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視点・論点 「沖縄の今(1) 基地問題の矛盾」2013年06月20日 (木)
ジャーナリスト 屋良朝博
68年前の戦争で沖縄は27年間にわたり米軍に占領されました。強制的に土地を奪われ、建設された広大な軍事基地は現在も沖縄県民に大きな犠牲を強いています。きょうは戦後からいまも続く、沖縄の基地問題についてお話します。21世紀のいまもなお、沖縄に米軍基地を集中させる安全保障政策は果たして妥当なのでしょうか。駐留する米軍の機能、運用を分析しながら解説します。
沖縄は世界中で他に例を見ない米軍基地の島です。
太平洋地域に配備されている米軍約10万人のうち約2万5000人が沖縄に駐留しています。それは在韓米軍のすべての兵力に匹敵します。米国は海外40カ国に基地を置いていますが、兵力が1万人以上の国は日本、韓国、ドイツ、イタリアだけです。沖縄基地は世界的にみても、異常なほどの過密度です。
沖縄に駐留する米軍の中で、最も多いのは海兵隊です。兵力約1万8000人で、沖縄基地全体の約75%を占有しています。騒音や兵士による事件事故など沖縄問題の大元は海兵隊の駐留によるものと言えるでしょう。
海兵隊はもともと岐阜県と山梨県に駐留していました。1950年に起きた朝鮮戦争の後、韓国に駐留する米軍を後方支援するため、1953年に岐阜や山梨などに分散配置されました。
しかしそのころ日本各地で米軍基地に反対する住民運動が広がっており、海兵隊も激しい抵抗運動を受けていました。1956年、本土から追い出されるように沖縄に移ってきました。
この年は経済企画庁が、もはや“戦後経済”ではない、と経済白書に書き、戦後の終わりを宣言した年です。日本が高度経済成長に向かって歩んでいたころ、沖縄では米軍が、銃剣とブルドーザーで住民を追い払い、家屋を壊し、田畑を埋めて基地を拡張していました。戦後の日本が経済成長に邁進する基盤をなした日米安保体制は、沖縄に米軍を押し込めることで維持、管理されています。
いま最大の懸案は、海兵隊が使う普天間飛行場の移設、返還問題ですが、およそ20年にわたり未解決のままです。政府は名護市辺野古の海を埋め立て、滑走路を建設する計画を進めようとしています。しかし沖縄では新たな基地建設に反対が強く、沖縄県は「県外移設」を主張し、折り合いが付きません。
なぜ政府は沖縄県内での移設にこだわるのでしょうか。政府は沖縄が戦略的に重要な場所にあるため、基地を動かせないと説明しています。果たしてこの説明は正しいのでしょうか。
これを検証するには、海兵隊の運用を知る必要があります。
昨年2月に日米が合意した米軍再編によって、沖縄海兵隊1万8000人のうち8000人をグアム、オーストラリア、ハワイなどへ分散移転することが決まりました。移転する部隊には地上戦闘兵力の中核である第4歩兵連隊や物資補給を担う第3補給連隊も含まれています。沖縄の海兵隊は大幅な戦力ダウンとなります。
昨年10月に新型輸送機オスプレイが、県民の強い反対を押し切り、普天間飛行場に配備されました。日本では尖閣諸島の領有権問題とからめて、オスプレイ配備で海兵隊の抑止力が強化された、と歓迎する論調もあります。しかしオスプレイが運ぶ兵力も物資も米軍再編によりごっそり削減されます。これは器が新しく、強くなったと喜び、中身が減ることには気がつかないようなものです。
沖縄に残るのは、約2000人で編成する第31海兵遠征隊というコンパクトな機動部隊です。この部隊は長崎県の佐世保港に配備されている米海軍の船に乗ってアジア地域を巡回します。1年のうちおよそ9ヶ月もの間、沖縄を離れています。
その任務は限定的で、主には、戦闘地域に取り残された米国市民を救出する「非戦闘員救出作戦」のほか、アジア太平洋地域の同盟国を巡り、共同訓練を実施したり、民生支援活動、災害救援活動を行ったりすることです。
これらは米軍が太平洋地域で積極的に取り組んでいる分野で、コンパクトに動ける海兵遠征隊がアジア地域をパトロールし、米軍のプレゼンスを示すことによって、安全保障環境の安定を図っているわけです。
日本での一般的な認識は、沖縄に最強の米軍が常駐し、外敵から日本を守ってくれていると思われがちです。しかし実態は、紛争に対応できる兵力はなく、有事には米本国から数万の部隊を一気に空輸する体制になっています。
例えば、湾岸戦争では陸海空・海兵隊の全軍で約50万人の兵力を投入しました。このうち海兵隊は9万3000人を3ヶ月から4ヶ月かけて、サウジアラビアの前線基地に配置しました。沖縄の海兵隊は現在、1万8000人しかいません。再編でさらに8000人削減されます。何かあれば本国から大部隊が投入されるわけですから、政府が説明する抑止力とか、地理的優位性といった議論はその信憑性が疑われます。
安全保障の専門家である森本敏前防衛大臣は、昨年12月の離任会見でこう述べています。「日本の西半分のどこかで、海兵隊の地上部隊と航空部隊などが完全に機能する状態であれば、沖縄でなくても良い」。
つまり、航空部隊がいる普天間飛行場の機能だけを取り出して、本土のどこかに持って行くことは運用上不可能ですが、地上部隊も一緒に移転することは可能である、という真実を森本前防衛大臣は明かしています。
しかし、なぜ本土移転が検討されないか、という疑問について、森本前大臣はこう語りました。「政治的に許容できるところが沖縄にしかないので、だから、簡単に言ってしまうと、軍事的には沖縄でなくても良いが、政治的に考えると、沖縄がつまり最適の地域である、という結論になる」。
このように日本では多くが日米同盟を支持しますが、迷惑な基地負担は沖縄に押し込めるしかない、という矛盾があるわけです。
ハワイ州のアバクロンビー州知事は今年3月、ハワイ大学東西センターで開かれた沖縄基地問題シンポジウムで、沖縄の海兵隊をハワイで受け入れるプランを発表しました。今後、ワシントンへ売り込む考えです。
州知事は講演の中で、沖縄問題が迷走する原因について、政治家の「無知」「無関心」を指摘していました。日本でも同じことが言えるでしょう。問題の大元である海兵隊の運用実態についてはほとんど知られていません。問題の中身を分析せずに解決策など導き出せるはずもありません。
軍隊は与えられた基地、予算、人員で運用されます。それを与えるのは政治です。沖縄問題は日米同盟の負担をどう配分するかという国内政治の問題です。米政府はかつて海兵隊の北海道移転を提案したほか、昨年の米軍再編でも山口県の岩国基地に1500人を移転する案を打診しました。しかしいずれも日本側が拒否しました。森本前防衛大臣が認めたように、沖縄に基地を集中する軍事上の理由は存在しません。日本の政治がそう望んでいるからということになります。しかし沖縄の犠牲を前提にした安全保障政策はもはや持続可能ではありません。問題の本質を見極め、議論を再構築する必要があります。