイルを持つ運動であり、主にインターネットで参加者を募っている。
「行動する保守運動」に参加する最大の団体は、「在日特権を許さない市民の会(在特会)」であり、2007年に結成され(会長・桜井(本名は高田)誠)1万2000人の会員を持つという。
(2) 行動する保守運動は、中国や韓国のほか、日本に在住する在日朝鮮・韓国の住民に対する攻撃を強めており、各地で街頭宣伝活動やデモを行ってきたが、その際、「朝鮮人を殺せ」「ゴキブリ」「叩き出せ」「朝鮮人はウンコ食っとけ」などの汚いヘイトスピーチ(暴力と差別を煽る表現を伴う言論)を使用し続けている。
「行動する保守運動」の中核である在特会は、2009年12月4日には、京都府南区にある京都朝鮮第一初等学校校門前において、拡声器によって「朝鮮学校、こんなものは学校でない」等の罵声を浴びせる事件、2010年4月14日には、徳島県教組事務所に乱入し、「朝鮮人の犬」「こら非国民」等とトラメガを使って叫ぶ事件を引き起こし、それぞれ逮捕者を出している。
(3) また、今年に入り、「行動する保守運動」に属する「神鷲皇国会(しんしゅうみくにかい)」の元幹部の少年(18)が、3月24日夕、大阪市北区の阪急百貨店前で、在日コリアンや朝鮮学校を非難する街宣活動に参加した際、近くの歩道橋上でこの街宣に抗議し、「愛国を言い訳に差別を楽しむな」というビラを掲げた男子大学生(23)に詰めより、腹を殴る暴行を加えた容疑で逮捕されている。
2 本件団体による新大久保駅周辺のデモ実施状況
(1) 「行動する保守運動」のグループは、これまでにも本件犯行現場である新大久保駅周辺において、以下のとおり、本件「桜田祭」と同様のコースで、排外デモを行っている。
1月12日「韓流にトドメを! 反日無罪の韓国を叩きつぶせ 国民大行進 in 新大久保」
2月9日「不逞鮮人追放!韓流撲滅 デモ in 新大久保」
2月10日「北朝鮮は拉致被害者を即刻返せ! in 新宿」
2月17日「韓国を竹島から叩き出せ!in新大久保」
3月17日「春のザイトク祭り 不逞鮮人追放キャンペーン デモ行進 in 新大久保」
3月31日「特定アジア粉砕新大久保排害カーニバル!!」
4月21日「日本人差別をなくせ!デモin新大久保」
5月19日「通名制度の悪用をなくせ!デモin新大久保」
また、同グループは、6月30日にも、「在日外国人犯罪者追放デモ in 新大久保」を予定している。
団体の主張を広げたいのであれば、このように同じ場所で繰り返しデモを行う理由は見出しがたい。周知のとおり、新大久保駅周辺には、韓国人料理店や「韓流」の店、韓国食材の店など、韓国にまつわる商店が多い。「行動する保守運動」は、これらの店及びその客をターゲットとして、いわば、在日朝鮮・韓国人に対する「嫌がらせ」として、新大久保駅周辺でデモを行っているのである。
(2) 「行動する保守運動」のデモ参加者は、在日コリアンを攻撃するため、いずれも、以下のような差別と暴力を煽る言動(ヘイトスピーチ)を行いながらデモを行っている
「殺せ、殺せ、朝鮮人!」
「ゴキブリ、ゴキブリ、朝鮮人!」
「朝鮮人を叩き出せ!」
「朝鮮人を射殺せよ!」
(3) 同時に、同グループのデモ参加者は、次のようなプラカードを掲げてデモ行進に参加している。
「よい朝鮮人も悪い朝鮮人も、みんな殺せ」
「韓国=悪、韓国=敵 よって殺せ」
「朝鮮人、頸つれ、毒飲め、飛び降りろ」
「5万人の売春婦は韓国に帰れ」
「来ルナ帰レ死ネ 繰リ返ス来ルナ帰レ死ネ」
「仇ナス敵ハ皆殺シ 朝鮮人ハ皆殺シ」
以上のような発言及びプラカードは、明らかに常軌を逸しており、周囲の環境に与える影響は計り知れない。付近の在日外国人は生命身体の危険を感じ、恐怖感を抱いた人たちも少なくない。沿道の買物客、観光客は恐怖し、小さな女の子が驚愕や恐怖からか泣き出す場面もあった。
(4) さらに、デモ行進参加者は、しばしば道路からはみ出して歩道に入り、商店や歩行者と衝突している。このため、機動隊員が周囲を取り囲むために歩道上の通行が不能になり、通行人の通行に重大な支障を生じさせている。
加えて、デモ行進者は、しばしば、沿道を歩く市民に対し、「こら、そこの朝鮮人」等と罵声を浴びせたり、脅迫的言辞を弄している。このため、現場周辺は一触即発の事態になっている。一度は、同団体のデモに抗議する女性が道に飛び出して警官隊に取り押さえられたり、主催者の通称名「桜井誠」(本名高田誠)自身が沿道の罵声に激高して暴れ出し、警官隊に取り押さえられるという事態もあった。付近の在日外国人経営の飲食店、土産物店などの売上は著しく減少しており、その被害は甚大である。
(5) このように、同団体の激しいヘイトスピーチの結果として、新大久保駅周辺は毎週週末になると騒然とした状態になり、一部には暴力的事態まで発生している。
このような事態に、社会の関心と批判が集まり、5月7日には、参議院議員会館で「第2回 差別主義者・排外主義者によるデモに抗議する国会集会」が開かれた。そして、この日行われた参議院予算委員会では、ヘイトスピーチデモに関する鈴木寛議員(民主党)の質問に対して、安倍首相が「一部の国、民族を排除しようという言動のあることは極めて残念なこと」、「他国を、あるいは他国の人々を誹謗中傷することによって、まるで我々が優れているという、そういう認識を持つのは全く間違っているわけでありますし、結果として我々自体が自分たちを辱めていることにもなる」(2013年5月7日参議院予算委員会)との見解を示した。
