朝のお茶の間を楽しませてきた連続テレビ小説「梅ちゃん先生」も、いよいよクライマックス。妻として母親として、また町医者として梅ちゃん(堀北真希)はどんな人生を歩んでいくのか…やはり物語の行方が気になるところです。そこで、岩谷可奈子チーフ・プロデューサーを直撃! 終盤の見どころと、10月にBSプレミアムで放送される「スペシャル版」についても、お話をうかがいました。
テレコ!:日常の中の身近なドラマをクローズアップすることが、「梅ちゃん先生」の特色だと思うのですが、そのスタンスはラストまで貫かれるのでしょうか?
岩谷:確かに劇的ではないですが、思った以上に物語が展開していくのが「梅ちゃん先生」らしさかな、と私は思っています。それは脚本家の尾崎将也さんの主義と言いますか、「普通ならこう展開する」といった定石ではないところを目指してシナリオ作りがスタートしているので、そこが大きく関連しているのではないかなと。とは言っても「朝ドラ」ですから、落ち着くところには落ち着くのですが、そこに行き着くまでの展開が誰もが予想しえないものだった。何しろ「朝ドラ」は毎日放送されるので、毎週1話ずつ放送されるドラマとは一線を画したつくりでなければなりません。たぶん想像されているよりも、面白くなければ見てもらえないシビアな状況に置かれているんですね。だから、興味を引くような展開でなければならないし、かつ身近な出来事でなければ共感も得られない。そういうところを意識してつくってきましたが、今になって振り返ってみると、こういうドラマがテレビから消えていたんだなと気づかされますね。意外と正統派なホームドラマが最近はありそうでなかったのだと。高橋克実さん演じる建造さんは「寺内貫太郎一家」の小林亜星さんを彷彿させますし、(片岡)鶴太郎さんの幸吉さんは、かつて伴淳三郎さんがお得意とされていたキャラクターだったよね、なんてスタッフ間でも話していたりもして。そういったところをベースにしながらも定番から少しずつ逸れたことで、多くの方に気にかけていただけたのではないか…と思っています。
テレコ!:そういう部分で言うと、梅ちゃんは松岡(高橋光臣)と結婚するのかなと思っていました。信郎(松坂桃李)とでは、ありきたりすぎるかなと裏を読んでしまったんです。
岩谷:いえいえ、さすがに松岡のような変人と朝ドラのヒロインを結婚させるわけにはいきませんよ(笑)。ただ、松岡というキャラクターに関しては、私たちが思っていた以上に素敵な人になった面も確かにあります。それはひとえに高橋光臣さんが頑張った結果だと思います。しかしながら、梅ちゃんとノブ(=信郎)が一緒になるというストーリーは最初の段階で決めてあったので、いかに遠回りしてそこへ行き着くかということに苦心しました。実は、第1週の第1話のラストに2人のシーンを持ってきていることで、その伏線を張っていたんですよ。
テレコ!:ノブが「夢を掘っているんだ」と梅ちゃんに語るシーンですね!
岩谷:そうです。ヒロインの相手役はこの人です、と暗示していたんです。ただ、当人たちはまだそれを意識していない。でも、客観的に見直すとお気づきになると思いますが、梅子とノブのシーンだけ梅ちゃんの芝居のトーンが違っているんです。恋愛という次元を超えたところでわかり合えて、言いたいことも言える…というやりとりを、松岡と出会う前から積み重ねてきたし、「ダメな人」と言われる者同士が夢をもって自分たちの人生を何とかしていきたいという思いを描き続けてきたつもりではありました。ただ、飛び飛びでご覧になった方には唐突な展開に思われたかもしれません。朝という放送時間帯ですと、状況を見せるだけでなくセリフで説明しないと伝わりづらいという現実があるのもまた、確かなんです。そこを考慮して、わかりやすくつくれば楽かもしれませんが、敢えて「梅ちゃん~」では反対のことにチャレンジしてきました。セリフとは裏腹に、表情や雰囲気で梅ちゃんとノブが「結ばれるべき相手」であることを描いたので、じっくりと見てくださった方には腑に落ちる展開だったのではないかと思っています。でも、実際のところ、そのサジ加減はちょっと難しかったですね(笑)。
テレコ!:シナリオ自体は、当初のプロット通りに進んだのでしょうか?
