「――安寿」
書斎で仕事をしていたはずの父が、母を呼ぶ声がする。
父の声は低い。けれどとても優しい。
愛する者の名前を口にするときは、誰だってこうなるのだと父は常日頃言っていたけれど、幼い深青にはまだそれはわからない。
ただ、小さな妹の名前を呼ぶときは、胸の奥が、ココアを飲んだ時のようにあったかくなることは知っている。
「――ああ、ちょうどいいところに。ねえ、ブランケットを取ってくれる? そこに置いてあるから」
ややして、体の上にブランケットがかけられる感触。
「お仕事はもういいの? お茶にしましょうか。なにか食べる?」
「そうだな……。君のパンケーキが食べたい」
相変わらず優しい父の声と、衣擦れの音――
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