新聞各紙も事態を取り上げ、ヘイトスピーチの法規制に踏み込むべきだとの社説を公表するものも現れている。
3 排外デモに抗議する市民
(1) 2月17日ごろから、事態の悪化を憂慮した市民がインターネット(主にTwitter)を利用して集まり始め、「行動する保守運動」が行う排外デモに抗議を始めた。
(2) ある市民は、「(韓国と)仲良くしようぜ」「排外主義くたばれ」「差別はやめろ」等と書いたプラカードを持って沿道に立ち、排外デモ隊に抗議した。
(3) ある市民は、「憎悪の連鎖は何も生まない」等と書かれた横断幕を掲げて排外デモ隊に抗議した。
(4) ある市民は、沿道で、「差別主義者は帰れ」「在特会帰れ」等と、排外デモ隊に罵声を浴びせた。
(5) ある市民は、排外デモのコースを変更させ、新大久保を排外デモから守るために署名運動を始めた。
(6) ある市民は、通りのビルの大スクリーンに差別批判の識者の声を集めた映像を流し、排外デモ隊を非難した。
(7) ある市民は、沿道の店舗に向けて「これから差別デモが通過します。」等と書いたプラカードを見せて歩き、沿道の店で働く朝鮮・韓国籍の店員らに対し、差別は日本人の総意ではないこと、多くの市民が人種差別に反対していることをアピールした。
(8) ある市民は、「好きです。新大久保」等と書かれた風船を通行人に配り、デモのために殺伐とした街の雰囲気を少しでも柔らかなものにしようとした。
(9) また、ある市民は、ゲイパレードのような恰好で、デモ隊の前で踊りを踊り、排外デモ隊をからかって抗議した。
(10) ある市民は、「なかよくしようぜ」のプラカードを貼った車を排外デモの後に走らせ、明るい音楽を流しながら、スピーカーで「人種差別はいけません。人と人は国籍に拘わらず仲良く生活するべきです。」などとアピールした。
(11) 以上のように、Twitter等で自然発生的に集まった市民は、「行動する保守運動」が行う排外デモに、人種差別があることを敏感に嗅ぎ取り、それぞれの創意工夫した方法によって抗議をしている。
このような市民の活動は、「対抗言論」の法理に照らせば当然是認されるものであって、「無許可・違法デモ」等と「行動する保守運動」側から批判される謂れは微塵もない。
むしろ、市民の行動は、排外主義・人種差別主義から日本の良心を守ろうとするものであり、民主主義の防波堤であるとすらいうことができる。
4 抗議する市民と排外デモとの衝突
このように、排外デモに抗議する市民が沿道に集まるようになり、その数は徐々に増え、排外デモを参加者数で圧倒するようになった。
これに対し、排外デモ側も「無許可の違法デモだ」等と反発を強め、しばしば非難の応酬となり、両者の緊張は高まっていた。
本件犯行は、このような中で行われたものである。
第3 本件告訴の意義
1 以上のとおり、「行動する保守運動」によるデモ行進においては、暴力や差別を煽る言動が行われ、沿道に大混乱を引き起こしている。これらの行為により、付近の在日外国人は生命身体の危険を感じ、恐怖感を抱いた人たちも少なくない。
ヨーロッパのドイツ、フランスなどにおいては、かつて外国人排撃運動に対して、社会のしかるべき対応が行われなかったことから外国人の生命が奪われ、また放火等重大な犯罪に発展したとの歴史的事実があることも銘記されるべきである。事態が深刻な発展を遂げているにもかかわらず警察の対応も充分とはいえない。
このような事態を受け、市民の抗議活動が始まるのは当然であり、市民の抗議活動は、日本人の良心の現れであり、民主主義の防波堤だというべきである。
2 「対抗言論」の法理に照らせば、排外デモ隊のヘイトスピーチに対し「言論」で攻撃することは当然許される。告訴人は、排外デモ隊に対し、「レイシズムは日本の恥」「歴史を学べ、歴史に学べ」と記載されたプラカードを掲げて言論で対抗していたにすぎないのであって、「言論の自由」の正当な行使である。
デモ隊側はしばしば抗議活動に対して「違法な無許可デモである」「デモ妨害だ」等と批判しているが、明らかに誤りである。
3 「対抗言論」の法理に照らせば、排外デモを言論で抗議した告訴人に対して暴力を振るった被告訴人の行為は、意見の対立を暴力で解決しようとするものであって断じて許されるべきではなく、厳重なる処罰を求める。
4 なお、そうではあっても、意見対立(反原発にせよ、反TPPにせよ、オスプレイ配備問題にせよ)があっても、デモの現場がここまで混乱し、暴力事件まで発生することは普通ありえない。今回、ここまで事態が悪化している原因は、意見対立の存在そのものではなく、意見の表現方法すなわち、「ヘイトスピーチ」にあるというべきである。「死ね」「殺せ」といった、差別と暴力を煽るヘイトスピーチが、反対派市民の反発を招き、ここまでの混乱を招いている。
そうである以上、「行動する保守運動」側は、「死ね」「殺せ」「ゴキブリ」「叩き出せ」といったヘイトスピーチデモのスタイルを反省し、改めるべきである。少なくとも、6月30日のデモは自粛し、デモの方法態様について、きちんと検討・総括するべきである。
本件告訴がその契機になることを切に希望する。