岩谷:大枠としては変わっていませんし、当初考えていた要素や事件もきちんと話数内に収めることができました。そこは、尾崎さんの手腕の賜物ですね。ただでさえ笑いの方向へ走りがちだった私たちスタッフの要望を、尾崎さんは絶妙に掬いとってくださって。ラストの週のシナリオにいたっては、予想以上に爆笑できる笑える物語に仕上げてくださいました。そういう意味では、「感動的な」というよりも「楽しい」ラストになったと思っています。最初の記者会見で(堀北)真希ちゃんも話していましたが、「毎朝笑顔をお届けしたい」というコンセプト通りになったのかな、と。笑顔というのは、ほっこりや失笑や爆笑など…いろいろな種類がありますよね。毎朝1回何でもいいから笑えれば、1日のスタートが清々しいものになるのではないか、そんな考えが元になっているんですけれど。とはいえ、コントみたいなことばかりしているわけにもいかないので、尾崎さんはマジメさを逆手にとって、「マジメであればあるほど笑ってしまう」と転化させてくださったんです。松岡なんて、まさにそうですよね。マジメすぎて可笑しいという方向へ引っ張ることによって、最終的にはイイ話に持っていけるのも強みでした。そういった感じで、毎週楽しく台本をつくっていたので、最終週の本が上がってきた時は、やはり感慨深いものがありましたね。
テレコ!:そのクライマックスで、梅ちゃんはどんな動きを見せてくれるのでしょうか? 明かせる範囲でお話いただければと思います。
岩谷:う~ん…端的に言うと、「変わらないこと」が梅ちゃんの良さだと思います。町医者として「そこ=生まれ育った街にいてくれるだけでいい」と認められたわけですから、そこに居続けられるかが焦点になってくる、と。それこそ普通であれば「ヒロインがどう変化していくか」が描かれますが、尾崎さんと私たちは「いかに変化せずにいられるか」という物語にしようと考えたんです。時代は急激に変わっていくけれども、彼女は変わることなく今まで通りそこにいる――という話にしようと。もちろん、結婚をして出産も経験して母になってという、一人の女性としては変わっていくし成長もしますが、キャラクターそのものとしては変わることがない、というメッセージを込めたつもりです。
テレコ!:ずっと変わらずにいてくれる存在だからこそ、安心感が生まれるとも考えられますね。
岩谷:町医者とはそういう存在だと思います。ただ、ヒロインの一生を描くわけではなく、人生のある一時期を切り取った話ですし、彼女だけでなくその周囲の人たちの群像を同時に描くという意味では、「朝ドラ」の王道のようであって、実は王道ではないのかもしれません。いま申し上げたように、ひとつ意識したのは、群像劇にしようということ。ヒロインの出てこないシーンがこれだけ多い朝ドラも、今までなかったのではないでしょうか。もちろん、極力それが自然に感じられるようにつくりました。また、各キャラクターがそれぞれ際立っていたので、そこも奏功したのかなと思います。そういう意味では、やはり特殊な「朝ドラ」だったのかもしれませんね。
テレコ!:本編が終了して間もなく、BSプレミアムにチャンネルを移して「梅ちゃん先生~結婚できない男と女スペシャル」が放送されることも、特殊と言えるかもしれません。ところで、ズバリこのタイトル──尾崎さんの代表作(「結婚できない男」)に掛けたのですか?
岩谷:いえ、単純に結婚できない人たちの話だったもので、それ以外のタイトルがみんな思い浮かばなかったという(笑)。
テレコ!:臼田あさ美さんや小林涼子さんといった新しいキャストが登場しますが、この2人が結婚できない女性ということでしょうか?
岩谷:いえ、そういうことでもないですが…一つ言えるのは、本編をつくっている時から「後日譚としてこういうストーリーもつくれたらいいね」と話していたことです。あまり詳しく話してしまうのも何なので、ザックリ言いますと、要は朝ドラ本編終了時点で結婚していなかった人たちの物語です…って、そのままですね(笑)。もちろん、それだけだとスピンオフになってしまうので、本筋である梅ちゃんのその後を軸にしていきましょうと。その後と言っても本編が終わって間もない時間なので、ある意味では続編的な位置づけと言ってもいいと思います。今まで全話ご覧になった方であれば楽しめる細かい小ネタを入れ込むという遊びもきかせています。純粋に「梅ちゃんワールド」を楽しんでいただけたら、うれしいですね。
テレコ!:楽しみです! では最後になりますが、無事にクランクアップを迎えた今、岩谷さんたちが描きたかった「梅ちゃん先生」とは、どんなドラマだったのか…そこをあらためて掘り下げていただければと思います。
岩谷:家族や兄弟、ご近所といったつながりを描くことが出発点となった物語でしたが、そこがどんどん膨らんでいった部分は大いにあったと思います。「喧嘩するほど仲がいい」じゃないですけれど、人と人との距離が近いと助け合って生きていけると言いますか、お互いに裏切らないんですよね。別々に暮らしていたり、意見が割れることもあるけれど、けっして裏切ることはない。今はご近所さんとはそういう関係をなかなか築きがたい現実がありますが、震災の直後は被災地以外でも、人と人の距離感が縮まった気がします。あの時、多くの人が実感した「今の世知辛い世の中でも、つながろうと意識すれば人はつながれるんじゃないか」という希望を、もしかすると「梅ちゃん~」に見いだしてくださったのかもしれません。私たちも「朝ドラ」の時間は視聴者の方々が登場人物と過ごす朝のひととき、ということを意識してつくった部分はありますし…。だから、というわけでもありませんが、どんどん登場人物が増えていってしまって(笑)。でも、人が増えていくことに幸せを感じたのは、初めてのケースでしたね。その分、後半の収録がカオス状態になってしまい、キャストのみなさんにはご迷惑をお掛けしてしまいましたけれど、オールキャストが集合した時の充実感──あたかも、お盆で親戚が全員集まった時のような気持ちにさせてもらえたことは、一生忘れることはないと思います。そして、これは極めて個人的な感想になってしまいますが…宣伝用のポスターにつけたキャッチコピーの「みんながいるから、私はもっと強くなる」のように、このキャストとスタッフで「梅ちゃん先生」をつくれたことが本当に幸せだと思える、すごく素敵な時間を過ごさせてもらったことに、心から感謝しています。
Photo=中越春樹
Interview=平田真人
岩谷チーフ・プロデューサーが、どんな番組を見ているのか、録画しているのか、その気になる頭の中(ハードディスク)を拝見します!
日本テレビ系 毎週日曜 午後7:00~午後7:58
日曜日、家にいれば必ず見るのは「鉄腕~」です。一時期、「どうしてNHKでこういう番組をつくらないんだ!」と思っていたくらい(笑)。科学番組のようで、それでいてどこか懐かしくて、でも、人と人をつなぐ番組であるところが、たまらなく好きです。
TBS系 毎週日曜 午後11:00~午後11:30
こちらも「家にいれば見る」という感じですが…。「情熱~」は取材対象によって追いかけ方や見せ方が違うのがいいですね。
物語はまもなくクライマックスを迎えます。
本編終了後のスペシャル版も要チェックです!
NHK総合 毎週月~土曜 午前8:00~午前8:15/午後0:45~午後1:00(再放送)
NHK BSプレミアム 毎週月~土曜 午前7:30~午前7:45/午後11:00~午後11:15(再放送)
毎週土曜 午前9:30~午前11:00(1週間分放送)
戦後復興期の東京・蒲田を舞台に、ひとりの女性医師が地域に根ざした医療を志し、愛される町医者として成長する姿を描く。ヒロインの家族や友人、町の人々との心温まる交流も見どころ。出演は、堀北真希、高橋克実、南果歩、ミムラ、小出恵介、松坂桃李、片岡鶴太郎、倍賞美津子ほか。また、10月にはスペシャル版「梅ちゃん先生~結婚できない男と女スペシャル~」がBSプレミアムにて放送。(前編/10月13日 午後9:00~、後編/10月20日 午後9:00~)
小学生時代から番組制作に携わるまで、岩谷チーフ・プロデューサーがこれまで歩んできた「テレビの歴史」を伺いました。好きだったというアニメやドラマなど、心に残る思い出の番組を紹介してくれました!
年代 | 見ていたテレビ番組 | その頃、私は… | 時代背景 |
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小学~ 中学生時代 |
科学忍者隊ガッチャマン (1972~1974年) |
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ドラマ「赤い~」シリーズ (1974~1980年) |
単純に小学生の時、百恵ちゃん(山口百恵)ファンだったので見ていました。こうしてテレビの仕事に就いて、三浦友和さんとお仕事をご一緒した際に昔の思い出を話したりすると、何とも不思議な気持ちになりましたね。 | ||
機動戦士ガンダム (1979~1980年) |
ちょうど当時はアニメブームの走りで、中学生になっても真剣に「銀河鉄道999」などを見続けていたので、親に呆れられていました。「ガンダム」もちょうどそのころに本放送されていたのですが、当時はまだブレイク前で。土曜日の夕方5時半という、なんとも中途半端な時間でしたし、人間関係が小学生にはわかりづらいだろうなぁ、なんて思いつつ見ていましたね。アニメが、というよりも声優さんが好きだったんです。NHKに入ってからオーディオドラマも何本かつくりましたが、当時憧れていた声優さんを起用して演出していることを、これまた何とも不思議に思ったものです…。 | ||
大学生時代 | ふぞろいの林檎たち (1983~1997年) |
私は元々体育会系だったので、テレビっ子ではありませんでした。時折、NHKの「銀河テレビ小説」を見ていたくらいだったかな…。ただ、大学生の時はちょうど同世代のドラマとして「ふぞろい~」を真剣に見ていました。その流れで、TBSの金曜10時のドラマをわりと見ていて。「金曜日の妻たちへ」も印象に残っています。 |
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入局~ 作り手として |
チョッちゃん (1987年) |
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魂萌え! (2006年) |
私自身が女だからということもありますが、心からつくりたいという気持ちで臨みました。それが思い描いていたようにつくることができ、楽しませてもらった作品です。賞(第24回ATP賞テレビグランプリ2007ドラマ部門最優秀賞)をいただいたことも、励みになりました。NHKの「土曜ドラマ」はハードな作品が多いので、枠にふさわしいのかという思いもありましたけど、普通の主婦にもドラマがあって、ちゃんと視聴者の方々の琴線に触れるんだという手応えを得られたことが、うれしかったですね。 |
NHK制作局の第2制作センター・ドラマ番組部のチーフ・プロデューサー。これまでに、土曜ドラマ「魂萌え!」や「トップセールス」、大河ドラマ「龍馬伝」のほか、数多くのドラマを手掛けている。